「爆裂! 超弩級物語」第2話

「ガンちゃん、ちょっと厳しすぎるんじゃない? 息子ちゃん、震えてるわ。おしっこ漏らしちゃうんじゃない?」

 ランジェリーが父親に馴れ馴れしく話しかける。
 ガンちゃん――ゴビの父親は名を、ガンゾウという。
 ランジェリーは父親の腰に腕を回し、身体を父親に半ば預け、父親の頬を細く綺麗な指でゆっくりなでる。半目の妖艶な表情で父親の耳に小さく息を吹き掛けるように話している。繰り返しになるが、ランジェリーは今、下着姿である。
 普通の男なら鼻の下を伸ばしてだらしない表情をするところだが、父親はほとんど様子に変化がない。慣れているのだ。綺麗な女と戯れることに、慣れているのだ。それは父親にとってはティッシュで鼻をかむみたいなごく日常的な営みに過ぎない。

「これも愛だ。我が息子を愛するが故だ」

 父親はそう言って、ランジェリーの方に顔を向けた。唇がもうほとんど触れそうな距離だ。そこでニヤリとひとつ笑って言った。

「まあ、子どもを持ったことのないランちゃんには、ちょっと難しかったかな?」
「あら、ガンちゃんの意地悪。でも……」

 ランジェリーはそこでタメを作った。ゴビの周りにはどういうわけかタメを作る癖のある人物が集まるらしい。しかも、彼らは特に意味もなくタメを作るのだ。面倒くさいことこの上ない。

「……ガンちゃんの、そんなところも、好き」

 ランジェリーは「好き」をやけに舌を絡めて濃厚に発音した。ゴビは身震いした。

「だろ?」

 父親の得意顔の「だろ?」が合図だったかのように、二人はタイミングを合わせて大声で笑い始めた。

「はっはっはっはっはっは!」
「うふふふふふふふふふ」

 バカップルだ。
 救いようがない。
 しかし、2人はひとしきりバカ笑いをした後、唐突に笑いを止めた。

「――――」

 急に不気味な静けさが辺りを満たした。
 なんだ、この沈黙は? 何の意味がある?

「ゴビよ」

 父親が急にかしこまった風に言った。その表情にはもはや、おどけた調子は微塵も感じられなかった。

「なんだ?」

 ゴビは言った。

「冗談はこのあたりにしておこう」

 ――――!?

 衝撃だった。
 これまでの不快なやり取りが全て冗談だったと? 俺の貴重な時間を返せ。

「まぁ、そう怒るな我が息子よ。一部は本気だ。例えば、お前が壁に直面しているという件などはな」

 ゴビは父親が何を言いたいのか、全く分からなかった。

「もう気づいているだろうが、ここはお前の夢の中だ」
「……そうか。通りで変なことばかり起こるわけだ」

 ゴビは納得した。
 夢の中でそれが夢だとわかることはほとんどないように思うが、この場合、納得せざるを得なかった。……いや、違う。納得などしていない。それよりも、ゴビはもう何もかもどうでもいいという気分になっているのだ。

「本題に入ろう」

 父親が言った。
 気がつくと、ランジェリーの姿が消えていた。
 見ると、父親の足元に、先ほどランジェリーが身に付けていたピンク地にレース柄のランジェリーが落ちていた。

 何故だ?
 ……いや、深く考えるな。ここは、俺の夢の中だ。

「ゴビよ。私は今、爆強宮殿の最上層で氷付けにされ、捕らわれている」
「何だって!?」

 ゴビは驚愕した。今年始まって一番の驚きだった。今はもう7月だ。それはかなりの驚愕と考えてよかった。

「爆強宮殿って……世界最強の四天王と、その四天王を統べる王が守るという、あの宮殿か? ……しかし、親父は直接そいつらと闘ったことはなかったが、そいつらをも遥かに凌ぐ強さだと言われてたじゃねえか。まさか、負けたのか?」
「ああ。負けた」
「何故?」

 信じられなかった。
 父親が誰かに負けるということが。
 それがたとえ、爆強宮殿の四天王とその王だとしても。

「私は彼らに挑む直前に、大好物の生牡蠣を食べ、士気を高めた」
「……まさか。あたったのか!」
「そうだ。ちょうど戦闘中に発症し、どうすることもできなかった。さすがにその状態で勝たせてくれるほど、爆強宮殿の彼らは甘くなかったのだ」

 何とも言えない空気が、親子の間に流れた。

「なんじゃそりぁぁぁぁ!!!!!」

 何とも言えない空気は、ゴビの爆裂突っ込みによって破られた。

「情けない! 格好悪い! 世界一の武道家とは思えん! ただのクズだ!」
「おいおい、ゴビよ。実の父に向かってクズとは……」
「黙れ! 実の父だろうが何だろうがクズはクズだ!」
「人の話は最後まで聞けぃ!」
「やだね、このクズエロハゲオヤジ!」
「な!?」

 そこからはもう、親子による罵詈雑言の応酬である。

「私は禿げてなどいない。目が腐ってしまったのか、このチビ助め!」
「チ!? チビ助だと? ……ふん。俺はそんな貧困なボキャブラリーには惑わされん」

 言いつつゴビの全身は震えた。

「クズとハゲにしか反発を示さなかったあたり、エロは認めるんだな!?」
「フッフッフ。何を今さら。お前は私の教えをこれっぽちも理解できていなかったようだな! 私にとってエロは誇りだ!」
「は? ついに脳ミソまで腐ってしまったのか! エロは認めつつも、決してひけらかしてはいけない恥じるべき性質だ!」
「それはお前独自の理論であろう! そこだ! そこが、お前の直面している大きな壁だ!」
「な!?」

 そこでゴビの勢いが途絶えた。

「俺の直面している、壁…………。何なんだよ。壁って何だよ。教えろよ」

 先ほどまでの威勢はどこへやら、ゴビはうろたえ始める。壁――ゴビはとにかく、今、そのことが不安でたまらないのだ。今よりもっと強くなる、ゴビはそのことだけを考えてこれまで生きてきた。それが揺らぐことは、人生そのものが揺らぐことと同義である。

「教えない」

 父親はゆっくりとそう言った。まるで耳の遠い人に対して話しかけるみたいに、ゆっくり大きな声で。

「自分で見出だせ。そうでなければ意味がない」
「くっ……」

 ゴビの両目から涙が溢れた。自分でもよくわからないが、涙が抑えきれなかった。

「強くなって、父さんを助けてくれ」

 父親はここで初めて優しい口調で言った。その意味するところは不明だが、急に、優しい口調になった。
 そして、次の瞬間、唐突に父親がその場から消えた。吹き消された蝋燭の炎のように、一瞬で消滅した。

「親父!」

 ゴビの夢はそこで覚めた。

 ※

 夢から覚めたゴビがはじめに認識したのは、ここが砂漠じじぃの寒々しい小屋の中であることだった。夢の中で既にそれが夢であることを認識していたから、大して驚きもしなかった。改めて、「ほら、やっぱり夢だった」と解答を示されたに過ぎない。
 もう日が昇っていた。
 砂漠じじぃも起きて、ヤカンでお茶を沸かしていた。ここでは、お茶を沸かすことくらいしかやることがないようだった。

「何か悪い夢でも見たか? ずいぶん、うなされておるようじゃったぞ」

 砂漠じじぃがヤカンの方を見ながら言った。

「ああ。親父が夢に出てきた」
「なんと」

 砂漠じじぃが視線をゴビの方へ向けた。

「して、お前の親父さんは夢の中で何と? 彼ほどの達人、我が息子の夢の中へ入り込むなどわけないじゃろう」

 謎の理屈だった。父親は確かにとてつもなく凄い人物に違いないが、それでも他人の夢の中に入っていけるという話は聞いたことがない。

「どうやら、爆強宮殿で氷付けにされ捕らわれているらしい」

 砂漠じじぃは明らかに驚いた様子を見せた。ゴビにもその気持ちがわかった。たとえ、爆強宮殿の四天王と、四天王を統べる王とはいえ、父親が敵わないとは思えない。だから、砂漠じじぃを納得させようと、ゴビは夢の中で父親から聞いた話を説明した。

「ぐふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ!」

 砂漠じじぃは爆笑した。ゴビにとっては笑えない。自分の父親が食中毒によって世界最強の座を奪われたなんて、信じたくなかった。

「彼らしいではないか」
「彼らしい?」
「そうじゃ。わしはお前さんが生まれるよりももっと前からお前の親父さんのことを知っておる。まぁ、だてに何百年も生きてはおらんわい」
「それは何度も聞いている。親父とはどんな仲だったんだ?」

 これは初めて尋ねる内容だった。ゴビはこの砂漠を行き来する中で幾度も砂漠じじぃのお世話になっているが、この質問を投げ掛けるのは初めてだった。

「ぐふぉっふぉっふぉっふぉ。知りたいかえ?」

 砂漠じじぃの奇妙な笑い方は、寝起きでまだ頭がぼんやりしているゴビをイライラさせた。しかし、ここでじじぃとやりあったところで何も生まれないと考え、グッとこらえた。
 無言のゴビを見て、砂漠じじぃが続けた。

「わしも、お前の親父さんに敗れた者のうちの一人じゃ」
「なに!?」

 初耳だった。まず、砂漠じじぃに武道の心得があるとは思ってもいなかった。

「ぐふぉっふぉ。まぁ、こんな老いぼれと闘いを結びつける方が難しかろう。が、これでも、若い頃はそれなりに強かったのじゃぞ」

 砂漠じじぃは遠い目をした。昔を思い出しているのかもしれない。

「世界最強と騒がれておる者と一度手合わせしてみたくなって、わしから決闘を申し込んだのじゃ。結果は敗北じゃったが、中々良い線をいったのじゃろう。その後も長く付き合ってもろぅたわい」

 ゴビは、父親と良い線で渡り合った人間と、そうとは知らずこれまで気安く付き合っていたことが急に恐ろしくなった。同時に、自分と砂漠じじぃのどちらが強いかをはっきりさせたくなった。

「おい。俺と闘ってくれ。この通りだ!」

 ゴビは傷み切った板張りの床に額を押し付けて懇願した。

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