小じさん第十九話「黒い小じさん? 2」

「ついにあいつが出てきてもうたか……こら、あかんわ」

 小じさんはいつになく、まいった様子で首を振り、もう一度「こら、あかん」と言った。
 僕たちは店を急いで出たあと、少し離れたところにある公園に来ていた。公園には親子や友達同士で遊びに来ている子どもたちなど、ちらほらと人がいた。この人たちには僕はひとりで公園に来ているように見えるのだろう。小じさんの姿を見ることができる人間は限られているのだから。
 店を出るとき2階の窓を振り仰ぐと、黒黒とした店内が見えた。そういえば、店内には僕以外にお客さんはいなかったような気がする。急いで飛び出してきたからわからないけれど。

「あの小じさんのような存在は、何だったんですか?」
「あいつは、まあ、言うなればおばさんや」
「おばさん?」
 僕はやれやれと言いたいのを必死にこらえた。
「そうや。お前さんの言い方を借りると、ばさんやな」
「小ばさん? ちょっと意味がわかりません。あれは僕には小じさんとうりふたつに見えました。なにか良くない空気をまとっていることを別にすれば、ですが。少なくとも、性別の違いなんて、よくわかりませんでした」
「性別とはちゃうねん。そもそも、ワイかて、男やないからな。女でもないけど」

 また小じさんの禅問答が始まった。しかし、考えてみれば、たしかに僕が一方的に小じさんのことをおじさんと決めつけているだけで、性別についてはこれまで聞いたことがなかった。小じさんは僕たちが考える常識の範囲外の存在だと、前に言っていた。考えても無駄なのかもしれない。

「いや〜、まさか出てきてまうとはな〜、いや〜困った」

 小じさんが本気で狼狽している。これはただごとではなさそうだ。

「あの、困ったことって何ですか? 小ばさんが出てきてしまうと、どうなるんですか?」

 小じさんの顔面がこちらに向けられる。のっぺらぼうに見つめられるのは、いつまでたっても慣れない。慣れる必要性も感じない。慣れないが、強い意志で見つめ返す。もったいぶった後、小じさんは言い放った。

「知らん」
「は?」

 やはり、小じさんと話しているとイライラする場面が必ず訪れる。

「まぁ、そない怒んなや。ワイも言い伝えで知ってるだけで、実際にうたことはないんや」
「言い伝え?」
「せや。なんでもな、ワイらと似て非なる存在が現れたとき、この世はごっつい危機に襲われる、とな。ワイらの間では有名な言い伝えや」
「なるほど」

 僕は納得などしていない。が、そういうものだと思わないとイライラするだけだ。小じさんの言うことはイライラするが、たぶん本当なのだ。

「あと、小ばさんは基本的には喋らへん」
「そうなんですか? まあ、口が無いので、それも不思議なことではないですが……」
「せやないねん。それやったらワイも喋れへんことになるけど、ワイはこないも饒舌に喋っとるやろ? 口の有るなしの問題やないねん。小ばさんも喋る機能はあるはずやねんけど……、おそらく恐ろしく無口なんや」

 ふぅ……僕は心の中で深くため息を吐き出した。
 そんな僕の思いをよそに、小じさんは続ける。

「ただ、面倒なのは無口やけど無害ではないところやな。お前さんもさっき感じたところやと思うけど、小ばさんは存在するだけで負の影響を周囲に撒き散らすんや」
「はい、それはもう不快の限りでした。吐き気がして、このまま死んでしまってもおかしくないと思えるほど気分が悪くなりました」

 僕はもうひとこと付け加えてみた。

「もしかすると、存在するだけでそれほどの影響を周りに与えることができるので、喋る必要なんてないのかもしれませんね」

 ただ適当なことを言ってみただけだったが、小じさんはハッとしたようにこちらに顔面を向けた。

「なるほど、それはあるかもしれんな。新しい知見や。考察の余地ありや!」

(つづく)

■これまでの小じさん


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