「爆裂! 超弩級物語」第3話

 砂漠じじぃは土下座姿勢のゴビをじっと見つめたきり何も言わなかった。
 額を床に付けているゴビからは、じじぃが今どんな表情で自分を見ているかがわからなかった。そのことがゴビをいたたまれなくさせた。
 いつまでこうしていればいいのか。待っていれば反応はあるのか。それともこのままずっと無いのか――

「なんか言えよ!」

 ゴビは耐えかねて声を上げた。
 すると、砂漠じじぃが諭すように言った。

「今のお前さんと闘っても楽しゅうないわい。まずは親父さんの言う壁とやらを自身の力で見つけ出し、越えねばならぬのではないか。さすれば、相手をしてやってもよかろう」
「そ、そんな……」

 昨夜の夢に引き続き、ゴビは悔しさに打ちのめされた。涙が額を伝った(土下座の姿勢だからだ)。

 ドン! ……ドン! ……ドン!

 ――!?

 突如、重い足音が小屋の外から聞こえてきた。次第に大きくなる地響きを伴い足音が近づいてくる。粗末な小屋がみしみしと音を立てる。ゴビは顔を上げた。額には涙が伝った跡の2本の線がくっきり残っていた。

「来おったわい。タイミングがいいのやら、悪いのやら」

 じじぃが小屋にひとつしかない窓から外を眺めて言った。巨大な何かが小屋に向かって歩いているところだった。

「何だ?」
「この砂漠の主じゃ」
「この砂漠に主なんているのか!?」
「そうじゃ。この砂漠に巣くうモンスターたちをまとめる主がおるのじゃ」

 この砂漠が過酷と言われる理由はその気候だけではない。昨日この小屋に着く直前に出くわした巨大ムカデのようなモンスターがこの砂漠にはウジャウジャと生息している。たいていそれらのモンスターは巨大な虫のような風貌をしているが、中にはラクダや猿など哺乳類を思わせる見た目をしたモンスターもいる。
 が、主がいるなんて話はゴビは聞いたことがなかった。

「さしずめ、先ほどお前さんが倒したムカデの仕返しにでも来たのじゃろう。ちょうどよいわい。あやつと闘ってみるがいい。おそらく、今のお前さんでは倒せんじゃろうがな。自身の無力を噛みしめい」
「ふん! 砂漠のモンスターごときに俺がやられるだと? 笑止。そんなはずがないだろう。たとえそれが主だったとしてもな。見ていろ!」

 ゴビは立ち上がり、小屋を出た。

 ※

 ……ゴビは驚きに目を丸々と開け、訪問者を見ていた。
 なんと砂漠の主は、ほとんど人間の風貌をしていたのだ。
 スキンヘッドに、のっぺりとした顔貌。腹の出た上半身は日ざらしの裸体。腰回りには草木で作った粗末な腰巻をまとい、そこから太い足が伸びている。そして……、その体躯はゴビの十数倍、先の巨大ムカデをしのぐ大きさだった。

「お前だな僕の家族を殺した」

 主はその見た目に似合わず、やけに早口だった。喋り方も独特だ。

「家族?」ゴビが聞き返す。
「ああお前たちの言葉で……そうムカデ近い」
「ああ。俺が殺したあのへっぽこムカデのことか」
「お前口に気を付ける。この砂漠の生き物みな僕の家族。ゆるさない」
「ふん。残念だが俺は強い。特に今の俺は虫の居所が悪いんだ」
「家族。ゆるさない」
「話にならんな。そんなに家族の死が悲しいなら、お前も送ってやるよ。あの世にな!」

 ゴビは全身に力を込めた。

「爆裂ボディ!」

 ゴビの身体が筋肉に押し上げられみるみる大きくなり、たちまち5倍ほどの大きさになった。その様子を興味津々の様子で見つめる主。表情には余裕があった。

「そんなので僕倒せない」
「ふん、その減らず口も数秒で開かなくなるだろうよ」

 ゴビは地を蹴り、すさまじい移動衝撃で砂埃を盛大に巻き上げながら主に飛びかかった――――が、気が付いたころには全て遅かった。
 ゴビの推定では主までまだ距離があったはずだ。しかし、主はもうゴビの鼻先に迫り、拳をゴビの身体にヒットさせていたのだ。

「ぐっ、ガハッ!」

 ゴビは身体を2つ折りにしてうずくまった。まったく予測していなかったため、主の攻撃に対して打撃を和らげるための体勢をとることすらできなかったのだ。
 激痛に動けない。呼吸をするのがやっとだった。

 くっ、くそ……、やられる、のか。

 ゴビの精神はズタズタだった。昨晩の夢からここまで、自尊心を完膚なきまで打ちのめされてしまった。

「ほらみぃ」

 と、小屋から砂漠じじぃが出てきた。

「精神的な余裕を失い、相手を十分に観察せんかったお前さんの完敗じゃ。確かに、パッと見ぃにはただの肥満体形のおっさんじゃが、よぉ見てみぃ。インナーにバッキバキのマッスルを隠し持っておることが、主の皮膚の微妙な緊張から見て取れよう。そこから考えれば、あの主の速さは容易に予測できようぞ」

 ゴビは苦しい中、どうにか首を持ち上げ、主を観察した。
 確かに、じじぃの言うとおりだった。砂漠の主は、とてつもない筋肉をでっぷりした脂肪の下に隠していた。じじぃの言う通り、ゴビはイライラし冷静さを欠いていた。不覚だった。
 ゴビは収まらぬ苦痛に歯を食いしばり、また悔し涙を流した。

「さて、と。では、砂漠の主よ。わしにもそのブヨブヨの腹で向かってくる気かの? であれば、こちらも相応のもので応じようぞ」

 すると、驚くべきことに、主の顔が青ざめ、主は一歩、二歩と後じさった。

「いやいい。僕の家族殺ったのお前じゃない。お前に恨みない」

 そう言い残し、主はものすごいスピードで去っていった。激しい地響きが次第に遠のいていく。

「ぐふぉっふぉっふぉっふぉ! 賢明、賢明」
「ど、どういうことだ」

 ゴビはようやく苦痛が収まってきたところで、よろよろと立ち上がった。

「なぁに。主とわしは既に幾度か闘っておるのじゃ。まぁ、わしの全勝じゃがの。ぐふぉっふぉっふぉっふぉ!」

 ゴビは圧倒的な敗北感に膝の力が抜け、放心状態となって再び地面に倒れこんだ。

 ※

 ゴビはゴングの家のある街――かつてゴビも暮らしていた街へたどり着いた。あれから頭を冷やし、精神的にようやく落ち着いてきたところで、ゴビは砂漠じじぃに泊めてもらった礼を言い、小屋を後にした。再び砂漠地帯の横断を始めてからこの街に到着するまで、数多くのモンスターと出くわし、倒した。砂漠の主に比べればザコばかりだった。

 それにしても、この砂漠の生態系はどうなっているのか。生物の進化の様式がこの砂漠だけ明らかに異なっている。何故か? それは謎だった。なにせ研究をしようにも、これらモンスターと出くわして無事生還できる人間などほとんどいないからだ。モンスターたちはどうやらこの砂漠から外には出ないらしい。ならば、か弱い人間はそもそもこの砂漠に立ち入らなければいい。命懸けで砂漠の生態系の謎を解明することもあるまい。人類が出した結論はとりあえずこうなっている。

「さて、まずは……」

 ゴビはまず飲料が買える店を探した。さすがのゴビも灼熱の砂漠を越え、喉が渇いたのである。
 街の中を歩いていると同じ貼り紙が至る所に貼られていた。

 ――強い美女に注意。最近よく出ます。

 なんとまぁ、いい加減な文言だ。
 その下に女の似顔絵が書いてある。お世辞にも上手いとは言えない。そしてこんな註釈が付してあるのだ。

「似顔絵は、被害にあった者たちの朧気な記憶を総合して描いているため、実物とは異なる可能性大です」

 この絵の問題点は記憶の曖昧さではなく、明らかに絵心のなさにあった。
 この美女というのは例のランジェリーだろう。ゴビの夢に出てきた女。ゴビの父親と一緒にいた女。ゴビの父親と寝た女……。
 似顔絵を見ているうちに、怒りが再燃した。その似顔絵は、下手くそながらも、幾つかの特徴を正確に捉えていた。確かに、夢に出てきた女の顔だった。

 ゴビはふと思った。ランジェリーは父親を助けようとはしないのだろうか。噂されるほどの達人であるなら、爆強宮殿の猛者たちに立ち向かっていってもよいはず。俺の親父は、自分の身を危険に曝してまで助けるほどではないということか? ゴビはそんなランジェリーの内心を推測し、怒りが込み上げてきた。もはや、あらゆる方面に怒りが湧き、自分が何に対して怒っているのかがわからなくなってきた。
 ゴビはひとまず気持ちを落ち着けようと、爆便ショップに立ち寄り、ペットボトルの水と缶コーヒーを買うことにした。爆便ショップは、読んで字のごとく、すさまじく便利な店だ。間違っても、便所の「便」と思ってはならない。あくまで日常で必要になるものは何でも揃っている、便利な店である。
 ゴビは陳列棚に並んだペットボトルの水に手を伸ばす。すると、横から別の客の手が伸びてきてぶつかった。どうやら、たまたま同じ商品を取ろうとしてしまったらしい。

「すまん」

 ゴビは謝って、その客の方を見た。

 ──!?

 見覚えのある顔だった。

「ゴング!?」

 そしてゴビは更に驚かなければならなかった。

「って、おい! それ、どうしたんだ!?」

 ゴングは全身血まみれだった。

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