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インドのいろんな匂い

こんにちは!魔タリカ766歳、魂のR指定です!
日本に帰着後、あまりの寒さに震え上がって少々免疫力落ち気味でしたが、
インドでマジュヌからもらったNeemというアーユルヴェーダのサプリを
がぶ飲み!まだ多少のグズグズは残っているとはいえ、サッと窮地から脱することができて、アーユルヴェーダ最強!って感じです。

インドは街を歩くといろんな香りがして来ます。
スパイス、白檀、牛の糞、スピリチュアリティと瞑想!
今回のインドで強烈な瞑想の香りを放ったのは、チンマヤというOSHOの
サニヤシン(弟子)のコミューンです。
チンマヤは2019年にボディを離れていますが、その後も彼の弟子たちは、
静かに平和に瞑想を続けながら、そのコミューンでひっそりと暮らしています。
コミューンは一切の宣伝広告をしておらず、「たまたま縁があった人だけがたどり着くことができれば、それでよし」と言うのがチンマヤの方針だったそうで、それは今でも守られています。(今回私が書き散らすことの許可はいただきましたw)

私たちは総勢17名もいたので、グループの来訪が彼らの平和を乱してしまわないかとちょっと心配でしたが、私たちと過ごす時間を大いに楽しんでくれて、サイレントシッティング(静かに座る瞑想)やセレブレーションなど、共に座って共に踊り、静けさと情熱の間にある瞑想の瞬間を共にしました。

物語の中でだけ聞いたことのある「桃源郷」とはこんなところなのかもしれません。その場所に蓄積された瞑想のエネルギーのせいか、敷地内に入った瞬間から、まるで穏やかな海で漂うクラゲになったみたいに、すっかり心身の緊張が骨抜きになってしまったのは驚きでした。

コミューンの建物は全てが新しく、一般的なインドのキッチンやシャワーでは見たことがないほどの素晴らしいしつらえで、そこに禅の精神を感じるほどに一点の無駄も曇りもなく、ピカピカです。
自分の家もこのくらいにしたいもんですが、最近の私はダメダメです。

チンマヤ亡き後コミューンを率いるクリスは、いつも深い静寂の中にいるような方ですが、どうやら彼のビジネス手腕で作り出される潤沢な資金によって、コミューンの豊かさは維持されているようでした。
多くの瞑想者の平和な暮らしを支えているのが、瞑想の中で生み出される資金なのだと思うと、やっぱりお金と瞑想は相反するものではなく、お互いに助け合うように在るのです。目覚めよ、日本のビジネスマン!

それにしても一番深く心を打たれたのは、彼らのデボーション(献身)とDisciple ship(日本語でいい表現がわからないのですが、師弟関係とでも言いますか)OSHOがボディを離れて34年、ずっとこのコミューンの人たちはチンマヤとその師であるOSHOと共に在って、一度も心が離れたことなど、きっとないのです。

クリス曰く、師の言うことには全て「YES」
瞑想も、ビジネスも、全て「YES」しかないのだそうです。
私たちタオイストも「YES 」しかないのだ、と教えられていますが、このコミューンの中で再びそれを聞いた時、まるで初めて聞いた時のような重みと、生きた言葉の鼓動が伝わって来ました。そもそもサニヤスとは放棄の道ですが、私自身の在り方を振り返ると、誰にもわからないように、そっと深いため息をついたのでした。

日本ではオウム真理教事件をはじめ、様々なカルトの失敗例を見てきた私たちには、無条件で師に従うことの危うさばかりが際立って迫ってきます。
でもこの人たちを見ていると、師は弟子に多大な影響を及ぼすけれど、その師を作るのは弟子でもあるのだ、という事実が、まるでオーケストラの素晴らしい演奏を初めて生で聞いた時のように生き生きと迫ってきます。
偉大な楽曲と一つ一つの楽器が奏でる壮大なハーモニーが私を包み込んで、細胞に染み渡ってくるかのように。そんな師弟関係を生み出すインドの土壌は、やっぱり特別だとしか言いようがないんですね。

肉体としてはもうないとしても、OSHOやチンマヤをはじめ、エンライトした人たちの軌跡は、圧倒的で偉大です。
日本じゃ会社やお金が師になって「YESマン」が作り上げて来た社会が、今悲鳴をあげています。

最後にもう一つ大切な気づきを記録しておこうと思います。
コミューン内の瞑想ホールに行く時に、短いけれどかなりの急坂を登っていくのですが、最初に登ったときにはゼィゼィハァハァ、途中であきらめて引き返そうかと思ったほどです。自信があるのは体力くらいの私なので、密かにがっかりでした。
それが!クリスと一緒に登った時、とてもゆっくりゆっくりと登っていくんです。かたつむりくらいに!
私もおしゃべりしながら一緒に歩調を合わせて登っていきましたが、驚いたことに全く疲れを感じないんです。
なんというマインドフルネスウォーキング....
「なんだ….ゆっくり歩けばいいんじゃない!」

歩き終えた私の頭の中では、今までの自分の人生が走馬灯のように浮かんでは消えていきました。海が頭から落ちてきたくらいのショックです。
今まで私は、坂道が急であればあるほど、必死に一生懸命に登って行って
坂の上では息を切らして疲れ切っていました。神楽坂だって、いつまで登れるんだろうね?と思ったこともあります。
仕事でもなんでも、どこぞの登山家のように「そこに坂があるから登る」というスタンス。いつだって必死でしたよ!
いえ、本物の登山家はもっと計画的に注意深く登っていくんでしょうね。

人生を全くの素人登山家のように、闇雲に盲目に突進していただけだったのだと、この年にして(どの年?)やっと自覚がやって来たのでした。

ダイナミック瞑想でも、今までずっと疑問に思っていたことがあったのですが、その答えも、図らずもご指導頂くことができました。
たった2回のダイナミックで、コロナ4年間の集大成である首と肩にべっとりと張り付いたコリから解放されたのです!すごいわ〜
次回ダイナミック瞑想でお会いする方々、シェアさせてもらいます。
さぁ、瞑想しましょう!

Love♡

Tarika

2024 / 2月7日メルマガより


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