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小説「偽名で、たれ目で」 第十三話

 六年生に進級すると瀬崎は学級委員長になりました。春がうしろに行って、夏もまたうしろにゆけば、瀬崎はいつからかジーパンを穿くようになり、秋になるとその上に厚手のチェックのシャツを着ることが多くなりました。近づく修学旅行の現地でのバス移動中にレクリエーションで歌う曲をみんなで決めようと、彼は黒板を背負い息巻いています。グリーングリーンを歌おうというファンタジーな意見があったことを僕は忘れません。十二歳になる人間が歌うにはあまりに不相応だし、わざわざ大人に子供扱いされるような曲をなぜ歌いたがるのか。結局、女子の圧倒的多数の意見に瀬崎が格好をつける形になって、スピッツの新曲になりました。「じゃあ僕が責任持ってCDに焼いてきます」と、宣言する委員長。だれも頼んでいないし、わざわざ焼くといわなければならない理由などありません。教壇をあとにした瀬崎にミステリアスな拍手。廊下に面した席の岩本さんは手を叩かない代わりに、グレーのパーカーのジッパーを首元まで上げていました。背筋を伸ばして反るような姿勢で、彼女の胸はふくらんだ。担任から重要な話があったのはその直後のことです。

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