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【白昼夢の青写真 case1 二次創作 第1話】

神より才を賜った者は、いる。しかし、こんなに身近な場所にいるとは思わなかった。

学生にしてかなで新人賞受賞の栄誉に浴した傑物。今日はその彼の祝賀会に参加している。
彼の名は、波多野秋房。家は裕福らしく、その上これだけの才を持ちながらも、気取ったところがない。先輩、後輩からも人望厚く、彼を囲む人は一向に減らない。「あんな人、ゼミにいたっけ?」という女の子も何名かいるが、わけへだてることなく、談笑に応じる。

−敵わない人って、いるんだな−
子供の頃から、小説家になりたかった。学生時代は、文芸部に所属していた。自分でも創作する傍ら、書痴といわれるくらい、古今東西の本を浴びるほど読んだ。
大学は、早生田大学の第二文学部に進んだ。早生田大学の文学部は、あまたの直木賞作家、芥川賞作家を輩出している。推理作家のあの人も、ノンフィクション作家のあの人も。サラダで有名なあの歌人も、卒業生だ。

みんな、学生の頃はどうだったのだろう。波多野くんのように、既に傑出した存在だったのだろうか。

私には、作家としての才能がない。
中学校、高校の頃の私は、自信に満ち溢れていた。物語の「も」の字も知らない同級生たちは、私の作品を褒め称えた。私は私で、売れ筋の作品を読んで「これくらいなら私にも書ける。」と思っていた。

それが、大学に入ってみれば。物語の読み方を、作り方を知って、名作と呼ばれるものを、売れているものを、かつての私が「自分にも書ける」と嘯いたものを。
書き手の視点から鑑賞することで、自分の未熟さを思い知らされた。

そんな感傷にふけっていたら、ちびちび飲んでいたお酒もカラになっていた。時計を見たら、既に1時間ほど経過していたが、相変わらず波多野くんの周りから、人がはけることがない。主役の波多野くんにおめでとうの言葉すらいえない私が、どうしてここにいるんだろう。そろそろ、帰ろうか。席を立ったものの、心配性ゆえか、かばんの中の荷物を確かめるため、別の席に座る。

「ああ、こんばんは。帰るの?」

隣に座る声の主は、全身西友あたりで買った服でも着ていそうな冴えない彼−
有島芳。彼もまた、この山田ゼミで作家を志す一人だ。自分たちくらいの年齢の学生らしく、どこか青臭さが滲み出ていたり「はす」に構えた物書きをするけど、彼の感性は嫌いではない。

「こんばんは。有島君。最近、書いてるの?」
余計なことを言った。
「…ええと、祥子さんは?あ、祥子さんって、呼んでよかったですか?」
「お好きにどうぞ。」
顔が赤い。酔っているのだろう。普段の有島くんなら、女の子を名前では呼ばない。というか、女の子に話しかけない。そして律儀に断りをいれてくるところも、彼らしい。

「私は、もう書かないかな。出版社で編集のバイトをしているんだけど、卒業したら一緒に働かないかって。私もそのつもり。」
「へえ。」
「なんていうのかな、編集者って、若い作家に容赦なくダメ出ししたりしてて、「あなたがそんなに面白いのなら、あなたが自分で書けばいいじゃない。」って、最初はそう思ってたの。」
「でも、そうじゃない。作家という頑張ってる人、面白い人、頑固な人、不器用な人、孤独な人を命がけで守ってるの。彼ら彼女らの才能が、埋もれてしまわないように。潰れてしまわないように。そして、相応に評価されるように。」

有島くんは、言葉を発することなく、真っ直ぐ私を見ている。しかし、優しい表情を浮かべながら私の話を聞いてくれている。
なんで、有島くんに対してこんなに饒舌なんだろう。

「でも、祥子さんはまだ、小説を書くんだろう。」
「書きたいことは、あるけどね。」
偽らざる本音だ。
「って、私はいいからさ、有島くんはどうなの?」
「…」
大きめな溜息が、鼻からこぼれる。漫画なら、鼻から吹き出しが出てるところだ。
「…本当のことを言うと、今日は来たくなかった。波多野の才能を目の当たりにするたび、自分自身を構成するものがざくざくと削られていくような気持ちがあった。今だって、本当は苦しい。おれは何をやっているのだろう、と。自分で自分が可哀想になる気持ちを、やっとの思いでこらえてる。」
有島くんに、そんな苛烈な性分があるとは思わなかった。いや、何も知らないのだけれど。

「ぼくは、小説の力を信じている。現実と折り合えず、さりとて折り合えぬ現実を覆すほどの力もない自分にとって、物語は救いだった。
小説家は、大げさでなく、その才能を以て、ときにその才能を犠牲にし、生きる辛さや苦しみを抱える人間のための世界、理想郷を作ってくれる人なんだ。だから小説家は、ほかのどんな仕事より、世界で最も崇高な存在だと、今でも信じている。自分は、小説家になりたい。というか、それしかできない。」

小説を、物語を、自分に唯一許される表現手段だと口にする者は、この山田ゼミにも少なからずいる。有島くんも、きっとその一人なんだろう。堰を切ったように続ける。

「波多野には絶対に勝てない。それでも、自分は書きたい。価値のない自分でも、誰かの拠り所となれるなら、世の中に何かを残すことができたなら、嬉しい。だから、ぼくは書く。」

真っ直ぐな人だと思った。波多野くんという偉大な太陽の日陰にあるこの人と、話してみたいと思った。そして少しだけ、この人の力になりたいとも思った。

「そうだ、写真とろっか。」
「うん。波多野先輩に来てもらうよう頼んでみる。」
「ううん。2人で。」
「2人で?」

余ったもの同士の慰めあいと人は言うだろうか。でも、不思議と惨めな気持ちにはならなかった。私も彼も、何だかいい笑顔をしている。

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