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【白昼夢の青写真 case1 二次創作 第6話】

大学を卒業してすぐ、同棲を始めた。祥子は学生時代からのアルバイト先の、文芸に強いあの出版社に就職して、編集者になった。私は…小説家志望だ。小説家にはなっていない。賞もとっていない。小説では稼げていないということだ。
日雇いなど、短期のアルバイトをして小銭を稼いではいるが、恥ずかしながら、生活費の大半を祥子に負担してもらっている。そんな暮らしが、一年ほど続いたある日のことだった。

「ねえ、両親に会ってくれない?」
「えっ」
祥子の切り出しは唐突だった。さすがに虚を突かれ、思わず情けない声を出した。
「何よ、嫌なの?」
「そうじゃない。そうじゃないが…わたしは定職に就いていない。ご両親の印象は良くないだろう。」
実際今も、ほとんどヒモのような生活に、多少の負い目を感じている。

「あなたの職業は小説家よ、売れていないだけで。」
「ひどいな。」
思わず苦笑いをする。

「ひどくないわよ。いい?世間の人たちの大多数は、仕事をしてお金をもらっているということになってるけど、正確には、仕事をしている時間に対してお金をもらっているの。仕事の成果は、問われているようで問われていない。」
祥子は続ける。
「一方であなたは、時間ではなく純粋に仕事に対してお金をもらう職業に就いてる。それは間違いないの。ただ、その仕事に1円の価値もないというだけ。だから、胸を張って小説家を名乗っていいわ。」

いや、ダメだと思うが。

「仕事の都合もあるし、まだ少し先の話だけど、考えといて」
「わかった」
「よろしい」

結婚、ということだろう。正直、ピンと来ない。友達すらいない自分には、無縁のものと思ってすらいる。誰かと一生を添い遂げる、子を為し家族という名の共同体を作る、ということを、祥子と暮らしていながらもなお、自分に起こりうることとして捉えていない。

が、仮に結婚するとして、したくなったとして‐自分のような人間と結婚してくれるのは、祥子だけだと思う。
祥子には心から感謝している。わたしの小説に、価値を見出してくれた。わたしの小説を、必要だと言ってくれた。わたしにも価値があると、初めて認めてくれた。

祥子が納得する作品を、何としてでも残さなければならない。どんなことをしても。書いて書いて書きまくって。それが、自分に唯一できる、みんなが幸せになる方法だと信じている。

「祥子」
「なによ」
「結婚しよう」
「…ふーん」
「それは、どう捉えたらいいのかな。」
「べーつに。」

突然、祥子が抱きついてきた。
「これからも、ずっとずっと、よろしくね。」

翌日、役場に行き、婚姻届をもらった。結婚には保証人が二人必要だということは、そのときに知った。1ヶ月ぐらいしてから、義父、義母と初めて会った日に署名をもらい、その日のうちに夫婦になった。

その次の日の晩、銀座にやってきた。縁はなくても名前くらいは知っている、往年の大女優といえば、というあのブランドで、ペアの結婚指輪を揃えた。祥子の希望だ。
私は、安いものでも良かったのだが。そもそも、結婚したからといって指輪をする、ということ自体が、何だか馴染めないというか。恥ずかしいというか。

「私への愛があるうちは、ずっと身につけていてね。あなたのお父様のように。」
祥子は笑っていた。
祥子への私の愛を、具現化したものとしての指輪か。己に課した誓約の証。そう考えると、指輪をするのも悪くない。
生涯にわたる愛を誓う。私がこの指輪を外すことはない。父がそうしていたように。

          *
少し、時間を遡る。祥子に「結婚しよう」と言った日の晩のことだ。

「そういえば、あなたのご両親って、どんな人なの?お母さんは既にお亡くなりになって、お父さんが大学?研究所?で働いているというのは、聞いたことがあったけど。」

「母はそのとおり、もうこの世にはいない。父は、研究者だ。理系の研究職は身分が安定しないらしくて、勤め先が大学だったり、どこかの研究所だったり、私も子供の頃は、父に付いて何年か周期であちこち転々としていたかな。」

そんな、普通の枠内ではあっても、ほんの少しだけ人と違う子供の頃の原体験が、今の私の基礎を作っている。

「性格とかは?」
「静かな人だよ。正直に言えば、息子として、父が何を考えているのかすら分からない。というか、人付き合いが苦手なのだと思う。親子なのに、母を失くしてからはたった2人の家族だったのに、ほとんど話したことがない。」
「そして同僚と飲みに行っていたとか、友達と遊びに行くとか、そんな話は一度も聞いたことがない。人と向き合えないというか、研究としか向き合えないというか、ああいうふうにしか、生きていけない人のような気がする。」

そう言うと、祥子は切れ長の目を丸くしていた。
「驚いた。あなたそのものじゃない。」

言われてみれば、そのとおりだ。思わず笑ってしまった。あの父が、母とどう出会い、どのように結婚したのか。何を思いながら私を育ててくれたのか。私の在り方をどう思っているのか。

今度祥子を連れて行くとき、聞いてみようと思った。

チカチカしたものが視界に入った。
留守電が届いていることに気づいた。電話の大部分は祥子へのものなので、断りを入れてから、再生ボタンを押す。

「ええと、私は国立科学研究所新宿分室の嵐山といいます。有島芳さんに、お話があります。お父さん、有島先生のことです。簡単に伝えます。有島先生が倒れました。今も意識はありません。ご連絡お願いします。」

父が倒れた。嵐山さんと名乗る女性の声は切迫していた。

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