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欲望、執着、期待を捨てるヨガの方法

どのように祈るかが大切

動画をあげました!
最近は、話すだけでなく聖者の本や聖典の一節を読むようにしています。

この動画では祈り方について話しています。
そして、動画のサムネイルの”バクティヨーガ(ヨガ)”というのは、神を心から信じ愛するという行為を通じて、「私が」「私のもの」という我や傲慢さを捨てていくヨガの方法(流派)のことです。
バクティヨガについては動画内で少し触れています。

神を心から信じ愛することを表現する手段として祈りがあり、動画内では【祈りの質】について話しています。

祈りの質については、私は先生から教えてもらったのですが、教えてもらった時は、そんなことがあるのかと思いもしなかったのを覚えています。

なぜなら「祈り=良い行為」だと思っていたからです。
自分の力が及ばないことを知って、神にお任せすることに”好ましくない”ということがあるのかな?と思っていました。

でも、ヨガでは行為は必ず結果を生み、どんな動機で行為をするのか、どのような手段(過程)で行為するかが大切だということを教えられます。

どんな動機で行為をするのかというのは、例えば【人をナイフで切るという行為の場合】
動機が腹いせや恨みであるのと、手術で患者を助けるためでは、傷つけた側にも傷つけられた側にももたらされる結果が違います。

そういう点から改めて考えてみると、確かに祈りも一つの行為であり、ただ祈れば良いわけではない。
どんな動機で、どのように祈るかで、欲望や執着をなくしていく結果を招く場合もあれば、欲望や執着を増やす結果を招くのだということが分かります。

ま、その辺のことは動画で話しています。

祭壇を持っていても、持っていなくても、神棚に対してでも、神社に行ったときでも、それらの場所にいなくても、祈りは身ひとつあれば出来ることです。

是非チェックして、参考にしてみてください。

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