【3分で読める】「少年少女/銀杏BOYS」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞解釈】
「体操着、汚れてるよ」
「え、どこ?」
「ほら」
朱莉が指を差した場所を見ようと脇の下あたりを覗き込むと、そこには確かに野球ボールくらいの汚れが付着していた。場所が場所なので、思わずすぐに脇を締めて汚れが見えないようにする。
「ちょっと、別に隠さなくてもいいじゃん」
「普通見られたくないだろ、こんなところの汚れ」
「脇汗と勘違いされるから?」
ニヤニヤと笑いながら話す朱莉。思っていたことをそのまま代弁され、自分でも顔が赤くなるのを感じる。
「うっせぇわ」
「うっせぇ?」
「うん」
「誰が一切合切凡庸な模範人間じゃ」
「何も言ってないし」
「ふふっ」
朱莉は随分と機嫌が良さそうだ。流行りの曲を鼻歌で歌いながら、軽くスキップ気味に足を進めている。体育祭が終わったばかりでヘトヘトな僕とは違い、彼女はいつでも通り溌溂としていて、元気に満ち満ちている。
「それにしても君、結構やるじゃん。まさか徒競走で一位になっちゃうなんてね」
「別に。ただの学年別徒競争だし、競争相手もたったの六人」
「何それ、四位とかいう微妙な順位だった私への嫌味?」
「走るの苦手な割には頑張ったじゃん」
朱莉は生まれつき身体が弱く、運動自体にあまり向いていない性質の人間である。だから、今日の体育祭のようなイベントは好いていないと思っていた。
「で、どんな気分だった?他のランナーを出し抜いた一等証の松永君」
「嫌らしい言い方するなよ。まぁ、悪い気はしなかったけど」
「いいなぁ。私も人生で一度は、かけっこで優勝してみたいな」
それぞれの競技が少しずつ予定より後ろ倒しになった結果、体育祭が終わる頃には既に夕陽が覗き始めていた。そして今、辺りはオレンジ色の陽の光に照らされている。僕ら二人分の影が、進行方向に長く伸びている。日中はあれだけ暑かったのに、半袖半ズボンの体操着では、肌寒さすら感じる。
「ねぇ、あれ乗ろうよ」
彼女が指差したのは、線路を走る赤色の電車だった。
「何言ってんだよ、ここから家まで徒歩五分じゃん。わざわざ電車には乗らん」
「そういうことじゃなくってさ」
「どういうこと?」
少しの間。
「今度さ、遠くに行こうよ。一緒に」
「遠くって?」
「どこでもいいよ。まだ知らない場所なら、どこでも」
「何を目的に?」
「まだ決まってない」
思わず少し笑ってしまった。彼女の突拍子のなさはいつも通りのことではあるけれど、この提案はあまりにも具体性が無く、冗談か何かだと思ってしまったのだ
けれど、彼女は少しも笑わなかった。
電車がホームを出発して線路を走り出す。
それが視界から外れるまでの間、彼女はずっとその姿を目で追いかけていた。
「帰ろうか」
夕陽が大きなマンションに隠れて、辺りが少し暗くなる。そして朱莉は少し歩くペースを早めた。疲れているからもう少しゆっくり歩きたいのに、朱莉はそのペースを緩めてはくれなかった。
ふぅっと、微かに風が吹いた。
次の季節の訪れの予感がする。
「いいよ。今度、行こう」
朱莉が足を止めて、僕の方を振り返る。
目が合った。
その瞬間。
口を大きく開けて、彼女が笑った。
民奈涼介
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