見出し画像

【1分で読める】「はいよろこんで/こっちのけんと」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞の意味】

佐藤明は、満員電車の中で汗ばんだワイシャツの襟元を緩めながら、スマートフォンの画面を見つめていた。画面には次々と届く上司からのメッセージ。締め切り前の企画書の修正依頼だ。明は目を閉じ、深呼吸をした。

「はい、承知しました」

明が返信を打つと同時に、電車が新宿駅に到着した。ホームに降り立った瞬間、人々の波に飲み込まれる。彼は流れに逆らわず、ただ身を任せた。

オフィスに着くと、同僚の山田が声をかけてきた。

「佐藤くん、昨日の企画、クライアントから修正依頼が来てるよ。今日中に対応できる?」

明は疲れた目をこすりながらも、笑顔を作って答えた。「大丈夫です。今日中に仕上げます」

昼食も取らずに仕事を続ける明。パソコンの画面を睨みつけながら、キーボードを叩く音だけが響く。ふと、デスクの引き出しに目をやる。そこには、去年の健康診断の結果が入っていた。要精密検査—その二文字が、赤字で印字されている。

「後で、後で...」

明は首を振り、再び仕事に没頭した。夜9時を回っても、明のデスクの明かりは消えない。周りの同僚たちは次々と帰っていく。

「佐藤くん、もう帰らないの?」

帰り際の山田が声をかけてきた。明は苦笑いを浮かべながら答える。「ああ、もう少しだけ」

深夜0時。ようやく仕事を終えた明は、空っぽのオフィスを出た。駅に向かう道すがら、彼の足は重く、肩が落ちている。

最終電車に乗り込んだ明は、ぼんやりと車窓の外を眺めていた。そこに映る自分の顔が、まるで他人のように感じられる。

「これでいいのか?」

その問いが、明の心の奥底から湧き上がってきた。

家に着いた明は、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一気に飲み干した。テーブルの上には、友人からの結婚式の招待状が置いてある。出欠の返事をする期限は、とうに過ぎていた。

明はベッドに倒れ込むように横たわった。天井を見つめながら、ふと思い出す。大学時代、バンドを組んでいた頃のこと。あの頃は、もっと自由で、夢があった。

翌朝。いつもより早く目覚めた明は、珍しく散歩に出かけた。朝もやの中、公園を歩いていると、ヨガをする老人たちの姿が目に入る。ゆっくりとした動きの中に、なぜか力強さを感じた。

明は立ち止まり、深呼吸をした。そして、ふいに体を動かし始めた。ぎこちない動きだったが、次第にリズムを刻むように。それは、かつて彼が演奏していた曲のビートに似ていた。

5分、10分...時間の感覚が曖昧になる。汗が滲み、息が上がる。でも、不思議と心が軽くなっていく。

ふと我に返った明は、周囲を見回した。恥ずかしさと解放感が入り混じった複雑な気分で、明は家路についた。

その日の仕事中、明は何度か深呼吸をしながら、朝の公園での出来事を思い出していた。不思議と、いつもより肩の力が抜けているような気がした。

昼休憩、明は珍しく社食に向かった。いつもはデスクで弁当を食べるのだが、今日は気分を変えたくなった。

行列に並んでいると、同じ部署の後輩、田中と目が合った。

「佐藤さん、珍しいですね」

明は少し照れくさそうに笑った。「ああ、たまにはね」

二人は同じテーブルに座り、何気ない会話を交わした。田中が学生時代の話をする中で、明は自分のバンド時代のことを思い出していた。

「佐藤さんって音楽やってたんですか?すごいですね」

田中の目が輝いていた。明は少し照れながらも、懐かしそうに当時の話をした。

その日の帰り際、明は山田に声をかけた。

「山田さん、この間の企画書のフォローアップ、明日一緒にやってもらえないかな」

山田は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。「ああ、いいよ。珍しいね、佐藤くんから声かけてくるなんて」

明は軽く肩をすくめた。「まあ、たまにはね」

家に帰った明は、テーブルの上の結婚式の招待状を手に取った。しばらく迷った末、友人に電話をかけた。

「もしもし、三浦か? ああ、佐藤だ。結婚式の件だけど...」

電話を切った後、明はため息をついた。でも、それは重いため息ではなく、どこか安堵感のあるものだった。

ベッドに横たわりながら、明は天井を見つめた。明日からまた忙しい日々が続くだろう。でも、今日の自分の小さな変化が、何かの始まりになるかもしれない。そう思うと、胸の奥で小さな希望が芽生えるのを感じた。

それは、彼の新しい人生のリズムの、ほんの小さな一歩だった。

〜Fin〜


最後まで読んでいただきありがとうございます! ▶︎「4コマ漫画」「ボイスドラマ」 などで活動中のシナリオライターです。 活動費用が意外とかさむため、よろしければサポートして頂けると嬉しいです!“あなた”のサポートが私のマガジンを創ります。 お仕事のご依頼もお待ちしております!