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【3分で読める】「花の塔/さユり」を聴いて小説のワンシーンを想像した。【歌詞解釈】

壁の周り沢山の長い蔦が這っていて、この病院の外観はお世辞にも”見た目が良い”とは言えなかった。ただでさえアルコールの匂いに辟易とするのに、視覚的にも退屈を押し付けられる感じである。

通常病院は「余りあるくらい儲かっているものだ」と聞くけれど、どうやらここは事情が違うらしい。壁だけでなく、内装もボロくてカビている場所が散見されるので、せめて室内だけでも丁寧に掃除して欲しいものだといつも思う。

そもそもこの街には人がほとんどいないのだから、通う患者自体そう多くないのだろう、と予想する。もちろん、私のような20代の若い人はほとんどいない。年配の方には「あら、珍しいわね」と声をかけられることは少なくなかった。

最初のうちはここでの日々も楽しいと思ったものだけれど、いまでは天井の染みの数を数え始めてしまうくらい、退屈である。”飽き”とは恐ろしいもので、例えどんなに大好きなミュージシャンでも、いつしか聴かなくなってしまうものなのだ。ましてや飽き性の私に、こんな生活が向いているはずもないのである。

「よ」

おろし立てのような真っ白のカーテンがふわりと揺れた。誰が入ってきたのかは、見なくてもわかる。

「調子はどう?」
「順調、順調!オールおっけーです!」
「そう。手術はうまくいったの?」
「それがさぁ…」
「え!?何かあったの?」
「オペを担当したお医者さんが結構なハンサムでさ。どうしよっかな。私、年上は恋愛対象外のつもりだったんだけど、好きになっちゃったかも」
「バカ」
「おー、怖い怖い。冗談です」
「今はそういう話じゃ、笑えません」
「じゃあ、いつなら笑ってくれるの?」

一瞬、会話が途切れて、それから彼女は続けました。

「手術が成功したら」
「ふぅん。なるほど。それはいいね」
「絶対に成功してね」
「私に言われてもなぁ。手術するのが私な訳でもないし。あのハンサムなお医者さんに言って」
「わかった。その人の名前は?」
「げっ、ちょっと間にうけないでよ」
「お願いしに行こうかと思って」
「何を?」
「絶対に失敗しないでくださいねって」

からかう言葉を探してみたけれど、出てこなかった。
彼女の目があまりに真剣だったから。
当事者の私よりも心配してくれるなんて、おかしな話じゃないか。

「それから、ほら、これ」
「何これ?」

彼女が手提げの鞄から取り出したのは、一冊の漫画本だった。ちなみにこの鞄は、私が一緒に買い物についていって、選んであげたモノである。彼女のファッションセンスの無さは、私でなくとも心配になってしまうほどだ。

「続き、持ってきたよ」
「わ〜、ありがとう!ちょうど前巻を読み直してたところだったんだよね。こういうセンスはあるんだね、ってちょっと見直した」
「こういうセンス?」
「あ、ごめんごめん。こっちの話。でも、あれだな、この漫画が完結するまでは死ねないな!」

沈黙。全く、ジョークが全然通じない奴だ。
と、思っていたら。
彼女は俯いてしまった。肩を揺らしているのがわかった。

「…ごめんってば」
「いいよ」
「私、頑張るから」
「うん」
「また一緒に買い物にいこう。それから、ご飯を食べてさ。甘いモノを腹一杯食らおう。映画館にも行ってみたいな。その頃には、この漫画が映画化してるかもしれないよね」
「…」

手術は、正直怖い。麻酔が効いて眠くなるまでの間、数時間後には目を覚さないかもしれないという恐怖に押しつぶされそうになる。

だから、そういう時は、彼女が貸してくれるこの漫画のことを思い出す。
いつか、この主人公みたいに、とびっきりスケールの大きい旅をするのだと想像する。世界中を歩き回って、会う人会う人と仲良くなって。

きっと、そういう未来もある。
だから、今はじっと耐えて、耐える。

「もう、泣き虫だなぁ」

そう言いながら目元を拭って、私は窓の外へと目をやった。
壁を這う蔦はいつもと変わらず、長く、たくましく、上へと伸びている。


〜Fin〜


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