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#1【ナイフの矛先/フリー脚本(30分・演者5名)】

※過去に別サイトにて掲載。読みにくく感じることもあるかもしれません。

【あらすじ】年をとって、価値観が変わる自分。薄汚れていく自分を自覚したところで変えられない現実。
それでも生き続けなければならない。醜くても恥ずかしくても、あがいてあがいて生き続けなければならない。ナイフの矛先は人の意志を示す。使い道は人それぞれ。使うも使わざるも、あなた次第。一人の人間の人間らしい幸福、葛藤、不安を描いたヒューマンドラマ。

【登場人物】
・主人公
・引っ越し業者
・友人
・恋人
・NA





【本編】

1幕・・22歳→引っ越し。新たな生活への期待。希望。若さ。
2幕・・24歳→社会人二年目。多忙。疲労。癒しを求めて。友人。理想の強さ。
3幕・・28歳→恋人。思い出。ペット。
4幕・・32歳→現実。後悔。葛藤。
5幕・・38歳→別れ。なりたくなかった自分。理想とのギャップ。

緞帳アップ

♪ボサノバ系音楽
舞台上手、NA独白。

NA 突然ですが、あなた方にとって人生の節目ってなんでしょう?
誕生日、七五三、入学式、就職。結婚。
その節目には必ず、人との出会いと、別れがつきものです。
そして出会いと別れが人を感動させたり、苦しませたりします。

あそこにいる彼のラッキーナンバーは「2」。
2の連なる今日2月22日は、彼の今後の人生にとって非常に重要な役割を担う日になる。
社会人なりたて、二年目。恋人との出会い。そして様々な決別。2月22日。
この日より、「彼」という物語の幕が開ける。

NA終了。


→一幕

段ボールが数個おいてある部屋。中央には主人公。
段ボールや家具の他に物はなく、閑散としている。
スマートフォンがスピーカーに繋がれ、薄っすらとBGMが流れている。(♪福山雅治のmilk tea。)
主人公は来年から社会人で、働き始めるにあたってアパートの一室を借りた。
そして今日がその引っ越し当日。
主人公は浮足立っている様子で部屋を見渡し、段ボールを開けては閉め、床をさすりまわしたりしている。
とにかく嬉しさが抑えきれない気持ちを表現。

上手から引っ越し業者、積み上げた段ボールを運びながら入場。
主人公、気づいて姿勢を正す。


業者  よいしょ。いっちに、いっちに、いっちに、いっちに。
(段ボールを積み上げて)ふぅ~。これでほぼ終了かな。お客さん!

主人公 はい!

業者  疲れてるところ悪いんだけど、見積もりの確認とサイン、お願いしてもいいかな?

主人公 あ、はい。(スマートフォンを操作し、BGMを止める。書類を受け取り、目を通しながら)
本当にありがとうございました。せっかくだし、お茶でも飲んでいきますか?

業者  いやいや、会社からなるべく急いで戻って来いって言われてるし、遠慮するよ。
・・・っといいつつ一杯だけもらっていいかな?

主人公 もちろんですよ。(ペットボトルの茶をグラスに注いで)どうぞ。

業者  ありがと。いや~、しかしお客さん、荷物少なくて助かったよ。
これだけ高さのある建物だと、運び込むのにかなり労力がかかるからさ。

主人公 そうですよね、手間かけさせてしまいすみません・・。

業者  いやいや、仕事だからさ。
「迅速・スピード・素早さの引越社」がうちのモットーだから、気にしないで。

主人公 めちゃめちゃ早そうですよね。

業者 でも流石にあのときはしんどかったなぁ。50階まである超高層ビルの49階の部屋に引っ越すお客さん。
(おもむろに立ちあがって)目の前広がるのは光輝く美しい海。
そして青い空。
俺はこの無駄におおきーくて無駄によーく見えるベランダから、運んだ家具を全部投げ捨てたい衝動に駆られたね。
ふははは!(爆笑)

主人公  ・・・・・。

業者   たとえ話だよ。それだけ大変だったって話。

主人公  そ、そうですよね。

業者   お客さんに対してはそんなこと思ってないよ。
息子と同い年だから、話しやすくてついいらん話までしてしまった。

主人公  息子さんも来年度から働き始めですか?

業者   いや~、うちは大学通わせられるお金が無くて、高校卒業してすぐ働き始めたよ。
だからもう(指折り数えて)4、5年は会ってないな。

主人公  そうなんですね。

業者   君は、しっかり休みの日くらい親御さんの元に顔見せなよ。
親は子供の顔見るだけで安心するもんだからさ。

主人公  はい、頻繁に顔見せるつもりです。
お気遣いありがとうございます。(見積もり書類を書き終え)終わりました。。

業者   (受け取り)はいよ、ありがとう。じゃ、撤収しようかな。お茶ありがとうね。
 
主人公  こちらこそありがとうございました。

業者   もし何か不備があったら、すぐこっちに電話してよ~。
会社にかけるよりは迅速に対応できるからさ。それじゃ、ありがとね!

主人公  (出ていく間際、業者の忘れ物に気づく)あ、待ってこれ!


業者、上手より退出。


主人公  ・・・・・。まぁ、後で電話するか。(どこか嬉しそうな表情)


主人公、自分の住む家であるのにも関わらず、あたりに人がいないかを確認。
その後、確認を終えたらソファーへとダイビング。
満足したら段ボールの一つからカレンダーを取り出し、部屋の下手広後方に飾る。
2月22日の欄に大きく丸をかき、「一人暮らし記念日」と記述する。

♪暖かいピアノ曲
主人公、独白。

主人公  2月22日土曜日。ちなみに現在22歳。
本日から僕はこの部屋で一人暮らしを始める。
中学高校から漠然と一人暮らしに対する憧れを抱いていた僕にとって、今日は学校の入学式や、卒業式よりも、大切な一日になりそうだ。
就職活動で10円はげならぬ500円はげが出来たことも、まさに今そこでゴキブリの死骸を見つけたことも、今の僕にはどうでも良かった。

主人公  とりあえず一人暮らしといえば、酒だよね。
だからこれ(コンビニ袋を持って)買ってきた!
それでは、わたくし○○の一人暮らしを記念いたしまして、乾杯!
うん、うまい!来週にはあいつらも呼んで、オールで遊ぶかな。
これぞ一人暮らしの醍醐味ってもんよ。あ~、一人暮らし最高!!(楽しさを強調)



主人公、急激にトーンダウン。寂しさ溢れる場。
間。


主人公  疲れたし、寝るか。


段ボールの中から敷布団と枕を取り出し、就寝の準備。


主人公  それじゃ、おやすみ。


主人公、上手く寝付けない様子。


主人公  やっぱりまだ寝るには早いか・・。折角だし、商店街の様子でも見に行こうかな。
なんだか、人の声が恋しい。


上手の入り口から退場。
♪BGM F.O
暗転
♪時計の刻む音



→二幕

家は二年後の様子に変化。段ボールは無くなり、生活感の出ている部屋に様変わり。
来ていた服や食器がそのまま放置されており、ところどころカップ麺のごみなど、自炊している様子もあまりない部屋。
二十四歳2月22日。

明転

主人公、スーツ姿で通話しながら部屋に入ってくる。


主人公  えーっと、はい。かしこまりました。はい。
今週金曜日の17:00から打ち合わせですね。
かしこまりました。はい。はい、卸くお願い致します~。失礼いたします。


電波を切る。主人公、大きくため息を吐きその場に座り込む。
改めて鳴る電話。躊躇いつつも3コール以内に応答。
そしてすぐにカバンがからメモ帳を取り出す素振りを示す。


主人公  お電話有難うございます。地道に進む、変えていく。
オフィスビジネスカンパニー株式会社の○○(名前)です。・・・なんだよお前かい!
どしたの?いや、今繁忙期だから電話かかってくると反射的にでちゃうんだよ。
・・・うるせぇ、会社名は社員全員どうにかすべきだと思ってるよ!
それで、用件は?まさか、美里ちゃんと結婚するとか言い出すんじゃないだろうな?(ニヤニヤ)

主人公  え、マジ。え、ほんとに?・・・・おめでとう!
まさかマジだとは思わなくてさ。冗談みたいな話だな。
で、、挙式とか挙げるの・・・?
そっか。じゃあその日までに仕事の都合つけておくわ。うん。
また改めて連絡くれよ。うん。じゃあな。


再び電話を切る。


主人公  結婚するのかぁ。結婚式って、御祝儀いくらつつめばいいんだ?
(財布から千円を取り出し)千円は流石にまずいだろ・・・。余興とか頼まれたらどうしよう・・・。


何かを思いついたかのようにドアに鍵がかかっているかを確認。
その後おもむろに福山よ雅治の「家族になろうよ」を歌い出す。
歌うなかで段々気持ちがよくなり、声も大きくなっていく。
いよいよサビへ、とのところでドアがノックされる。主人公、驚きの表情。
ドアを開ける。
上手から友人登場。


友人 久しぶり!

主人公 お前、なんで

友人 まぁ細かいところはいいじゃん?とりあえず中に入ってもよい?

主人公 お、おう。(恥ずかしそうに)…聞こえてた?

友人 ん?

主人公 外で何か聞こえなかった?

友人 聞いてないけど?

主人公 そっか。


友人、歌のサビを口ずさむ。



主人公 やっぱり聞いてたのかよ~!

友人 ちなみに二階の階段まで響き渡ってたぞ。

主人公 …穴があったら飛び込みたいわ。

友人 随分今日は気前がよさそうだな。

主人公 まあね。・・で?

友人 で??

主人公 今日は何。

友人 何が?

主人公 は?

友人 はぁ!?

主人公 いや、お前がキレるのオカシイだろ。

友人 時々顔見せるくらい許されないのかよ~。酒買ってきたぞー。

主人公 お、サンキュ。

友人 ほいよ。

主人公 ・・・おいお前。

友人 ん?


袋から中身を全部机の上にだす。明らかにバランスの悪いお酒とおつまみの量。
そして謎の箱が出てくる。


主人公 ビールが二本。軟骨。唐揚げ。かっぱえびせん。ドリトス。のりしお。
コンソメ。サッポロポテト。じゃがりこ。・・ティラミス。
(謎の箱をみて疑問な顔)・・・お前は馬鹿か。

友人 何で!?

主人公 ツッコミ所はいくつかある。

友人 え、やっぱりピザポテトも買うべきだったかな。


主人公、驚愕の表情で友人をみる。


友人 違うよね!そういうことじゃないよね。んーっなにが足りないんだろ。

主人公 十分足りてるわ!むしろ減らせ!揚げ物を減らせ!レジで思いとどまったりしないのかよ・・。

友人 食べたいもの集めたらこんなになっちまったんだよ~。許せ。

主人公 ポテチにティラミスて・・・。で、(謎の箱を持って)これは何?

友人 それスーパーで安売りされてたから買っちゃったのよね~。包丁。

主人公 ほ、ほ、ほうちょう!?

友人 切れにくいから新しいのが欲しいって、この前言ってたじゃん?だからお土産。

主人公 サイコパス・・!

友人 使わないんだったら持って帰るからいいよ。俺だって必要になるかもしれないし。

主人公 い、いや、もらっておくよ。ありがとう。

友人 どういたしまして。もう文句は聞き飽きたし、飲も。

主人公 明日おなか大丈夫かな・・。

友人 (無視)はい乾杯!


乾杯。


主人公 そういえば話変わるんだけどさ、さっき悠人から連絡があって、美里ちゃんと結婚することになったらしい。

友人 へぇ。あ、だから「家族になりたがってた」のね。

主人公 傷をえぐらないでくれ。

友人 あの二人は学生の時から仲よかったもんね。二人なら納得って感じがする。

主人公 ほんとにな。

友人 お前はそういうのないの。

主人公 ・・・今彼女いない。

友人 そっか・・・・・。

主人公 うん・・・・。

友人 知ってる?ミツバチのオスってね、空中で交尾したときにそのまま体が硬直して死んじゃうんだって。
交尾で人生を終えるなんて考えられないよな。

主人公 もしかして、慰めようとしてる?

友人 恋愛だけが人生の全てじゃないよ。

主人公 俺はミツバチじゃないの。人間なの!
俺だって女の子とあんなことこんなことしてみたいわけ!

友人 そんなこと俺に言われても。困るよ~。

主人公 お前彼女いるの?

友人 うん。

主人公 ・・・サイコパスに彼女がいて、俺に彼女がいない・・。

友人 まぁきっかけはいくらでも転がってるし、悲観的になることないよ。
(話題を切り替えて)でもさ、やっぱり恋愛だけで終わる人生って、虚しいよな。

主人公 え、どゆこと?

友人  いやさ、人を好きになって、一緒にデートとかして。
それって幸せじゃん?確かにそれがずっと続けばいいとは思う。
だけど、これが就職やら結婚やら、社会の通過儀礼的なイベントを終えた瞬間に「義務」みたいな感覚になるのが俺は耐えられないと思うのよね。

主人公 珍しいなお前がネガティブになるなんて。

友人  まぁ、俺も少なからず不安を抱えて生きてるからな。
そう考えると、今生きてるすべての大人達ってすごいと思う。
それぞれ事情が異なれど、一生懸命働いて、家庭を育んで、自分を犠牲に出来る大切なものがあって。
皆うまく生きてるなって。

主人公 お前も俺もいまやその大人の一人だけどな。

友人  こんな言葉知ってるか?
「子供の頃は人生を親に台無しにされて、親になると子供に人生を台無しにされる」
理解はなんとなく出来るけど、そんな希望のない話されたら正直たまったもんじゃない。

主人公 その理屈でいえば子供でも親でもない俺たちは、今人生の中で一番有意義な生活を送っていることになるな。

友人  そういうことだな。でも実際、何もそんな実感はない。体と心すり減らして働いて、明日の夕飯代のこと考えるだけの平凡な人生だよ。

主人公 仕事に不満があるのか?俺はそうは考えないな。
働いている以上その仕事の先にはたくさんの人がいてさ。
その人に自分の仕事が影響を与えたって考えると楽しい。
それで得たお金で自分の人生を設計していくやりがいも感じるし、面白いなって思う。

友人  そっか。お前は強いんだな。俺はなかなかそんな風には考えられない。

主人公 もう少し楽観的に生きようぜ。
ほら、公務員なんだし、民間勤めのサラリーマンの俺より生活に余裕があるだろ。
休日の時間を趣味に費やすとか。それこそ彼女といちゃいちゃしてろよ。

友人  うん、そうだな。ありがとう。

主人公 あぁ。もう辛気臭い話はやめようぜ~。

友人  そうだな。ちなみにお前どんな子がタイプなの?

主人公 んー。清潔感があって料理が出来て、優しそうな人がいいな。

友人  ふうん。

主人公 あ、あとは気が利いて子供好きで、三つ編みでメガネかけてて、車の免許持ってて、若干筋肉質な感じがいいな。
あとは、美味しいパスタ作れて家庭的で、意外とがっつりお酒も飲めて、照れると頬が赤くなるかわいい系女子。

友人  そんな女の子はこの世にいない。

主人公 いるだろ探せば。一人くらいは。

友人  絶対、いない。かけてもいい。

主人公 お前に話した俺がバカでした!もう寝る。

友人 ・・・お前本気なのか。俺はそこのソファ借りるよ。

主人公 はいよ。

友人 おやすみ。

主人公 おやすみ。

友人  ・・・あのさ。


主人公はすぐさまいびきをかいて寝ている。


友人  ・・・お休み。


暗転。♪BGM時計の刻む音


→三幕

友人は退場し、恋人が部屋で料理をしている設定をつくる。
三つ編みメガネ。先ほどの理想を体現したかのようなたたずまい。
(あるいは恋人の演者に合わせて主人公のタイプを変える)
二十八歳の2月22日。


主人公 ・・・・少子高齢化。・・・地域活性。・・・アナフィラキシーショク。・・・ドップラー効果・・・。
(寝言。その他もろもろ難しそうな単語を並べる。うなされて苦しそう)


しばらく後ろを向いてエプロン姿で料理を作っていた彼女。
客席を振り返った時に、先ほどの理想の女性像を体現させたかのような恰好になっているのが理想。
恋人、呆れた顔で近寄り、耳元で大声を出す。


恋人 皆で防ごう!

主人公 環境汚染!(勢いよく)おはよう。

恋人 おはよう。またいつもの呪文発してたわよ。

主人公 仕事の夢見てたよ。

恋人  いったい何をする会社に勤めているの!

主人公 ・・説明すると長くなるから辞めとく。

恋人  とにかく、せっかくの休みなんだし朝を無駄にしないでくださーい。はい、出来たわよ~。
たらこパスタです!

主人公 お、美味しそうだなぁ頂きます!

恋人  召し上がれ。

主人公 ん、上手い。

恋人  パスタは私の得意料理だからね。
私下の自販機でお茶買ってくるから、寝ないで待っててね。

主人公 了解!

恋人  いってき~

主人公 いってら~。


満面の笑みで上手から退場。
主人公はそれを笑顔で見送ったのち、部屋の端っこにおいてあるゴールデンハムスターの籠を取り出す。
それを見ながらニヤニヤしている。


主人公  あいつ、びっくりするかな。


ご飯を食べていたテーブルの上に籠を置き、パスタをほおばりながらぼおーっと中を見つめる。気が付いたように餌をやって


主人公  お前はいいよな~。寝て起きたらご飯が出てくるんだもんな。
俺が言える立場にないが。


籠のあった場所からハムスターの生態本も取り出す。生態本にかかれていることを読みあげる。


主人公  「ハムスターが人間の歴史の中で始めて登場したのは1797年に出版されたとある医師の本の中でした。
そこにはハムスターがほお袋の中にエサを貯めるという事に驚いたと記されています。」

「初めて標本が博物館に展示されたのはイギリスです。
そしてパレスチナの動物学者が、飼育。その後、ロンドン動物園で繁殖されました。
一般の人にも売られペットをして飼われるようになりました。」

     
主人公 お前結構波乱万丈な人生、、ハムスター生を送ってきたんだな。


「いまやハムスターはペットとして人気者ですが、最初はその飼育と繁殖のしやすさから実験動物として利用されていました。
今でもゴールデンハムスターは様々な病気の治療実験に使われています。
人々の近くにいて役立っているハムスター達に感謝しながら、ペットとしてのハムスターを可愛がりましょう」

主人公  ん~。いくら人のためとはいえ、「実験に使われる」なんて御免だよなぁ?
俺が、大切に育ててやるからな~。


恋人が上手から入場。


恋人 ただいま~。…なにこれ!?

主人公 この前、ペットを飼うならハムスターがいいって言ってたよな?

恋人  飼うの?

主人公 うん。

恋人  やったー!!


♪暖かいピアノ曲
あまりの声の大きさにビビる主人公。


恋人  本当に嬉しい、ありがとう。可愛い・・・。

主人公 可愛いよな。

恋人  うん、可愛い。

主人公 生まれてまだ一年経ってないらしい。

恋人  そっか。ハムスターの寿命ってどのくらいなのかな。

主人公 大体3年くらい。だから、大切に育てて長生きしてもらわなきゃな。

恋人  うん。名前はどうする?

主人公 考えてあるんだ。(どや顔で)「ハム太郎!」

恋人  ありきたり、というか、ある、というか。

主人公 ハムスターのハムに、人の名前によく使われる太郎を・・・

恋人  説明しなくてもわかるよ!まさかハム太郎知らない??

主人公 ・・・。

恋人  へこまないで!(笑)じゃあ、これは?長生きしてほしいから、「鶴亀太」。

主人公 ・・・ハムスター要素が失われてる気が。

恋人  でもこの他にいい案ないでしょ。よし、今日からこの子は鶴亀太。

主人公 鶴亀太かぁ・・・。

恋人  長生きしてね。鶴亀太。

主人公 鶴亀太が死ぬ頃には、俺らは三十代か。

恋人  年が経つのってあっという間ね。冬が始まったと思ったらもう2月だもん、もう
すぐ春が来る。

主人公 その頃には俺も昇進してると思うし、もう少し楽な生活ができると思う。だから、期待してて。

恋人  ん。期待してる。


BGMクロスフェード
♪不安げな音楽

NA  二十八歳の二月二十二日。
この日まで、彼は平凡ではありますが幸せな生活を送っていました。
しかし、この一ヶ月後、とある連絡が彼のもとに入りました。
あの友人、四年前に酒を酌み交わした彼が、その当時彼女との間に子供を授かり、育児のためのお金に困っていた事。
職場の人間関係のいざこざも重なり、精神病を患っていたこと。
そして、先日、自ら命を絶ったことを。


暗転。
♪時計の音。


→四幕

明転
三十二歳。二月二十二日。
主人公はただ座っている。正気のない表情。
部屋は散らかり、あまりまとまっていない印象。

恋人、スーパーの袋を持って入場。
主人公の様子を見てげんなり。


恋人 はいはーい今日もあなたの好きなティラミス買ってきましたよ~。
すぐにご飯も作りますからね。
(落ちていたカップ麺のゴミを拾って)自分で食べたものくらい自分で片付けなさい。

主人公 ごめん。

恋人 そう思うなら行動に移して。


主人公、黙ってカップ麺をゴミ箱に捨てる。


恋人 ねぇ、せっかくの休日に、一日中家の中に閉じこもるなんて退屈じゃない?
みてよこれ(スマホを渡して)今日新宿でかつおたたき祭りがあるみたいなの。

主人公 カツオたたきの食べ放題?

恋人  いや、カツオを、叩く祭り。

主人公 なんだよ、その祭り。

恋人  面白そうじゃん。新宿東口で、だいの大人がカツオを叩くだけの祭り。
みたくない?

主人公 ・・・興味ない。今日もうちでゆっくりしようよ。

恋人  えーもう飽きた!たまには外でゆっくりしようよ~。

主人公 今日は疲れてるんだよ。

恋人  まだ何もしてないじゃん。


主人公、黙っている。


恋人  ・・・いい加減にしてよ。
あの日から全然話もしなくなったよね。私だって悲しいよ。
でも、それ以上に今私はあなたのことが心配なの。

主人公 大丈夫だよ。

恋人  大丈夫じゃないでしょ。今日も鶴亀太に餌やった?

主人公 いまやるよ。


恋人  そういうことじゃなくて。
こんなこと言いたくないけど、死んだ人のことで悩んでいる前に、まず自分の、私たちの生活を見返そうよ。

主人公 ・・・ごめん。

恋人  謝ってほしいんじゃなくて・・・。


静寂。


主人公 俺さ、あいつが死ぬ一年前に会って話をしたんだ。
この部屋で。酒のつまみに揚げ物ばっかり買ってきたせいで、次の日俺、お腹壊して仕事にならなかった。
だからあいつにLINE送ったんだ。「お前のせいで、今日は仕事にならなかったぞ。仕事出来なかった分の時給払え!」って。
勿論俺としては軽い冗談のつもりで送ったんだよね。そしたら、「ごめん」って返事があったきり、連絡が途絶えた。・・・

俺あいつが悩んでたことも、子供が生まれることすらも知らなくて、何もしてあげられなくて、
そのうえ・・・無意識に傷つけていたのかもしれない。
あいつは何か相談したくてうちに来たのかもしれない。
でもなにもしてあげられなかった。あの時気づけてたら…かわっていたかもしれない。

恋人 確かにそうかもしれない。でも、それが彼が命をたった直接の理由ではないでしょ。
だったら、そこまであなたが思い悩むことじゃないよ。


主人公 ・・・。

恋人  ううん、違う。あなたは結局そうやって逃げてるだけだよ。
なにかと理由つけて、現実から目を背けてるだけ。
出世がなかなか出来ないからって、働くのに嫌気がさして、他のことを考えたいだけ!

主人公 それは違う。

恋人  どう違うの?私たちは生きている以上どんなに辛くても、しんどくても生き続けなきゃいけないの。
一生懸命、生きていかなきゃいけないの!

主人公 ・・・そんなにいけないことかよ。
大切な人と会えなくなって、苦しくて、それすらも我慢しなきゃいけないのが「生きる」ってことなのかよ。

恋人  ・・・もういい。


上手より恋人退場。



→五幕

♪時計の音。これまでにない音量の変化。徐々にボリュームが上がって
準備が出来次第CO。部屋の場面転換は意図的に荒々しく、音を立てながらおこなう。
物を投げたり蹴ったり。重々しい空気を出す。
明転。

恋人は家を出る準備。主人公はその様子を見ている。
準備が終わったら上手の家出口へ向かう。


恋人 じゃあ、行くね。
粗大ゴミは木曜日しか回収してくれないから、注意してね。いらないものはちゃんと捨てるのよ。

主人公 あぁ、ありがとう。

恋人 あと、鶴亀太に餌、ちゃんとやってよ。最近弱ってるみたいだから。

主人公 うん。

恋人 じゃ。

主人公 ありがとうね。

恋人 …仕事で忙しくてもちゃんと野菜は摂ってよ。いい歳なんだから。

主人公 ん、ありがとう。

恋人 …それじゃ。バイバイ。

主人公 元気でな。


上手より退場。
主人公、一人になる。
しばらく放心状態。


鶴亀太に餌をあげる。


主人公 お前も、ずいぶん長く生きたな。疲れただろう?


鶴亀太の様子がおかしい。 カゴを覗き込む。
鶴亀太は哀れな姿に。

 
主人公 、、、まぁ、里親だしな。俺が思ってた以上に長く生きてたんだろう。
前の家庭と俺たちと、お前はどっちにいた時が幸せだったんだろうな。



下手の方に置いてある段ボールに気づき、それを開封する。地元か
ら届いた宅配物。なかには果物や野菜、手紙が入っている。
手紙を読み上げる。


主人公 「元気にしてますか?こっちは皆元気にしています。
しばらく会っていないので父が心配しています。
たまには顔見せに帰って来てください。」


読み終えたら中のリンゴを取り出す。
キッチンに向かい包丁(友人に貰った)と皿を取り出し、皮むきをしようとする。そこで思いとどまる。

♪BGM不安をあおる
包丁の矛先をそのまま自分の喉元に突きつける。
上手、下手にこれまでの登場人物が並ぶ。
一人一人のコメントに返答。回想のシーン。


引っ越し業者  君は、しっかり休みの日くらい親御さんの元に顔見せなよ。
親は子供の顔見るだけで安心するもんだからさ。

主人公 …頻繁に顔見せるつもりです。お気遣いありがとうございます。

友人 体と心すり減らして働いて、明日の夕飯代のこと考えるだけの平凡な人生だよ。

主人公 …俺はそうは考えないな。
働いている以上その仕事の先にはたくさんの人がいて。
その人に自分の仕事が影響を与えたって考えると楽しい。

友人  そっか。お前は強いんだな。俺はなかなかそんな風には考えられない。

NA (ハムスターの生態本を持ちながら)「ゴールデンハムスターは様々な病気の治療実験に使われています。
人々の近くにいて役立っているハムスター達に感謝しながら、ペットとしてのハムスターを可愛がりましょう」

主人公 いくら人のためとはいえ、「実験に使われる」なんて御免だよな。
俺が…大切に育ててやる。

NA さっきあなた、里親だから、と言いましたよね?
だから如何しましたか?
里親だから、無料で飼ったから、自分には大した損失がないと言いたいのですか?

主人公 違う、そうじゃない!

恋人  結局そうやって逃げてるだけだよ。
なにかと理由つけて、現実から目を背けてるだけ。
働くのに嫌気がさして、他のことを考えたいだけ!

主人公 それも違う。

恋人  どう違うの?私たちは生きている以上どんなに辛くても、しんどくても生き続けなきゃいけないの。
一生懸命、生きていかなきゃいけないの!

主人公 (問いかけに大声で応える)大切な人と会えなくなって、苦しくて、それすらも我慢しなきゃいけないのが「生きる」ってことなのかよ。
どんなに頑張っても、努力しても、それが結果にならなきゃ、生きていることにはならないのかよ。


♪BGM C.O

全員  (主人公への問いかけ)じゃあ、たった今全てを失ったあなたはこれからどのような人生を送るつもりですか?

主人公 ・・・俺は。


♪東京の空/小田和正 C.I


友人を亡くした後悔、恋人を失った悲しみ、将来への不安、仕事への不満、過去の自分に対する嫌悪。
いろんな感情を抑えきれずに、涙がこぼれる。

主人公 自分ののど元に向けた包丁を下し、リンゴの皮をむき始める。
主人公はリンゴの皮をむく。途中までむき終えたらリンゴにかぶりつく。
ナイフの矛先は自分の命ではなく、生きるための食料に向けられる。

後悔、悲しみ、不安、不満があっても、それでも一生懸命生き続けるという意思の表れである。

緞帳、ダウン。
終演



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