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2022年の読書:ノダ・シーナの時代なのだ

 前回のブログの更新が9月19日だったから、3ヶ月以上も空いてしまった。まだ夏の終わりを感じていたと思ったら、季節はすっかり真冬。驚くべき時の流れだ。80年代女子大生風言語でいうなら、ヤッダーウッソォーという気分だ。
 ヤッダーウッソォーなんていうのはすっかり古の言語だと思っていたら、つい先日訪れた広くがらんとしたハンバーガーショップで店内に響いていたから驚いた。相手は、何を言っているのかはよく聞こえなかったけれど何か(たぶん大学の授業関係のこと)をばっさり斬り捨て御免風に語っている男だった。どんなやつがしゃべっているんだろうと声の主を探したら、なんと一人分の席に二人で座っているではないか。店内にはいくらでも空いている席があるのに。やれやれと思って食事を終えてトレーを返しに行こうとすると、先ほどまで狭そうに座っていたその二人はなんと重なり合って見つめ合っていた。むむむと思っていると、あれ、斬り捨て御免とヤッダーウッソォーの声が別のところから聞こえてくる。目を転じると、実は声の主はこの一人席に二人カップルではなく、別の席にいたのだった。でもその真のヤッダーウッソォーたちも一人半ぐらいのスペースに密着して二人で座っていた。夜8時半で店内は閑散としているとはいえ、うーむ、なかなか国分寺という街は侮れないようだ。

 さてそんなわけで不覚にもすっかり年の瀬になってしまった。年末になるといろんなところで一年を振り返ったり、統計が出始めたりする。
 本に関してはいくつか個人的な記録を取っているので、暫定ながら今年のことを振り返ってみる。
 まず今年一年の本の購入金額は、書いてしまうと家庭内不和を招く原因になりかねないので具体的な額はあえて秘すとして、金額自体は去年よりも少なかった。このままだと一昨年よりも少なくなりそうだ。
 一方で冊数は去年や一昨年よりも多かった。ということは購入1冊あたりの値段は去年より安くなっている。
 たしかに今年はよく文庫本を買った。計算してみると、購入した本のうち文庫本が占める割合は、一昨年と去年は全体の約13%だったのに対し、今年は約39%だった。発作的に増えたといっていいだろう。
 最近は本も値上がりしてきていて、文庫本は特にその幅が大きいように思う。僕は以前から、本はもっと高くていい、価値に対して値段が安すぎる! と静かに唱えていたけれど、折しもの物価狂乱賃金横這の中で文庫本が1冊1,000円近くとなると、生活の先行きに暗雲が立ち込めてきたと感じるから勝手なものだ。
 しかし今年文庫本ばかり買っていたのは懐具合が理由というわけではなくて、椎名誠の本を買い集めたからだった。
 年明けに、野田知佑という存在を知った。一気にハマって著作を読み進めてさあこれからもっと深いところにと思っていた矢先、残念ながら野田さんは亡くなってしまったが、その後も読み続ける中で、野田さんと親交のあった椎名誠という存在を知った。そうなるとおもしろいもので、近所の祖母の家の本棚に『わしらは怪しい探検隊』の文庫本があることに気づいた。祖母が買ったとは思えないので、亡くなった祖父が買ったものだったのかもしれない。
 それからはめったやたらと椎名さんの本を読んだ。数えてみると今年の4月からのべ61冊を読んだらしい。手当たり次第に著作を買い集めた。その多くが文庫本だった。共著を含めた椎名誠作品だけでのべ204冊を買い、そのうち文庫は173冊だったようだ。こりゃ文庫本が増えるわけだ。驚くべきことに椎名さんの著作は300冊ぐらいあるようなので、まだあと100作品ぐらいは残っているらしい。うーん、すごい。

 野田知佑と椎名誠、今年はこの二人の存在に圧倒され続けたといっていい。
 自分は二人の何にそんなに惹きつけられたのだろう、と時折り考えることがある。
 二人とも、行動に責任を持っている。嫌われることを恐れていない。大切にしたいものはとことん守り、主張し、気に入らないことは冷徹に突き放す。その責任は、ただ本人が一身に背負っている。自分に逃げ道を用意していない。書かれる文章も、また然り。
 失点を防ぐのではなく、得点を重ねていく。だから惹きつけられる人はとことん惹きつけられてしまうのだろう。僕のように。
 二人のような、生き様を見せてくれる存在や文章というのは、もうこれからはなかなか出てこないだろうなと思う。生き様を見せつけるには、社会は狭量になりすぎた。その意味で野田さんや椎名さんは時代がよかったのかもしれない。
 小粒化されたものに囲まれ、それにすっかり慣れてしまうと、ふいに目の前に現れた古い大きな存在に、度肝を抜かれてしまう。まさに今年の僕なのだが、それはある意味ではとても哀しいことだ。頼りになる存在が、自分よりもはるかに歳上だからだ。何しろ親よりも歳が離れている。これだけ年齢的に遠いと、いささか心細い。
 けれども元気を出そう、と思う。時代は戻らない。でも本は何度でも戻って繰り返し読むことができる。そして読み返すたびに、毎回新しい発見がある。一回目に読んだときと二回目に読んだときで、印象が全然違うことだってある。しゃぶりつくせるのが本のいいところだ。
 うーん、そう考えると、やっぱり1,000円じゃ安いのかもしれない。そんなことを、1,000円を超えるハンバーガーのセットを食べながら思った。

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