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都市伝説「存在しない国から来た男」の元ネタ発見!

「存在しない国から来た男」という都市伝説がある。

1954年に日本で起こった出来事とされていて、海外では「Man from Taured」という名前で知られ、結構有名な都市伝説らしい。

都市伝説は話の面白さだけでなく、真実かどうか検証するという楽しみ方がある。

この都市伝説も、いろんな国の人に検証されていて、中でもRedditという海外の掲示板には、「存在しない国から来た男」のもとになった事件のことが書かれていた。

https://www.reddit.com/r/japan/comments/g2s5ar/im_doing_some_research_about_the_man_from_taured/

掲示板では、外国の新聞や、アメリカ政府の機関の日本国内の報道のレポートなどが提示されていて、当時の日本で、この事件をどのように報じていたか調べてほしいと希望していた。

アメリカ政府の機関のレポートを見ると以下のようなことが書かれていた。

画像1

John Allan Kuchar Zegrusは東京裁判所の法廷内で自殺未遂を起こした。

とあった。

こんなことが本当にあったのだろうか。
John Allan Kuchar Zegrusは生きていたのだろうか。
なぜ現在では知られていないのだろう。

当時の新聞を調べた結果、この報道は事実だった。

Redditにあった「存在しない国から来た男」のもとになった事件も事実だった。

ネット上には「存在しない国から来た男」の多くの情報があり、それを調べることで、都市伝説から実際の事件までさかのぼってまとめることができた。

都市伝説「存在しない国から来た男」はどんな話か。

「存在しない国から来た男」はだいたいこんな感じで伝えられている。

1954年、東京で外国人の男が行方不明になった。
男は、偽のパスポートを使って入国しようとし、入国審査官から上陸拒否された。
偽のパスポートは、タウレッド(Taured)という存在しない国が発行したもので、発行国以外はすべて本物に見えた。
男は仕事で日本に来たと言い、この年もすでに3回来日しているという。
男の言葉を裏付けるようにパスポートには、複数のビザスタンプがあった。
男は国際的な複合企業の子会社の社員と自称したが、その会社に問い合わせても、男の在籍は確認できなかった。
国際運転免許証を持っていたが、それも無効。他に存在しない銀行の小切手帳も所持していた。
予約したと言うホテルも、確認が取れなかった。

男は日本語を含む数カ国の言語を話せたが、タウレッドの公用語ははフランス語だという。
審査官は、男に世界地図を見せ、タウレッドがどこにあるか教えてほしいと頼んだ。
地図を見た男は、スペインとフランスの辺りを食い入るように見ていたが、タウレッドが見つからず動揺した。
それでも、アンドラ公国とフランスの一部を指差し、「タウレッドは1000年以上の歴史がある国だ。アンドラ公国なんて国はない」と言った。

尋問を始めてから8時間以上過ぎたが、なんの成果もない。男に疲労がありありと見えた。

入国管理局は監視することを条件に都内のホテルに宿泊することを許可した。
男はルームサービスで簡単な食事を取り、すぐに眠りについた。
部屋の窓ははめ殺しになっており開けることはできない。部屋の外では、一晩中、2名の警察官が部屋を見張っていた。
当然、誰にも見つからず部屋から出ることはできない。

翌朝、警察官が外務省の職員と部屋に入ると、男はいなくなっていた。
警察は多くの時間をかけて男を探したが未だに見つかっていない。

存在しない国から来た男はどこへ行ったのか。別の宇宙へ消えてしまったのか。

タウレッド(Taured)だけがJohn Allan Kuchar Zegrus(以下ジーグラス)の事件につながるのでそれだけ覚えておいてほしい。

Redditに投稿された「存在しない国から来た男」の疑問①

Redditの内容は、以下のことをあげ、事件について日本人(に限らないと思うが)に調べてほしいとのことだった。

・1960年のバンクーバーの新聞が報じたニュース
・英国議会でのパスポートについての議事録
・Foreign Broadcast Information Service (FBIS)というアメリカの政府機関が作った日本のメディアのレポート。(1960年8月、1961年12月の2つ)

まずはバンクーバーの新聞から。

Man with his own country ...
Everyone who has run into officialdom to His cost and wondered at the ridiculous questions asked of tourists will have sympathy for a man sonorously named John Allen Kuchar Zegrus.
Mr. Zegrus wanted to travel round the world. To impress officials, he invented a nation, a capital, a people and a language. All these he recorded on a passport which he made himself, Victims of bureaucracy all over the universe will be delighted to hear that he was wonderfully received everywhere well, almost everywhere.
John claimed to be a “naturalized Ethiopian and an intelligence agent for Colonel Nasser.”The passport was stamped as issued at Tamanrasset, the capital of Tuared “south of the Sahara.”Any piances so romantically named ought to exist, but they don’t.John Allen Kuchar Zegrus invented them.
Armed with this wonderful document,Mr. Zegrus travelled royally through the Middle East, accepting homage as be went, And if there were any doubters, they were invited to read a kind of proclamation beneath the national tuared stamp. It read:”Rch ubwaii ochtra negussi habessi trwap turapa.” That was the clincher, but didn’t mean anything in any language.
The gallant gesture for the individualist, unfortunately, ended with the japanese in Tokyo. They began looking up maps.John Allen is in court, a martyr to japanese thoroughness.
His action takes precedence, we think, over the American citizen who flew his own plane round the world wearing his own uniform, receiving homage from all and sundry. But the more we ponder on Mr.Zegrus, the more we wish there were really a capital called Tamanrasset. in the delectable county of Tuared south of the sahara, with a language like the one Zegrus invented. All its citizens would be bissed with John Allen’s sterling attitude towards collectors useless information.
1960/8/15
https://imgur.com/a/eVBWdw4

英語がさっぱりわからないが要点だけ翻訳してみた。

■ジョン・アレン・カッチャー・ジーグラスという男が偽造パスポートで捕まった。
■アメリカ人のスパイと自称しており、ナセル大佐(エジプトの軍人、大統領)の下で働いている。
■パスポートはTamanrassetという南サハラの”Tuared”の都市で発行されたもので、イッヒ・ウブワイ・オクトラ・ネグシ・ハベシ・トラウプ・ツラパなるスタンプがおされていた。

Tuared”を調べると、画像以外に情報はなかったが、wikipediaに”Tuareg”という項目があった。

トゥアレグ
トゥアレグ (Tuareg) またはトゥアレグ族は、ベルベル人系の遊牧民。アフリカ大陸サハラ砂漠西部(アザワド)が活動の範囲である。自身では「ケル・タマシェク(Kel Tamasheq)」(タマシェク語を話す人々)と呼ぶ。

分布
現在では、トゥアレグ族は主にアルジェリア、マリ、ニジェール、リビアなどのサヘル地域に分断されて分布しており、その数は100万から350万人の間のといわれる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%B0

とあり、過去に”Tuared”国があってもおかしくないのかもしれない。

どうやら、この”Tuared”が、存在しない国の”Taured”に、いつからか変化していったらしい。

いつから”Tuared”から”Taured”に変わったか。

Kook Science Research Hatchというwikipediaのようなサイトに「存在しない国から来た男」の起源や変遷についてまとめられたものがあった。

以下サイトから一部転用。最初に書いたのはジャック・ベルジェ(フランスのオカルトの大家らしい)が1974年に書いたとされている。

Chronology of Accounts
The original account has been credited to Jacques Bergier, and in particular sourced to his 1974 book Visa Pour Une Autre Terre (Paris: A. Michel); however, there is no account of an incident involving an unusual traveller in Japan to be found in that book, and the term "Taured" does not appear in the text.
1974年のジャック・ベルジェ(フランスのオカルトの大家らしい)の著書「Visa Pour Une Autre Terre」に由来しています。しかし、その本に日本で珍しい旅行者が関与した事件の報告はなく、「Taured」という用語は本文に現れていません。

Kook Science Research Hatchより引用

Googleブックスで”Taured”ではなく、”tuared”を調べると、ジャック・ベルジェが1964年に書いた「Rire avec les savants」に”Tuared”が出てきた。

「Rire avec les savants」のGoogleブックスでの検索結果

画像2

何書いてるかわからないが、帝国ホテルとかパスポートとかあるからこれが最初になるのかもしれない。

さらに調べると、ジャック・ベルジェは、1973年にも「Extraterrestrial Visitations from Prehistoric Times to the Present」で”Tuared”を書いていた。

「Extraterrestrial Visitations from Prehistoric Times to the Present」のGoogleブックスでの検索結果

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違うこと書いてるようだが、”1954””Japan””passports”とあり、何処か来たかわからない人物で有名なカスパー・ハウザーの名前があることから、こっちが直接の原典のようだ。

ちなみに、「存在しない国から来た男」とカスパー・ハウザーは都市伝説&ミステリー系YouTuberのNaokiman Showで取り上げられている。

存在しない国から来た男の動画(4分辺り)

カスパー・ハウザーの動画

以下、同サイトから転用。1981年に書かれた「未知への辞典」から”Taured”に変化したらしい。

Print
Begg, Paul (1981), "Appearing People", in Wilson, Colin; Grant, John, The Directory of Possibilities, New York: Rutledge Press, p. 86, "And in 1954 a passport check in Japan is alleged to have produced a man with papers issued by the nation of Taured."

コリン・ウィルソン(オカルト世界で超有名人)とジョン・グランドが編集した「未知への辞典」(1981)の「人間出現現象」の項のP166に下記のような記載がある。
「日本である旅行者の旅券を調べたところ、タウンレッド(Taured)という国で発行された旅券を所持している人がいたという」
同項にはカスパー・ハウザーの記述もあった。
(日本語版「未知への辞典」を参照。)

Kook Science Research Hatchより引用

この項はポール・ベッグという人が書いたようで、どうやら、この人が”Tuared”と”Taured”を間違えたらしい。

都市伝説「存在しない国から来た男」は2012年に完成された。

17年後の1998年に、多少変えたバージョンが現れる。この時点では、「存在しない国から来た男」とはオチが違うようだ。

Slemen, Tom (1998), "The Alençon Spaceman", Strange but True: Mysterious and Bizarre People, Who Were They and Where Did They Go?, London: Robinson, p. 64, "In 1954, the Japanese authorities detained a man trying to enter the country with a passport that revealed he was from an unheard country named 'Taured'. A thorough check was made by the customs officials to see if there was such a place anywhere on Earth, but they drew a blank. The stranger refused to throw light on the whereabouts of the mysterious nation of Taured and quickly left Japan."

スレメン、トム(1998)、(Thomas Slemenでamazonに登録されてた。)"The Alençon Spaceman", Strange but True: Mysterious and Bizarre People, Who Were They and Where Did They Go?, London: Robinson、p64、「1954年、日本の当局は、パスポートを持って入国しようとした男性を拘束し、彼が「タウレッド」という名前の前代未聞の国から来たことを明らかにした。税関当局によって、そのような場所があるかどうかを徹底的にチェックした。地球上のどこにでも、彼らは空白を描いた。見知らぬ人は、謎の国タウレッドの所在に光を当てることを拒否し、すぐに日本を去った。

Kook Science Research Hatchより引用

2012年に「BEFORE IT’S NEWS」というニュースサイトで記事になった「存在しない国から来た男」が、現在、流布されているものの原典のようだ。

Online
Aym, Terrence (2012-04-15), Strange Man From Alternate Reality Arrives In Tokyo, beforeitsnews.com

「BEFORE IT’S NEWS」の2012年の記事に「存在しない国から来た男」の話がある。

Kook Science Research Hatchより引用

最後の部分だけを引用

Vanishing act
At the hotel, two immigration officials were given orders not to permit the man to leave his room. After eating a small supper provided by the hotels’ room service, the man without a country retired for the evening.
The guards maintained their post in the hallway outside the hotel room throughout the wee morning hours. At no time did they hear any sounds coming from within the room.
The next morning the guards discovered the odd European had vanished. The only exit from the room was the door they watched and the only window had no outside ledge and was located far above a busy street.

Did the man from another world find his way home?

Customs and immigration officials, and the Tokyo police, mounted an intensive search for the incredible traveler, but finally gave it up.

The man from the country that didn’t exist was not seen again.

Hopefully, he found his way back home.

消える行為

ホテルでは、2人の入国管理官が男性が部屋を出ることを許可しないように命令されました。ホテルのルームサービスが提供する小さな夕食を食べた後、国のない男は夕方に引退した。
警備員は、早朝の時間中、ホテルの部屋の外の廊下に彼らのポストを維持しました。部屋の中から音が聞こえることはありませんでした。
翌朝、警備員は奇妙なヨーロッパ人が消えたことを発見しました。部屋からの唯一の出口は彼らが見たドアであり、唯一の窓には外の棚がなく、にぎやかな通りのはるか上にありました。

別の世界の男は家に帰る道を見つけましたか?

税関や入国管理局、警視庁は、信じられないほどの旅行者を徹底的に捜索しましたが、ついにそれをあきらめました?

存在しなかった国の男は二度と見られなかった。

うまくいけば、彼は家に帰る道を見つけました。

「BEFORE IT’S NEWS」から引用

「BEFORE IT’S NEWS」に書かれた「存在しない国から来た男」では男が消えるというオチが付け加えられてる。
これが、現在の「存在しない国から来た男」の直接のもとになっているのだと思う。
ちなみにこのサイトのリンク内から見られるページで、スレメン・トムの「存在しない国から来た男」について書かれていた。

「存在しない国から来た男」の変化。

まとめると、
1. 1964年 or 1973年にジャック・ベルジェが「存在しない国のパスポートを持った男が日本で見つかった、カスパー・ハウザーみたいにどこから来たかわからない」と創作(?)
2. 1981年に「未知への辞典」でポール・ベッグがジャック・ベルジェの著作を引用(?)。ただし”Tuared”と”Taured”を間違えていた。
3. 1998年にスレメン・トムが書籍で「存在しない国から来た男」について書く。ポール・ベッグを参照しているはず。
4. 2012年に「BEFORE IT’S NEWS」でスレメン・トムを引用(?)して、現在の「存在しない国から来た男」を完成。
という感じになる。

さらに、考察すると、
■日本に”Tuared”国という聞いたことのない国のパスポートをもった男がいた。と海外で少しだけ報道
■ネットもクラウドもない時代に”Tuared”国のパスポートをもった男がいた。とだけ記憶される
■時間が経って、カスパー・ハウザーと似た話として本に書かれる
■有名人、コリン・ウィルソンに取り上げられる。ここから”Taured”というわけのわからない国になる
■ネットが普及してから、再度発見され、「”Taured”国のパスポートをもった男がいた。」というシンプルな情報に尾ひれが付き魅力的な都市伝説になり広がった
という感じでどうだろうか。
ネタ元にするには弱いだろうか。

日本だけだと思うが、”Taured”は「トレド」と読まれ、1000年前に存在した「トレド王国」(スペインの真ん中あたりにあった)が、パラレルワールドでは未だ存在し、男はそこから来たのでは、とコメントされてることが多い。

「BEFORE IT’S NEWS」版の「存在しない国から来た男」から、Tauredはヨーロッパの国になったり、1000年の歴史を持つとか、付け加えられてる。
トレド王国を匂わせたわけではないような気がするので、日本で起こった事件が、都市伝説になり、日本でだけの美しい誤解が語られるのは都市伝説ならではなんじゃないだろうか。

Redditに投稿された「存在しない国から来た男」の疑問②

Redditに話を戻すと、英国議会の議事は、ジーグラスのことを例に挙げ、パスポートの安全性はどうなんだろうって議論してるものだった。興味深いが関係はない。

アメリカの政府機関のFBISの記事は以下になる。

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8月10日、ジョン・アラン・カッチャー・ジーグルスは東京裁判所の法廷内で自殺未遂を起こした。

それで1年後の記事。

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1959年に、アメリカのスパイだと名乗り、偽造パスポートで不法入国しようとして捕まったジョン・アラン・K・ジーグルスに一年の刑が言い渡された。
1961年12月22日 共同通信

以上がどう報じられたか調べてほしいというのが、Redditに投稿された疑問だった。

「存在しない国から来た男」は本当にいた!

FBISのレポートの日付の新聞を近くの図書館で調べてみると、ジーグラスはあっさり見つかった。
朝日、毎日、読売の3紙を探してみたが、全紙で記事になっていた。

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読売新聞(夕刊)
昭和35年8月10日
密入国の”ミステリー・マン”
判決直後自殺図る
架空の国籍、14か国語ペラペラ
不法入国と詐欺罪に問われた国籍も経歴も全く不明というナゾの外国人被告が判決を言い渡した裁判官の面前で自殺を図るという事件が十日、東京地裁で起こった。この被告はジョン・アレン・K・ジーグラス(三六)で同日午前十時過ぎ東京地裁刑事二十八号法廷で判決公判が開かれ山岸裁判官から懲役一年(求刑同一年六月)の刑が言い渡されたが、通訳から刑をきいた被告は、いきなり立ち上がり口の中に隠していたガラスビンのカケラで両腕を切りつけた。出血に驚いて付き添いの看守三人が駆け付けたが、「私は自殺します」と英語で叫ぶなど大騒ぎとなり、救急車で付近の京橋病院に収容した。傷の程度は全治十日間くらいの模様。
ジーグラスは昨年十月二十四日韓国人の内妻を連れ、台北から偽造パスポートで羽田空港に入国、滞在費に困って同年十二月にチェスマンハッタン銀行東京支店から偽造小切手で約二十万円と旅行者用小切手百四十ドルを搾取、さらに韓国銀行東京支店からも同様十万円を搾取していたもの。入国に使った偽造パスポートは手製で国名もネグシ・ハベシ・グールール・エスプリというまったく架空、記入されている文字も専門家が鑑定しても何国語か皆目不明というシロモノ。
同被告は十四か国をしゃべり、調べに対しても「アラブ関係のある機関から指令を受けて来日、米ちょう報機関の仕事もしていた」とのべて煙にまき国籍もアメリカ生まれと称しているがその事実もなく、困った地検では国籍不明のまま起訴していた。公判廷でもナゾの素性は明らかにされず、英字紙では”ミステリー・マン”と報じていた。
国籍のパスポートは週刊誌大で一見してニセものとわかるものだったが、これで入国できたのは昨年十月十七日台北の日本大使館がビザを出してしまったためで、このような入国ケースは初めてだという。
また、同被告の内妻(三〇)も自分の旅券を持ちながら同じパスポートで入国、韓国に送還されている。

・・・なんかもうどこから突っ込めばいいんだろうか。
台北の日本大使館はなにやってんだろう?
週刊誌大のパスポート見てなんで入国させてんだろう?

毎日、朝日新聞では、

朝日新聞 昭和36年11月20日(抜粋)
同被告は「私の国籍は”トウレ・エチオピアン”である。しかし、これはエチオピア国とは関係ない。ちょうどアメリカとアメリカインディアンが違うようなものである。私の旅券は同国政府が発行した正式の公務員旅券で、詐欺の事実もでっち上げだ」と気炎を上げ、さらに「さる5月、私の保釈が東京高裁で認められたのに、法務省は私を東京・中野の住所に帰さず、川崎の外人収容所に入れてしまった」として、人身保護令に基づく身柄釈放要求を口頭で申請した。

毎日新聞 昭和36年7月25日(抜粋)
パスポートにあるエチオピア国籍、国連国際民間航空機構職員の肩書はいずれも嘘。”ネグシ・ハベシ国”がどこにあるかもわからなかった。書かれてある文字はアフリカのサハラ砂漠に住むトゥアグレ人の言葉(タマハク語)らしいとだけ判明した。
父はドイツ人、母はチェコ人で、アメリカ生まれと言う自供も裏付けられないまま、詐欺罪と出入国管理令違反で起訴された。

毎日新聞 昭和35年8月10日(抜粋)
同被告は警察の調べに対し「自分はアラブ連合関係の某機関から指令を受けて日本に来た。米国の諜報機関にも関係している。パスポートはその筋から渡された」とか「アルジェリアの民族解放戦線にも関係していた」などと語り、丸の内署ではハンストをやったり国際赤十字に人身保護の訴えを出すなどてこずらせていた。

と、あった。

ジーグラスについて各新聞の情報をまとめると、

■アメリカ人
■エチオピア国籍(でも、エチオピアとは関係ない)
■国連国際民間航空機構職員
■アフリカのサハラ砂漠に住むトゥアグレ人の言葉(タマハク語)を理解できる
■父はドイツ人、母はチェコ人で、アメリカ生まれ
■アラブ連合関係の某機関から司令を受けている
■米国のスパイ
■アルジェリアの民族解放戦線とも関係がある

と、怪しさ満載の人物。

「存在しない国から来た男」は日本に絶望して自殺を図った!

FBISにあったようにジーグラスは法廷で自殺未遂をする。
日本に絶望して自殺を図ったのか、と思いきや、実はジーグラスの作戦だったりする。

昭和36年4月27日
怪外人がまたも難題
ネグシ・ハベシ国のジーグラス

ー省略ー

東京地裁は真相のわからぬまま昨年8月、懲役1年の刑を言い渡した。このままなら控訴審でも問題はなかったのだが、この判決の時、ジーグラスは両手首をガラスで切って自殺を図り、言い渡しも途中で終わってしまった。
これがジーグラス巻き返しの原因となった。と言うのは刑事訴訟規則には「判決宣言には主文と理由をつけなければならない」とあるが、被告側は「理由朗読の終わらない判決は無効だ」と訴えたのだ。

ー省略ー

ジーグラスは「自殺したから判決理由聞いてないし、この判決は無効だ!」という理由で裁判を起こしたらしい。

昭和36年7月25日
”一審にミス”と差し戻し
ミステリー・マン控訴審

ー省略ー

ジョン・アレン・K・ジーグラス(37)に対する不法入国、詐欺罪の控訴審判決公判は24日午後2時過ぎから東京高裁検事二部下村裁判長係りで開かれたが「地裁の判決言い渡しは被告の自殺未遂事故で中断し、判決理由が告げられていない。これは訴訟手続きに違反し無効だ」との理由で破棄、差し戻しが言い渡された。事故による中断で判決が無効とされたのはこれが初めてのケース。被告の正体解明は再び東京地裁に持ちこされることになった。

ー省略ー

そして、裁判に勝利。
同年12月、やり直し審がされ、判決が出る。

昭和36年12月22日
”ミステリー・マン”に懲役1年の判決
有罪判決を言わされた直後、裁判官の面前で自殺を図ったため判決理由が聞かれなかったからその有罪判決は無効だとの申し立てが通って裁判のやり直しとなった自称アメリカ生まれジョン・A・K・ジーグラス(37)の差し戻し審に対し22日午前11時、東京地裁熊谷裁判官は不法入国と詐欺罪で懲役1年(求刑同1年6ヶ月)の判決を下した。
ジーグラスは一昨年10月、韓国人の内妻を連れ台北から偽造のパスポートで入国、滞在費に困って同年暮れ、チェス・マンハッタン銀行東京支店から偽造小切手で約200,000円と旅行者用小切手約140ドルなどを搾取したもの。彼の名乗る「ネグシ・ハベシ」と言う国は存在せず、公判でもついに素性が明らかにならなかったところから”ミステリー・マン”と騒がれていた。
やり直し審でも刑は同じだったが、同被告は刑期を上回る拘置日数のため結局一日も服役しなくてもいいことになり「今後は新しい新しい国で新生活に入る」と法廷で感謝の言葉を述べ、直ちに上訴権を放棄した。

これだけ騒いで、ほとんど無罪で決着。
もう司法も面倒だったんだろう。
日本っぽいなあなあな終わりで幕切れだった。

「存在しない国から来た男」の謎。

ただ、このジーグラスは本当に嘘をついていたのだろうか。
日本のメディアが面白おかしく取り上げただけではないだろうか。

各紙によると、ジーグラスは、

■「アラブ関係のある機関から指令を受けて来日、アメリカの諜報機関の仕事もしていた」
■「私の国籍は”トウレ・エチオピアン”である。しかし、これはエチオピア国とは関係ない。ちょうどアメリカとアメリカインディアンが違うようなものである。私の旅券は同国政府が発行した正式の公務員旅券で、詐欺の事実もでっち上げだ」
■「自分はアラブ連合関係の某機関から指令を受けて日本に来た。米国の諜報機関にも関係している。パスポートはその筋から渡された」とか「アルジェリアの民族解放戦線にも関係していた」

と言っていて、

■(パスポートに)書かれてある文字はアフリカのサハラ砂漠に住むトゥアグレ人の言葉(タマハク語)らしいとだけ判明した。

と、アフリカに関連した人物だと自称していた。
前述でジーグラスについてまとめたが、それもそんなに矛盾はない。

謎の国「ネグシ・ハブシ」はあるのか。

ネグシ・ハブシ国はないとされたが、実際はどうなんだろう。
遊牧民のトゥアレグ族は複数の国を移動して暮らし、国なんて概念はないんじゃないだろうか。
トゥアレグ族がいたアルジェリアは当時フランスの植民地で、1954年から1962年に宗主国フランスに対して独立戦争が起こしていた。
当時の情勢などを考えれば、ジークラスはもしかしたら、アフリカのために日本に協力を求めにきた人物なのではないだろうか。
「存在しない国から来た男」はいないけど、ジークラスがスパイだった説は決して否定できないのではないか。

......と、考察して終わろうかと思ったが、こんな本を見つけた。

多くのページは割かれてないが、面白い情報がたくさんあった。

■警察も、ジーグラスは本物の諜報員かもしれないと思っていた
■外務省の中近東・アフリカ課が調べたがネグシ・ハベシ国なんてなかった
■アメリカのスパイと言うからアメリカにも照会した。もちろん該当なし
■自作のパスポートには、台北の日本大使館のビザだけでなく、東南アジア諸国駐在の日本国政府在外公館発行のビザがいくつか押してあった
■外務省は、どこの国が一番先にビザスタンプを押したのか調査した
■ジーグラスはエチオピア、アメリカ以外にも複数の国で働いていたらしい。外務省は、ジーグラスが新しい国名を言うたびに、いちいちその国に問い合わせて事実関係を確認していた。

外務省が可哀想なくらい振り回されたらしい。
これだけ調べるとさすがにスパイだったということはないだろう。

この本によると、ジーグラスは、ネグシ・ハベシ国は原子力開発の極秘の計画書をもっていて、それを日本が奪った。と言いがかりをつけるなど、多くの騒ぎを起こしたらしい。

裁判で無罪のような有罪判決が出たあと、ジーグラスは国外退去処分になった。

でも、ネブシ・ハベシ国なんてない。

困った日本政府は、ジーグラスが日本に入国したときの最終寄港地、香港に送還することに決定し、実行したようだ。

これで、ジーグラスの事件は終わりになる。

その後のジーグラスの行方が気になるが、残念ながら、もう調べる方法はないだろう。

読んでいただきありがとうございました。


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