宣誓、速度制限なし


人が好きだ。
気づくことができたのは、これから辞めるこの会社に勤めたからだと思っている。

私をよく知る人たちは、「噓でしょ笑」というかもしれない。
確かに私はお世辞にも付き合いが良いとは言えず、興味のない飲み会は8回誘われたら1回参加すればいい方だし、高2の日帰りバス旅行に関してはさぼった(翌年は今も仲良くしてくれている友人に、「去年いってなかったよね?」と指摘されて参加した)。ちなみにこれは未だにめちゃくちゃイジられる。ごめんて…。
今でも顔見知り程度の大勢の飲み会は苦手だし、そういう場からは可能な限り早めに撤退する。
どちらかというと、人と関わらないことを良しとしていた。

自分で認識している理由がある。
自分の存在で、大切な人たちを傷つけたくないからだ。


私は軽薄な人間なので、私の存在に責任を持つことができない。だから、もし私を気にかけてくださって、私に期待して、図らずも私が裏切ってしまって、傷つけるなんてことはしたくない。
私をみつけてくれる人たちは、そんなことで傷ついたり、私を責めるような人たちではないことはわかっている。耐えられないのは私だ。だから、私は私の弱さ故に人との関わりを最小限にしていたのだ。

今回、辞める前に、ここを去る前に、やり残したことがないか考えた。
業務面では、特に思い当たらなかった。相当な我儘をきいてもらい、沢山のことを経験させていただいた。もう、ここで私ができることは、ここに対して私が貢献できることは、何もないと思う。

ただ、ひとつだけ後悔がある。皆にきちんと感謝を伝えられなかったことだ。

正直自分でも驚いた。
私は元々人を好きだと思ったことはなかったし、記したように人との付き合いも最小限に抑えて生きてきた。だから、まさか感謝を伝えられなかったことが後悔になるとは微塵も思っておらず、正直、この文章を綴るまでに相当の時間を要した。

自分が綴るほどでもないと思っていた、小さな救いや感謝は、皆の与えてくれたものは、いつの間にか後悔になるほどの存在になっていたのだ。そして、後悔できるほど、人のことが好きだと、大切に思える人がいたと、気づくことができた。 

すれ違っただけで、私が疲れているかわかる人。酔っぱらって迷惑をかけても嫌な顔をしない人。電話のかけ方まで心配してくれる人。私にこない連絡を、こっそり教えてくれる人。雑な対応をしても許してくれる人。長い時間、私のお喋りに付き合ってくれた人。一緒にはしゃいでくれた人。いつも、感謝を伝えてくれた人。私がやらかした後も何でもないように、接してくれた人。私に可能性を見出してくれた人。私の絵を、文章を、創るものを好きだと伝えてくれた人。私を心配してくれた人。私の背中を、押してくれた人。

こうして振り返ると、あんなに人付き合いを避けていたのに、こんなに沢山の人を覚えていた。こんなにも沢山のものを貰っていた。

私の感謝や尊敬の気持ちは、私が想っている100分の1も伝えられなかったと思う。もっと伝える努力をすればよかったと思う。
皆のそういった姿に、優しさに、どれだけ救われたか。存在にどれだけ助けられたか。
変に軽薄にみえたり、本心を明かさず心を閉ざしていたようにみえることも多々あったと思うが、それは私なりにどうしたらこの重すぎる気持ちを伝えられるかわからず、狼狽した結果の稚拙な振舞いだと赦してほしい。

多分私は、辞めるその日を迎えても、皆にこの気持ちのすべてを伝えることはできないだろうから、こうしてここに残しておく。
一般的にはこういったことを重たいやら気持ち悪いというのかもしれないけれど、私は私を大切にしてくれた人たち皆の幸せを願っている。

まあ、私をみつけてくれる皆は須らく強く、優しく、そして限りなく美しいので、私なんぞが願うまでもないのだけれど。

それでもどうか、私の大切な人たちが、私に向けてくれたその優しさで、我が身を滅ぼさないように。
私の大切な人たちが、これからも優しく在れるように。
私が人を好きだと教えてくれた、皆が、幸せであるよう、私のために願わせてほしい。

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