ミスター・ノーバディ〜「もしあの時、あの選択をしていたら」を描く切ない愛の物語
『ミスター・ノーバディ』(Mr.Nobody/2009年)
もしあの時、帰ろうとするあの人に、勇気を出して本当の気持ちを伝えていたなら……
もしあの時、あんなことを言わなければ、お互い傷つかないで別れずに済んだのに……
もし、あの人と結婚していたら、今頃はどんな家庭や人生を送っていたのだろう?……
時々、昔付き合っていた人や密かに想いを寄せていた人と、無意識のうちに遭遇することがある。自分も相手も当時のままで今よりも若く、言動も場所もリアルに眩しく駆け巡る。二人とも笑顔が絶えない。
でも、どのシーンも断片的で儚く、何となくぼんやりと浮遊している……なぜなら、そこは夢の中の世界。自分が創り出した世界。
そして目覚めると、何とも言えない感覚に包まれながら、今日というリアルが始まっていく。
創作の世界では、この不思議な体験は「パラレルワールド」(同時並行世界)や「バタフライ効果」(些細な出来事の差が最終的には大きな結果の違いにつながる)といった手法を通じて、いくつかの作品が生み出されてきた。
夢の中で理想の人生を送り続けているだけなのか。それともどこか違う世界で実際に別の人生が展開されているのか。心に傷を負ったことがある人なら、きっと共感することができる、永遠不滅のテーマだ。
『ミスター・ノーバディ』(Mr.Nobody/2009年)は、そんな世界を描いた映画。あの時、あの選択をしていたらどうなっていたのか。運命の女性たちとその後どんなことになっていたのか。壮大なスケールと映像美に圧倒される奇跡の139分間。
監督は、ベルギー人のジャコ・ヴァン・ドルマル。『トト・ザ・ヒーロー』(1991年)や『八日目』(1996年)に続く3作目で、脚本執筆に6年も費やしたという13年ぶりの新作。
フランス・ドイツ・カナダ・ベルギー合作映画で、ハリウッド資本は入っていない。主人公を演じるのは、演技力に評価が高いジャレッド・レト。英国の映像作家ジュリアン・テンプルの娘、ジュノー・テンプルも魅力的な存在感を放つ。
この映画には3人の女性が登場する。一人は主人公の男を愛し、彼女も彼を愛している。次の一人は彼が愛しているのに、彼女は彼を愛していない。そしてもう一人は彼を愛しているのに、彼は彼女を愛していない。
監督はさらに「主人公である一人の子供が自分の未来に目を向ける視線と、その子供が老人になって過去を見つめる視線とをクロスオーバーさせよう」と考えた。何だか複雑なようだが、観ているうちにそんなことは気にならなくなる。ストーリーが力強いからだ。
視覚効果も秀逸で、それぞれの女性の少女時代に「赤」「青」「黄」のシンボル・カラーを設定。例えば赤い色の少女を選ぶと、
物語の舞台は2092年。そこは、人間が死ぬことのない世界が実現している。だが、118歳の誕生日を迎える主人公のニモ(ジャレッド・レト)だけは、今まさに人生を終えようとしていた。この世界で唯一、死ぬ人間として生き残っているのだ。
誰も彼の過去を知らない。最期の時が生中継のモニターで見守られる中、一人のジャーナリストがニモに取材する。すると老人は自分の人生を語り出す……
9歳のニモの前には、3人の少女がいた。ある日、母親が浮気をしているのを目撃してしまい、それを機に両親は離婚する。駅のホームでどちらについていくか選択を強いられるニモ。母親についていくか、父親のもとに残るのか。
母親についていけば、赤い服のアンナとの出逢いが待っている。彼女とはある選択次第で切ないほどのラブストーリーが展開される。
一方で父親と残れば、青い服のエリースとの出逢いが待っている。しかし、情緒不安定な彼女との結婚生活は、深い悲しみに覆われる。
そして、黄色の服のジーンと結婚すれば、物質的に何もかも満たされた生活を送れるが、愛のない虚しい時だけが過ぎていく。
……人生を終えようとするニモ。果たしてどれが真実なのか。
文/中野充浩
参考/『ミスター・ノーバディ』パンフレット
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