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「発展途上国」という言葉の変遷

「先進国」の対義語として使われる「発展途上国」という言葉ですが、その表現の歴史を紐解くと、開発学の文脈において欧米諸国が現代世界をどのように捉えてきたのかという、視点の変遷を見ることができます。

1. ラベリングの意味

特定の概念(人々・場所・プロセスなど)をラベリングするという作業は、国際開発学において、貧困・富・国際関係を再考するという意味でとても重要な役割を果たします。ラベリングの歴史を理解することは、開発のコンセプト・アプローチの変遷を学ぶことでもあります。


2. "Underdeveloped areas"

近代の”開発”という概念は、1949年にトルーマン大統領(アメリカ)が自身の就任演説において用いた、"underdeveloped areas" という表現まで、その起源を遡ることができます。これが、現代にも通じる”開発”のスタート地点です。その後、"underdeveloped areas" という言葉は、「改善と発展の必要がある国々」を指す言葉として、たびたび国際社会のなかで使われるようになりました。


3. "Backward areas" 

"Underdeveloped areas" という言葉は、現在でも「発展途上国」を指す言葉としてしばしば使われます。しかしながら、第二次世界大戦直後は、 "backward areas" "economically backwards areas" といった言葉で、西洋以外の国々を表現することが主流ではありました。ただ、こうした表現は、「軽蔑的であり、優越論的である」として次第に鳴りを潜めます。


4. ”Third World”

そして、1952年にフランスの人口統計学者であるアルフレッド=ソーヴィーが、"Third World (第三世界)"という言葉を提唱します。ここでいう "Third World" とは、「第二次世界大戦後の国際社会を大きく分断した二大勢力(西側諸国とソヴィエト連邦)のどちらにも属さない国々」のことです。当初、この "Third World” という表現には、「多様な経済・社会・政治の歴史を持つ国々」といった意味合いが込められていましたが、徐々に、「国家レベルの貧困」という概念を内包するようになります。

*補足
ちなみに、欧米諸国に代表される資本主義陣営(NATO)を "First World" 、ソヴィエト連邦に代表される共産主義圏(ワルシャワ条約機構)を "Second World" と呼びます。"Third World"に属する国々は、これらの勢力に取り込まれないよう、独自に Non-Aligned Movement(NAM)という political unity を組織し、冷戦時には ”Third Wolrd” = NAM という図式が構築されました。1989年のベルリンの壁崩壊に伴い、"First World" & "Second World" という表現は意味をなさないものになりますが、 "Third World" は現代でも国際社会の文脈でたびたび見受けられる言葉です。
(補足終わりです)

この "Third World" という概念ですが、定義は非常に曖昧です。例えば、東ヨーロッパ諸国は、「自分たちは "Third World" にカテゴライズされるような国ではない」と主張します。一方で、南アメリカの国々(アルゼンチンやチリ)は、自動的に "Third World" とみなされます。Human Development Index(HDI)が示す指数で比べれば、南アメリカ諸国の方が東欧よりも、より良い数値を獲得しているのにも関わらずです。

"Third World" という言葉は、世界のヒエラルキーを表しており、「国家としての成功は一つの道しかない」ということを暗に示していると捉えられるため、どの国もこのカテゴリに属していると見做されるのは嬉しくないことなのです。


5. "Developing countries"

1970年代に入り、多くの国で経済構造の変革が見られたため、その結果として "developing countries" という言葉が誕生します(「発展途上国」という概念の登場です)。経済構造の変化とは、Newly Industrialised Countries(NICs)と呼ばれる国々が台頭してきたを意味し、これには、香港・韓国・シンガポール・台湾・中国・インド・タイ・マレーシアなどが含まれます。

"developing countries" は、"underdeveloped" や "Third World" と比べて、より楽観的な表現として提案されたもので、対義語は "developed countries" です。そして、GDP(国内総生産) が、"developing" or "developed" を決める指標として使われました。しかしながら、経済成長に比重を置きすぎると、赤道ギニアのようなケース(石油の発見によりGDPが急成長を見せましたが、その他の指数は低い値で止まっています。けれど、計算上は "developed countires" に分類されます)が発生します。このことから、経済成長以外にも、様々に発展を測る方法が模索され始めました。

*補足
GDPは批判的に語られることが多い指標ですが、一方で、初めて世界の国々の成長度合いを一律に測ることを可能にした概念であり、ノーベル賞級の発見とも言われています。


6. "Fourth World"

この言葉は、国際開発の分野ではあまり一般的な表現ではありませんが、以下の文脈で用いられます。

貧困国の中でも、際立って貧困である国々
特に、"failed states" と呼ばれる国々がこれに該当します。具体的には、国民の福祉や国の統治機構に重大な障害がある国・紛争を経験している国(ソマリアやアフガニスタン)が、この "Fourth Wolrd" に分類されます。


7. その他の表現

・"two-thirds world"
・"majority world"
"Global South"(2000年以降、注目を浴びています)
上記のように、様々な言葉が生み出されていますが、これはその言葉のターゲットがあまりにも多く、また多様であることの現れでもあります。


多様な開発が模索されている昨今、"developing countries"(発展途上国)に代わる、新たなラベリングが登場する日も近いかもしれません。もしくは、ラベリングという概念自体を見直すことも... 


【参考文献】
Haslam, P.A., Schafer, J. and Beaudet, P. (2012) Introduction to international development: Approaches, actors, and issues. Don Mills: Oxford University Press.


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