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「ICT と 開発」 (後編)

前編では、「そもそも”科学技術”とは何か?」や「科学技術と開発」について書きました。

後編では、ICTが開発とどのように関係するのかを見ていきます。

1. ICT と 開発

昨今、注目を集めているICT (Information and communication technologies) ですが、ICTと開発をめぐる議論には、大きく分けて2つの主張があります。

A. 楽観論(近代化理論・グローバリゼーションと親和性が高い)

楽観論者は、ICTを受け入れる傾向がある。近代化理論は、社会の発展がどのように一連の段階を経ていかなければならないかを説明し、各段階では生産の異なる技術基盤を持っていると主張する。情報化社会では、ラジオからインターネットへ、アナログからデジタルへ、という近代化の論理に沿うと、今の段階での技術基盤は情報技術であろう。さらに、グローバル化の結果、世界の経済は情報技術に促進されて、より統合されたものとなっている。(Haslam, Schafer, Beaudet, 2009)

このように楽観論は、現代において「ICT」は開発を加速させる技術基盤と捉えています。

ICTは、国家間の格差を埋める潜在的な手段と見ることができる。ICTは、国の生産システムを近代化し、過去よりも速い速度で競争力を高めることで、国が経済成長の段階を飛躍させることさえ可能にしている。(Castells, 1999)

ICT は、グローバル市場に参入する国家が持つ能力の、重要な側面と見なされているのです。ICTにより、急速な近代化が実現される可能性をも示唆しています。

ICT はまた、アウトソーシングを通じて、知識と情報ベースの仕事が後進国へとシフトしていることによって証明されているように、プレイフィールドの平準化を助けてきた。(Friedman, 2005)

電子医療カルテの管理や電話オペレーターなどの仕事が、先進国から途上国へとアウトソーシングされることにより、競争の場がよりフラットになる可能性があると考えられています。

 B. 懐疑論(従属理論・ポストコロニアル・世界システム論と親和性が高い)

懐疑論者は、情報アクセスにおける格差の拡大と、オンライン世界にも浸透している不平等を強調している。世界システム論者は、中核地域は、高所得・高度な技術・多様な製品を特徴とし、一方、周辺地域は、低賃金・初歩的な技術・単純な生産構成であると主張している(Taylor, 1989, cited in Malecki, 1997)。

したがって、植民地時代や産業時代に見られたコア・ペリフェラルの二分法は、情報化時代になっても継続しているという主張です。 Castells はこれを以下のように説明しています。

ネットワーク社会は「人々の領土や活動を包含したり排除したりする同時能力」を持っており、これは「情報化時代に構成された新しいグローバル経済」の特徴である。(Castells, 1999: 5)

2. ICT と 社会

もう少しミクロな視点に落とし込んで、ICTと社会がどう関連し合うのか(ICTがいかにして社会を発展させるのか)について、考察していきます。

まず、ICTへのアクセスはコミュニティを改善するという考えがあります。この立場における最も重要な点は、ICTが提供する効率性にあります。

例えば、電話...
・移動時間と交通費の削減
・安全性の強化(ICTを活用することで、警察、病院、緊急時の対応サービスなど、より迅速なコミュニケーションが可能になります)

と、こんな具合です(まあ、当たり前と言えばそれまでですが)。

これをもう少し広げた概念で表すと、"networked economy" となります(というか、教科書がそう説明しています)。

ネットワークに参加している人は共有する機会があり、人生のチャンスが増えるが、排除されている人は機会や役割が少ない。(Castells, 1999)

したがって、他国と歩調を合わせるためには、すべての国が情報経済に参加することができなければならない、ということです。

このICTと社会の議論にも、大きく分けて3つの立場が存在します。

A. 楽観論
ICTは、個人・コミュニティ・国家の持続可能な発展を促進するための必需品である。
・経済発展の機会を拡大することで貧困を緩和するのに役立つ
・生産活動や労働市場への参加、相互交流などに利用できる情報へのアクセスを人々に提供するツールである
・開発途上国に、開発段階を飛躍的に向上させ、欧米並みの開発を実現する機会を提供する(最も楽観的な見方)
B. 悲観論
ICTは、既存の不平等と社会的格差を拡大させるだけである。
歴史的に見ても、新しい電気通信の導入は一般的に不平等を増大させ、大部分が富裕層に恩恵を与え、貧困層の生活の質にはほとんど影響を与えなかった。(Forestier et al., 2003)

さらに、一部の国では、ICTへの投資を必要とする、情報化社会というユートピア的な理想が、避難所・食料・医療といったより差し迫った基本的なニーズに影を落としています

C. 実践論
ICTは適切に適用されれば、国の発展の一翼を担う。
例えば、バングラデシュのグラミン村の電話レディ...
・収入は増えたが、後に携帯電話へのアクセスが増えたため、「シェアアクセスモデル」の収入は減少

ICTの活用戦略は、地域の文脈への適合性を考慮する必要があります。テクノロジーは進歩のためのツールであるだけでなく、社会的にも包括的なものであるべきだということです。

3. デジタルデバイド

2003年に開催された、World Summit on the Information Society において、新たな情報社会の在り方として、以下の文言が提示されました。

誰もが情報と知識を創造し、アクセスし、活用し、共有することができ、個人・コミュニティ・人々がその持続可能な開発を促進し、生活の質を向上させるために、その潜在能力を最大限に発揮できるようにする、人を中心とした、包括的で開発志向の情報社会。(WSIS, 2003: 1)

素晴らしくてワンダフルでラブリーな提言ですが、この理想的な情報社会の実現を目指す上で、人類は一つの大きな課題に直面しています。それが、デジタルデバイドです。

デジタルデバイドとは、簡単に言えば以下のようになります。

パソコンやインターネット等の情報技術(IT)を利用する能力、及びアクセスする機会を持つ者と持たざる者との間に、情報格差が生じるとされる問題。所得、年齢、都市と地方、先進国と途上国、人種や教育の違いなどで格差が発生するといわれている。(富士通総研)

つまり、先進国・富裕層・都市部・若者・教育を受けた者などに、ICTへのアクセスとその利用が偏るということです。

ICTへのアクセスは、今や人々の生活の基本的な構成要素であり、ICTへの普遍的なアクセスの実現は必須要件です(特にセキュリティ面で)。
さらに、社会的平等のためにも(ここでいう”平等”とは、ICTに接続された人々(富裕層・都市部の人々・教育を受けた人々など)が既に利用可能な幅広い機会を裾野まで共有すること)、デジタルデバイドの解消は急務だと考えられています。

4. デジタルデバイドの要因

ICTへの平等なアクセスやその利用を阻むデジタルデバイドの要因は、いくつもあると考えられますが、主には下記の4つが挙げられます。

A. 不平等な普及・分配
国家間の格差は、技術インフラへのアクセスの不足から始まることが多い。
→ 社会的障壁(ジェンダー・教育の不足・モチベーションの低さ)を克服する必要がある。
B. アフォーダビリティ(入手可能性)
入手・使用にかかるコストである。
C. スキル
教育を受けた人ほどICTを利用する傾向がある。
→ 女性が教育を受けていない場所 = ICTへのアクセスや利用が少ない。
D. モチベーション
若者と老人:老人の方が新しい技術に適応しにくい傾向がある。
職業:農家や漁業者よりもホワイトカラーの専門家の方が ICT の利用が多い傾向がある。

デジタルデバイドの解消には、この4つに重点的に取り組む必要があります。

5. 開発のためのICT利用

より実践的な話になると、ICTが開発に影響を与える前段階として、

・ICTインフラへのアクセス
・集中的に利用できるコンテンツやアプリケーション
・それらを利用するために必要な能力を構築

この3点を考慮した統合的なアプローチが必要です。この実現に向けて、ICTへのアクセスの格差を埋めるための政策である、ユニバーサルサービス / ユニバーサルアクセス政策が重要視されています。

A. ユニバーサルサービス(誰でも使える)
手頃な価格ですべての利用者に指定された品質の定義された最低限度のサービスを手頃な価格で提供すること。(Prosser, 1997: 80)
→ ユニバーサル政策の焦点は、「個々の家庭が公共電気通信ネットワークに接続できる『ユニバーサル』な利用可能性」を促進することである。(Intven, 2000: 1)
B. ユニバーサルアクセス(誰でもアクセス)
すべての人が公共利用可能な電話にアクセスする合理的な手段を持っている状況... 公衆電話、コミュニティ電話センター、テレブティック、コミュニティ・インターネット・アクセス端末、および同様の手段によって提供される可能性がある。(Intven, 2000: 1)

ユニバーサルサービスとアクセスの測り方ですが、人口の中でアクセスできる人の割合(携帯電話を持っている人の割合)で測定されることが多いようです。

最後に...
ここまで見てきたように、ICTだけでは、個人や組織、政府に大きなインパクトを与えることはできません。その影響力は、技術を利用する人々の能力と価値観にも依存します。したがって、ICTへの投資とは、人々を形成し、彼らが成功するために必要なスキルを開発することでもあります。

6. まとめ

前編・後編と、少し長くなってしまったので、簡単なまとめをしておきます。

・情報(インターネット)へのアクセスは、基本的人権の一つとして考えられる時代
・技術は人間開発に必要であると同時に、社会的葛藤も生み出してきた
・ICT と 開発は、近代化論とグローバリズムに基づいた楽観論と、世界システム論などに基づいた懐疑論がある
・ICT と 社会には、楽観論(国家の持続可能な発展を促進するために必要不可欠)、悲観論(既存の不平等と社会的格差を拡大させる)、実践論(適切に適用されれば、国の発展の一翼を担う)の3つの立場がある
デジタルデバイド(ICTへのアクセスと利用におけるグループ間の違い)が大きな課題
ユニバーサルサービス / アクセスが重要



参考文献
・Haslam, P.A., Schafer, J. and Beaudet, P., 2009. Introduction to international development: Approaches, actors, and issues. Don Mills: Oxford University Press.

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