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信生法師の和歌と、雪晒しについて 『紙漉十二月』<1月号>

 
   ふる雪に挿すさかき葉もうづもれて
      あらぬ梢にかくる白ゆふ   信生法師
 
 和紙の制作工程の一つに、「雪晒し」というものがあります。 
 冬の初め頃、(和紙の原料になる)楮という木を刈り、蒸し煮にして皮を剥ぐのですが、その皮を雪の上におくのです。冬の日は雪原にかがやき、その光に晒された楮の皮は白く色がぬけてゆきます。一日晒して、雪の上で凍りついた皮を拾いあつめてゆくと、澄みきった夕空の光をうけて、神々しく透けてゆくようでした。

 冒頭の「ふる雪は……」の歌は、榊の葉を挿すとありますから、新年の頃でしょうか、改まった年迎えに挿してあった榊の常緑の葉も折からふる雪に埋もれて見えなくなり、あちらでは白ゆふが、雪の中にまじり入って……というような情景ですが、この「白ゆふ」というのが楮の皮の繊維です。「ゆふ」は「木綿」と書き、まだ綿花の渡来しなかった上代においては、木から採れる綿のような繊維を「木綿」といっていました。それには藤や葛、科の木などいくつかの草木の繊維がありましたが、その中で最も白い、楮の皮からとりだした繊維を「白木綿」といって神事やまじないに用いていたようです。
 
 雪の里山に入ってゆくと、ふわふわと林にもけもの道にも笹原にも雪がつもって、白く、柔らかく守られているような心地になります。欅林をのぼってきた鹿の足跡に、きつねの足跡がななめに交わり、枯藪の方へはなれると、シジュウカラやエナガたちがさえずりながら松の木立をよぎってゆき、人のいない林はとてもにぎやかでした。

   ふる雪は三輪の神杉むすべども
      冬のしるしぞかくれざりける    同

 これも、かつて麻績を訪れた信生法師の詠ですが、結ぶというのは神聖な行為で、松や榊、杉の葉を木に結びつけたり、白木綿を襷がけして願を懸けたりする歌も残っています。
 この白い枝先に楮の皮を結わえたら、きっと雪山の景色にまぎれてしまいそうです。

*出典:外村展子『宇都宮朝業日記全釈〈信生法師集〉』風間書房 一九七七  (Tao Kinoshita)


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