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エッセイ

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noteを掴んで冒険に出る

ひとつ歳を取りました。4月26日が私の誕生日です。2・4・6と偶数の等差数列で表せるのがひそかに気に入ってます。←どんな自己紹介だ? ついこのあいだnoteの1年を振り返ったばかりですが、ひとつ歳も取り、心境の変化もありまして、今回はそのことについて書いていきます。 * * * 『フルフラットで臨む』という記事はnoteを本格的に始めたこの1年を総括する内容でした。あれが正直な気持ちで、それは今でも変わりません。 なにものにも囚われず生きたい。フラットな気持ちで臨みた

another note

SNSには必ずタイムラインがあります。 と書き出して、最初の1行でつまづきました。いやむしろタイムラインがあるのがSNSなのでは? それほどタイムラインは重要です。 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を考えるとき、タイムラインがつながりを促進する手段として大きな働きをしているのは間違いありません。 フォローした人の投稿を時系列で表示してくれるのがタイムラインです。これがあるおかげで、いつ更新されたか気にする必要もないし、ひとり一人の投稿をその人のページまで

いつの日か

新年こんな書き出しで記事を書いたことがあります。 noteを本格的に始めたのは去年の5月。コロナ禍でのスタートでした。始めるにあたって100人フォローすることを目標にしてました。自分とどこか共通点があって信頼できる人を100人見つける。何百万人もいるnoteの世界ならあっという間に見つかると思ったのです。 実際やってみて分かったけど100人は難しいかも。でもまだいける。50人だったらどうだろう。今年中に出会うことができるかな。 これが新年の抱負でした。今でも活動中です。

元日に想うこと

noteを本格的に始めたのは去年の5月。コロナ禍でのスタートでした。始めるにあたって100人フォローすることを目標にしてました。自分とどこか共通点があって信頼できる人を100人見つける。何百万人もいるnoteの世界ならあっという間に見つかると思ったのです。 現在フォロー数24人。ずいぶんスローペースですが、実際やってみて分かったけど100人は難しいかも。でもまだいける。50人だったらどうだろう。今年中に出会うことができるかな。 出会いたい人がいる。まだ出会えてない人がいる

繭の外へ *新しい人間関係とは*

私がnoteを始める前、ネットとどう関わってきたか書いた記事があります ↓ タイトルの「20」は20年という歳月の意です。ネットに文章を書き始めて20年が経ち、我が子に20年後読んでほしいと願い、そしてnoteに20年前の文章を載せてる理由を書いた記事。そういう「20」でした。 ※興味のある方は時間のある時に読んでみてください。 ◇ 話を元に戻します。 noteを始めるまで、ホームページ→ブログ→mixi→Facebook・Instagram とネットで活動する場を移

繭の外へ *ソーシャルメディアとSNSの間で*

ソーシャルメディアとSNSの違いをご存じでしょうか? 多くの日本人がSNSと呼ぶものは、この2つが混同されているのだそうです。正確にはソーシャルメディアの一つとしてSNSがあるらしい。 情報発信のためのツールとして用いられるのがソーシャルメディア。 SNSはソーシャルネットワークサービスの略で、ソーシャル(社会的な)ネットワーク(繋がり)を促進する会員制のオンラインサービス。個人間のコミュニケーションに重点を置いたものがSNSです。 ※詳しくはこちらのサイトが分かりや

気まぐれが指す方角はどっちだい ?

あえてずっと遠いところからスタートしたいと思ったのだ。 自分の得意フィールドではなく。 noteを始めたのは今年の5月。アカウント自体は4年前に取ってたけどずっと放置状態で、初めてスキとコメントをもらったのが5月。noteの"私"は4年間寝ていたけど、コンコンとノックする音に目を覚ますことになった。ステイホーム中で外出はできなかったけど、窓の外は新緑の季節。 春景色に大きな伸びをして私はnoteをスタートした。 スキとコメントをくれたフォロワーさんが1人。気まぐれな性分

♪ さわがしい未来が僕を待ってる ♪

noteを本格的に始めた5月のはじめ、100人フォローしたい人を見つけようという野望を企てていました。何千万人ものアクティブユーザーがいるnoteなのだからあっという間だろうと。 実際2か月たってフォローしたのは14人。私にとって大切な人たちです。これからも交流を深めていけたらいいなと思っています。ゆっくりペースだけど相変わらずフォローしたい人も探していて、こちらに関しては試行錯誤の毎日です。まだ会えてない仲間がきっとどこかにいるような気がして。勝手な思い込みだと分かっては