例の一件

 事件は未だ解決はしていないのだけど、今回のことをキッカケに考えたことを記憶が新しいうちに記録しておこうと思い筆をとった次第です。

 本当に、色々と考えさせられました。自分と仕事仲間たち(そして一緒にいる大切な家族や友人、ユーザーの皆さん)のリアルな"死の可能性"を想定せざるを得なかったことをきっかけに、これまでの自分の仕事に対してのスタンスへの反省や、これからの人生の時間をどう使っていくべきか、など、個人的に大きなパラダイムシフトがおこりました。

 残念ながらニュースになってしまったのでご存知の方もおられるかと思いますが、8月中旬から、僕の担当しているゲームの運営スタッフ(個人名は特定されていない)を対象とした殺害予告を受けました。会社のお問い合わせフォーム経由で脅迫と殺害を仄めかすコメントが連日送られて来て、その非常に侮辱的で攻撃的な文面からも実行の危険性が高いと判断し、警察に被害届を提出しました。運営として顔出ししているのは僕を含めて数名なので、個人名の特定はないものの、状況からして犯人の殺意はほぼ我々に向けられていると看做すことができます。特に、プロジェクト責任者として最も頻繁に顔出ししている僕自身の危険度はかなり高いと考えられました。

 「ポリポリ☆クラブ」で何度か喋ったことがありますが、僕自身は、自分の創ったもののファンに刺されて死ぬなら本望だと思っています。殺すほど好きになってくれるとしたらその歪んだ愛情も含めて嬉しいし、物を創る人間としては、幸せな最期だと思うからです。

 ただ、実際に今回のような具体的な局面に立ち向かってみると、シンプルに自分だけの覚悟の問題だけで済むわけではありませんでした。名指しではなく、運営全体に対する殺害予告。京都アニメーションさんの痛ましい事件の直後ということもあり、会社やイベント会場に対する無差別の凶行の可能性をどうしても想定せざるを得ません。もちろん、警備の強化なども検討はしましたが、死なばもろともの犯行に対して、我々の取れる手段は多くありません。僕一人の命をかけた覚悟だけでは、どうにもならない。スタッフとお客さまの生命、そして場所を貸してくださるロケーションの安全確保が難しいため、夏の大会イベントを中止することに決めました。同様の理由で、その時点で未発表であったその後のオフラインイベントも全て、凍結せざるを得ませんでした。

 せっかく準備したイベントを中止にするために、関係各所に状況説明と謝りの連絡をいれ、送るはずだった荷物をバラし、公式サイトでユーザーさんへのお知らせを出しました。普段の「企画して創っていく」仕事ではなく、「謝罪して解体していく」仕事は、精神に負担のくる重い仕事でした。そして何よりもしんどかったのが、日常生活。1億2千万人の中にたった1人、自分を殺そうとしている人間がいるということによって、こんなにも影響を受けるのかと思い知りました。駅のホームで突然走り出す人、自分に近づいてくるように見える人、夜道で後ろにぴったりついてくる足音。どうしても必要以上に警戒をしてしまいます。なるべく人混みを避け、早足になり、家族や友人と外出するときは、特に気を張ります。まだ事件は未解決で現在進行系ですが、長引くにつれて、気持ちを強く持とうと思っても、どうしても疲れが溜まって、折れそうになります(これを書いている時点で16日目です)。早く、この緊張から開放されたい。

 そして何より、ゲームを創るという本業のモチベーションに対して致命的ともいえる影響がありました。

 僕は子供の時分、友達と遊ぶとき「何をして遊ぶか」「どういうルールで遊ぶか」を考えてみんなに提案するのが好きな性分でした。年齢差がある場合は少しルールを変えたり、仲間はずれになる友達が現れないように工夫をしたりしました。その延長で、中学~高校時代はアナログゲームやTRPGにハマりこみ、紆余曲折あってコンシューマゲーム開発の仕事に就くわけなのですが、原点にあるのはずっと変わらず「場と時間を共有するみんなの満足度を最大化したい」というモチベーションでありました。その前提は、エンタメを提供する対象が「僕が心から楽しませたいと思う大好きな友達」であるということです。

 考えが甘いと言われればそれまでですが、僕は子供の頃からそのモチベーションをキープしたままに17年間ゲームを作ってきました。上司からユーザーと近すぎると注意されたことも何度かありますし、距離を詰めすぎたせいで傷ついたことも1度や2度ではありません。それでも、僕という人間がゲーム業界で最大限にパワーを発揮する方法はこれしかないと信じる「僕なりの戦い方」を突き通してきました。ユーザーさんの前に積極的に顔出しし、交流をはかってきたのは、別に目立ちたいからではないです。直接顔を見て、みんなのことを好きになって、楽しむ姿を目にすることでさらに楽しませたいという気持ちを高ぶらせて、MAXのモチベーションでより良いエンタメを提供したい、という思いから、そうしてきました。

 しかし、今回の件で、僕の信念は確実に揺らぎました。汚い言葉で殺害予告して仲間である運営スタッフたちを恐怖させたユーザーのことを、僕は好きになることができませんし、彼(彼女?)を楽しませたいと全く思えません。また、殺害予告の被害者である運営スタッフに対し(多くの温かい言葉の中で)「殺害予告されるような運営が悪い」と心無い言葉を投げかけてくる人々のことも、もう好きでいることは難しいと感じました。そして何より、僕のそういった距離のとり方のせいで、誰かを楽しませるどころか、同僚や、家族や、友人を、不安と心配の渦に巻き込んでしまったことを、深く反省しました。

 いったい何が悪かったんだろう、と考えました。

 「友達を楽しませるようにゲームを創る」という戦い方は、集団が10人以下のときは無理なく機能します。2~30人(学校のひとクラスくらい?)でも、まだなんとか。でも、100人くらいになってくると、全員の顔を見ながら進めることは困難になり、声の大きい近しい人間と、そうでない人間との差が生まれ、綻び始めます。1000人、10000人と増えてくると、全員の顔を見ることは物理的に不可能になり、根本的にやり方を変えていく必要が出てきます。

 僕の愛読書の「サピエンス全史」では、現生人類の祖であるホモサピエンスが体格的に負けていたネアンデルタール人に勝てた理由を、10人程度の単位でしか集団を形成できなかったネアンデルタール人に対し、ホモサピエンスは100人以上の集団を形成することができたからであると分析しています。ホモサピエンスはトーテム、つまりある種の宗教や思想や王のもとに集結することで、全員が顔見知りではない大集団を形成し、その集団のために戦うことができたそうです。「日本人」とか「クリスチャン」とか「資本主義陣営」とか、あるカテゴリーでの仲間意識を持ってまとまることができるのが、動物としてのホモサピエンスのアドバンテージだったわけです。

 数万人のゲームのユーザーを、顔見知りの友達と同じレベルで楽しませたいという「ネアンデルタール人的な」考え方は、その人数が増えれば増えるほど当然破綻していくものであると、それは人類が何者かに進化しない限り乗り越えられない事象であって、努力でどうにかなるものではないということに、もっと早く気付くべきでした。ホモサピエンス的な手法を取るのであれば、そこにある種の神と宗教を作り出し、個と個の関係性としてではなく、全体をひとつの抽象的な概念のもとにまとめていく他ない。集団が多ければ多いほど、プロデューサーとかクリエイターは偶像として、御簾の奥に身を置いて、生身の人間としての弱さやアラが見えないように幻想の存在に徹するべきだったのです。丹沢個人ではなく、「運営」とかいう、誰だか分からない、いつの間にか中身が全員入れ替わっても誰も気付かないような、そんな属人性を廃したふんわりした存在をクッションにすべきだったんですね。

 そして今、僕がそういう仕事のやり方に舵を切りたいか、切れるのか、と問われれば、それは明確に「否」です。長くこの戦法で戦いすぎました。競争の激しいゲーム業界の中で、要領も悪く頭も良くない僕が戦ってこれたのは、丹沢個人としてユーザーさんと接し、ユーザーさんの笑顔を前に無限に湧き出すパワーをクリエイティブに転化してこれたからでした。休みなんてなくていいし、徹夜、深夜残業だって何も気になりませんでした。でも、今は正直、早く帰って自由な時間を満喫したいし、休みも暦通り取りたい、そんなふうに思ってしまうのです。ゲーム創りを仕事にしてから、こんなことを思うのは初めてです。心が弱っているのかもしれませんが、それが今の、偽らざる気持ちです。

 短期的には、オフラインイベントや生放送を介した情報発信、SNSの活用については個が認識されない方法へと全面的に見直していこうと思います。そして、長期的には、僕自身が今後も同じようにゲームを創り続けていくべきかについて、落ち着いて一度考えてみたいと思います。

 人生の折り返し地点を迎えて、今回の事件は色々と考える機会を僕に与えてくれました。本当にクソったれな事件でしたが、人生において無駄なものなんて無いですね。

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旅人でゲームデザイナー。 TRPGとアナログボードゲームが大好物。 タモリさんにオタクの理想形を見る。

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コメント1件

まだ解決していないとのことですので、しっかり静養しつつ、充分にお気をつけ下さい。

1人の悪意がその他大勢の楽しみを奪うのは理不尽でやるせないですね。

解決し、静養された後は、丹沢さん2.0?って感じでのご活躍を期待しております。
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