「夏の友人」

 昔、子供だった時のことだ。帰省した田舎での出来事。よくある子供の遊びで近くの森の中に秘密基地を作っていた。親にも誰にも知られない自分だけの場所。
 一人で冒険を楽しんでいたある日のこと、だれも知らないはずのその基地に小さなお客が舞い込んできた。浴衣を着た自分と同じくらいの子供。誰なのだろうかと思ったが、近所の子かまたは自分のように帰省してきている子供なんだろうと思っていた。最初こそ折角の場所が侵害されるような気がしたが、気が合ったのだろうかすぐに仲良くなった。
 秘密基地以外でも会いたかったが、どこに住んでいるのかと聞くと途端に言葉が遅くなるその子。子供心にも余り聞いては行けないのだろうかと思いそれ以上踏み込むことはなかった。
 毎年訪れる田舎で、その場所でしか会えない友達。誰にも言わなかった。自分だけの秘密。その言葉がとても特別感があって蜜を纏ったように甘かった。自分だけが楽しめば良い、誰にも分けて上げないというような感じだ。
 しかし、成長して行くにつれて帰省する頻度が少なくなり、外の世界へ目を向けるようになって秘密基地へと行くことは減っていき、ついには大人になってからは行っていない。
 あれから何年経っただろうか、お盆の法事のために久し振りにこの地に帰ってきた。
 カンカンに照る太陽。どこまでも蒼い空。高くそびえ立つ入道雲。汗が首をつたう。感覚が一気に十何年前の少年の時に戻る。その時だった、そういえばあの時の秘密基地はどうなっているだろうかと気になって記憶を頼りに探してみた。草がボウボウと伸び放題になっている茂み。方角はなんとなくわかるが、はっきりとした位置はわからなかった。もう帰るか、と思ったその時だった。誰かに声をかけられたような気がした。振り向いてみると記憶にあった浴衣を着ている青年が立っていた。
「久し振り、何年ぶりかな」
 そう声をかけられ、少しの罪悪感を感じた。今まで忘れていただなんて。相手は覚えていてくれたのだろうか。毎年、一人であの秘密基地を訪れては来ない相手を待っていたのだろうか、そう考えると切ない気持ちになった。 
 逆光になっているからか相手の顔はよく見えない。あれ?そういえば毎年会っていた時も顔を覚えていただろうか。違和感が頭をよぎる。でも昔、あの子の話をした時にはこの辺りに帰省している子供は自分の家だけと聞いていたような気がする。この気持ち悪い感じを少しでも晴らしたくて会話の流れを切るように問うてみる。
「そういえば、君ってどこに住んでいるんだ?この辺りだと子供はいないって昔聞いたことあって。幽霊じゃあるまいし、どこに住んでいるか聞いてないなって思って」
 少し恐ろしくなり青年から視線をそらしてやや早口になりながら質問する。そうするとその青年は寂しそうに笑ったような気がした。
「君は人ならざる者はいないと思ってる?」
「当たり前だろ、そんなものいないに決まっている」
 そういうと、青年はそうか、と言ったきり黙ってしまった。
「だから、どこのだれなんだ?教えてくれよ」
 と青年の方を向いて言ったが、彼がいたはずの場所にはだれもいなかった。

 そこには昔からあった地蔵様が静かにたたずんでいるだけだった。

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