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タヌキの親子見聞録 ~高野山編④~奈良(吉野)


第1章 青く燃える権現様

 吉野の山は、完全にお祭りムードであった。桜の見える展望台から道に出ると、さらに上の方へ道が続いていた。その道の両脇には、だんごや干し芋、焼き栗や柿の葉寿司など、様々なものが売られていた。タヌキ一家も、美味しそうなものに飛びつきたかったが、まずは金峯山寺へ、今だけ見られる金剛蔵王大権現を見に先を急いだ。道の途中、お土産物屋に貼ってあるポスターで、金剛蔵王大権現拝観割引券を販売しているとわかったので、そのお土産物屋でチケットを買った。
 様々な美味しいものの誘惑に負けず、金峯山寺入口に着くと、大きな工事用の枠組みの中に「世界遺産 国宝 金峯山寺仁王門 保存修理工事」という横断幕がかけてあった。
「何これ?工事中?」
 先頭を切って歩いていた母ダヌキは、ポカンと上を見上げた。
「国宝の仁王門は令和10年まで改修予定なんだね」
 父ダヌキは補修工事の仁王門を写真にとると、案内の看板を見て右に進んだ。この仁王門の金剛力士像は、国宝・重要文化財に指定されているものの中では、東大寺南大門の像に次いで日本で2番目に大きな仁王像らしい。仁王像ファンの母ダヌキは残念がったが、仕方がないと、父ダヌキ、子ダヌキたちの後を追った。

改修中 残念!!

 石段を登ると、金峯山寺に行く前で、人が行列をなして写真を撮っている。どうやら遠くの建物と桜を一緒に写真におさめたい人が、順番を待っているようだった。桜好きの父ダヌキも、少し待って写真を撮る。パンフレットによると、建物は金峯山寺の南朝妙法殿らしい。
「お父さん、メインはそれじゃないよ。早く行こう」
 母ダヌキに急かされて、権現様がいらっしゃる蔵王堂の入口へ向かった。

桜の中に見える南朝妙法殿

 チケット売り場が、蔵王堂の右下にあったが、タヌキたちはお土産屋さんで、割引券を購入していたので、階段上のチケット受付場所へ上った。

蔵王堂

「はい、この袋に靴を入れて、堂内を見学してください」
 チケットを受け付けるおじいさんが、紺色に赤で「金峯山寺」と入ったポリエステル地の手提げ袋と、お守りの木札を渡しながら言った。
「この袋に靴入れるのもったいない」
 母ダヌキがきれいな袋を、土足入れにするのをためらっていたが、次から次に人が来るので、
「早く靴入れて、中に入って」
 と、係のおじいさんに注意され、仕方なくもらった袋に靴を入れて中に入った。

特別ご開帳セット

 金峯山寺の本堂には、真ん中に青く怒った顔の権現様が3体、木戸の奥で下から光を当てられて、立っていらっしゃった。下から光が当たっているせいか、権現様が青い炎で燃えながらタヌキたちを睨んでいるように見えた。

金剛蔵王大権現(内部は写真撮影できないため金峯山寺サイトから引用)

第2章 はねにされた母ダヌキ

 権現様の前には、座って拝めるブースが5、6席用意してあり、堂内をぐるっと見物して、最後に、希望者は、権現様がより拝見しやすい子のブースで見ることができる。タヌキたちも、堂内を見学して、せっかくだからしっかりと青く燃える権現様を見ようと、ブースに入る列に並んだ。
「はい、こっち来て」
 ボランティアのおじいさんに呼ばれ、右端の千手観音菩薩の権現様の前のブースに、4匹まとめてタヌキたちは入ったのだが、狭いと思ったのか、ブースがちょうど空いたためか、
「こっち来て」
 と、父ダヌキと子ダヌキたちは、釈迦如来の権現様のよく見える真ん中のブースに呼ばれた。母ダヌキも、みんなと見ようと思い、席を立とうとしたら、
「あんたはここ」
 と、何故かボランティアのおじいさんに止められてしまった。
「えっ、あの、一緒なんですが」
 と言っても、聞いてもらえず、仕方なく右の千手観音菩薩の権現様をしっかり拝ませてもらい、ブースから外へ出た。待っていた父ダヌキや子ダヌキたちは、
「おっかあだけ、はねにされた(仲間外れにされた)」
 と、ニヤニヤして面白がっていた。
「私も真ん中で見たかったのに」
 と悔しがる母ダヌキだったが、観光客は後から後から列に並び、またブースに入るには時間がかかり過ぎるので、残念だが諦めた。
 後で調べると、真ん中が釈迦如来で、紀元前6世紀から5世紀に仏教を開いたので過去を表し、向かって右が千手観音菩薩で、「音を観る」すなわち衆生の声を聞く仏ということで現在を表し、左の弥勒菩薩は、釈迦入滅後56億7千年後にこの世の衆生を救うことから未来仏とされている。そして、権現様の青い色は慈悲と寛容を表しているらしい。
 よく知らない母ダヌキは、離れたブースで、目の前の権現様に向かって、
「その青い炎で、私の悪いところや弱いところを燃やしてください」
 と一心に拝んだのだった。

権現様は青かった

第3章 究極のパワースポット

 権現様を拝観し終えて外に出ると、蔵王堂前でも、桜と蔵王堂を一緒に写真におさめようとする観光客がたくさんいた。桜はまだ満開ではないが、趣のある檜皮葺の蔵王堂と桜は、とてもいい被写体になった。

蔵王堂と桜

 その反対側には、中千本と上千本へ向かう道があり、その道筋には、金峯山寺までの道と同様に、食べ物屋やお土産物屋がずらりと並んでいた。
「満開じゃないけれど、桜がたくさんあってきれいだね」
 タヌキたちは、キョロキョロしながら次の目的地である𠮷水神社へ向かった。

蔵王堂から中千本、上千本への道へ向かう
どこもかしこも桜がきれいに咲いていた

 奥千本へ続く道を少し行って、左手に下ると、𠮷水神社の参道があり、表門から入ると広場があって、その広場の右手に「一目千本(ひとめせんぼん)」という中千本と上千本の桜を同時に見渡せるスポットがあった。
「ちょっと待って。ここで写真撮りたい!」
 桜好きの父ダヌキは、人がたくさんいる「一目千本」でカメラを構え、人がいなくなったすきを見計らって、中千本と上千本の見える風景を写真におさめた。これは、なかなか大変だった。広場の半分近くを占める観光客が、我も我もと、桜が見渡せるこの「一目千本」で記念撮影をしたり、桜を撮ったりしているのだ。
「早く行こうよ!」
「ポケモンセンター!」
 桜に興味のない兄ダヌキと弟ダヌキは、なかなか写真撮影を終えない父ダヌキに、イライラして言った。
 ようやく撮影が済んで、中門から神社に入ると、拝観料を払って中へ入った。

どうしても一目千本で桜がとりたかった父ダヌキ
みんなも一目千本で写真を撮りたがった
早く行きたい子ダヌキたち
天気がよかったらもっときれいだったろう一目千本
父ダヌキはガッツで桜だけの風景を撮った

 この神社は、日本最古の書院建築で有名だが、よく知られているのは、豊臣秀吉が徳川家康や伊達政宗など総勢5千人の武将などを集め、盛大な花見の宴を催したことだ。神社の中は、その時に使われた釜や秀吉に寄贈された調度品などが展示されていた。

𠮷水神社入口

この𠮷水神社でのタヌキたちの一番の目的は、究極のパワースポットと言われる「北闕門(ほっけつもん)」であった。書院裏庭に現存する「北闕門(ほっけつもん)」は、古来より修験者たちの祈りの場で、入山するにあたり、無事に下山できるようにお祈りをした聖地であったという。

書院裏庭にある北闕門

後醍醐天皇も、朝夕にこの場所で、京都の方角の空を仰ぎながら邪気払いの「九字(くじ)」を切っていた。「九字真法」〔臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)という言葉を唱え、手を刀がわりに縦に4回、横に5回空を斬り、『曵!(えいっ)』の掛け声と同時に手刀を袈裟斬りにする〕をおこなうと、日頃の煩わしさが取り払われるとともに、未来に待ち受ける災いの元である悪い気を事前に払うことができるというので、タヌキたちもやってみることにした。

九字の切方

「こうやって、ここで礼をして・・・」
「手は、右手をこうして左手をこうして・・・」
 母ダヌキと弟ダヌキは、説明を見ながら、少し恥ずかしいけれど、
「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)」
 と、少し小声で唱えながら手刀で縦横と斬りながら、最後に、
「曵!(えいっ)」
 と叫んで袈裟斬りをし「九字」を切ったが、兄ダヌキは、お年頃なのか、
「そんな恥ずかしいことはできない」
 と、裏庭から見える金峯山寺を眺めて、他人のふりをするのだった。

他人のふりをして金峯山寺を眺める兄ダヌキ

第4章 元祖!陀羅尼助

 吉野での目的を達成したタヌキたちは、もう少し時間があったので、中千本まで歩いてみることにした。これは主に親ダヌキたちが桜を近くで見たいために歩こうとしたのだが、子ダヌキたちは、
「えぇっ!まだ歩くの?」
「ポケモンセンター!」
 と、不満顔で仕方なく付いてきた。
 𠮷水神社から元の道に戻って、お土産や食べ物を見ながら少し歩くと、店の奥に大きなカエルの置物が置いてある店があった。そのカエルは、3本の手を持つ不思議なカエルだった。看板を見ると、「陀羅尼助丸」と書いてあり、母ダヌキが高野山で買おうとしていた伝統的な胃腸薬の名前であった。
「なんでここにも陀羅尼助があるの?」
 不思議に思った母ダヌキは、お店の人に聞いてみた。
「陀羅尼助丸はいろいろなところで売っていますが、うちのは防腐剤などの添加物の無い、100%生薬でできた、昔ながらの陀羅尼助丸なんです。100%生薬で作っているのはうちだけです」
 と、お店のご主人らしき人が答えてくれた。母ダヌキは、胃腸の弱い弟ダヌキのために胃腸薬が欲しくて、最初に予定していた高野山の黄色い袋の陀羅尼助丸ではなく、100%生薬の三足蛙印の「フジイ陀羅尼助丸」の180粒入りを500円で購入した。
「食べ過ぎて胃がもたれたら飲んでみな」
 母ダヌキが購入した陀羅尼助丸の緑の袋をカバンにしまいながら言うと、弟ダヌキは、
「さっきのカエルが入ってるの?」
 と、嫌そうな顔をした。
「カエルは入ってないよ。あれは・・・」
 母ダヌキは、何と答えていいかわからなかったので、調べて見ると、幸運を招くカエルということで、実在するものではなく、縁起物としてマスコットにしているようであった。

生薬100%の陀羅尼助丸を販売する藤井利三郎薬房
試供品も頂きました

 そこからさらに奥に向かうと、お昼時なので昼食を提供するお店に人が続々と入って行き、注文しているようだった。その人たちは、タヌキたちと一緒に電車で来た人もいれば、車で吉野山まで入れるようなので、自家用車やタクシーで近くまで乗ってきた人もいた。中千本に近づくと、歩行者天国かと思っていた道路にも、車がまあまあのスピードで走ってくるので、注意しなければならなかった。

郵便ポストも桜だった

 途中上千本と中千本へ行く道が分かれていたので、どうしようか迷っていたが、
「ずっと桜を見てるの?」
「ポケモンセンター!」
 と、子ダヌキたちが騒ぎ出したので、近くの中千本まで歩いて折り返して帰ることにした。
 中千本への道は、本道から左にそれて、山の中腹辺りにある広場まで続いていた。広場では、お弁当を買った人たちが花見をしながら昼食をとっていた。それを見て、タヌキたちもお腹が空いているのに気が付いた。

中千本で記念撮影

第5章 せっかくだから吉野名物を食べよう

 時刻は11時半を過ぎ、そろそろお腹の虫も鳴き始めたタヌキたちは、さっきから通りにいろんな店が出している「生くずもち」が気になって、来た道を戻りながら、
「せっかく吉野へ来たからくずもちを食べよう」
 と、どの店が美味しそうか物色し始めた。どのお店も「生くずもち」は柔らかいためか、カップに入って売ってある。色々見たが、一番中千本に近い「横矢芳泉堂」というところの生くずもちを1カップ350円で購入した。

横矢芳泉堂

柔らかいくずもちにきな粉と黒蜜をかけて、爪楊枝で刺して食べる。
「美味しい!」
 さっきから「ポケモンセンター」しか言わなかった弟ダヌキは、目を見張った。和菓子に目のない兄ダヌキは、弟にたくさん取られまいと、カップに覆いかぶさるようにして食べる。
「母さんと父さんにもちょうだいよ」
 と、父母ダヌキも爪楊枝で刺して口に持っていく。
「やわらかくて美味しいね」
 とても生くずもちが美味しかったので、お土産に普通のくずもちを3箱追加購入し、駅へ向かった。
「12時半過ぎには飛鳥に行く電車に乗るよ」
 飛鳥での観光は、12時38分発の電車に乗らないと、予定している全てのところが観光できない。急ぎ足で吉野駅に向かって歩いていると、柿の葉寿司のお店があった。
「あっ、このお店、美味しいって紹介されていた」
「じゃあ、飛鳥駅で食べるのに買って行こう」
 父母ダヌキは、お店で昼食をとることができないため、飛鳥駅で食べられるように鯖と鮭が半々の10個入りの柿の葉寿司1600円を「やっこ」というお店で買って、坂を下ろうとした。

やっこの柿の葉寿司
鮭と鯖入り10個で1600円

「ちょっと、待って!」
 兄ダヌキは悩んだ顔で突然みんなを止めた。
「部活のみんなにお土産買いたい」
 兄ダヌキがお土産を買うというので、時間のない中、また少し戻ってお土産屋さんで、吉野らしいお土産を選んだ。
「やっぱ吉野の名物は桜だから、桜のラングドシャにする」
 「確かに吉野は桜だけれど、ラングドシャか」と、母ダヌキは思ったが、兄ダヌキが自分で考えて、選んだお土産なので黙って購入した。
 こうして吉野の山で、吉野らしいものを購入して、坂道をかけるように急いで降りて駅に戻った。時刻は12時半になろうとしていた。


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