見出し画像

サンクトペテルブルクの夜を知らない6(終)


翌日街をぶらぶらと歩きつつ、疲れてしまったわたしを気遣って、夫が日本食のカフェに入ってくれた。

カジュアルおしゃれな寿司カフェのような店で、わたしは嬉々として柔らかいうどんを啜りながら、ペテルブルクがなぜこんなに重たく感じるのか、例えば先週までいたリガと感じる違いについてつらつらと考えていた。

画像1

ロシアに入ってずっと、過去30年分くらいの時間の幕がかかったような世界にいるような感覚が拭えなかった。
「英雄都市レニングラード」の苦難と勝利への誇りは、ペテルブルクの隅々に生きている。
ただ街を歩いているだけで目にするトーチカ、戦車、兵士たちの像は否応なく意識を過去へと振り向かせ、ここで流れた時間の厚みを見せつけるのだ。
そして人々ももしかすると、ある程度、過去に身を委ねて生きているのかもしれない。
(不滅の連隊*がずっと目の前を歩いているような感覚だ)

一方でリトアニア のヴィリニュスやラトヴィアのリガでは、未来へ前進する意欲のようなものを感じた気がした。それは隣国への脅威を感じるゆえの成長意欲かもしれないけれど、軽やかで現代的だった。

もちろんペテルブルクのそれがどうとかいうつもりは毛頭なく、完全に予備知識なく飛び込んだ一観光客がただそう感じたというだけである。

「サンクトペテルブルクってレニングラードだったの?」という程度には何も知らないままに飛び込み、歩き回ってペテルブルクに触れ、情報の厚みと重さに溺れた1週間だった。
毎日情報量だけでくたくたになって、夏ならではの陽の長さも楽しむことなく、アパートメントの前の飲み屋の若者のバカ騒ぎを聴きながら毎晩早々に寝落ちてしまったけれど、大体わたしたちのいつもの旅のスタイルだ。

そう言えばせっかくペテルブルクに行ったのに、エルミタージュ宮殿にも、マリインスキー劇場のバレエにも、跳ね橋にも行かなかった。次回はソ連よりも前の時代の顔も(きっと)見に行こう。

(終)

画像2

画像3

・レニングラードの包囲戦について書いた事は全てwikipediaに依拠しています。「レニングラード包囲戦」 

https://ja.wikipedia.org/wiki/レニングラード包囲戦

・「不滅の連隊」について 

ロシア語サイトはGoogle翻訳かDeepL翻訳を通して読んでいます。独ソ戦って何、というレベルのわたしがロシア語単語をとりあえず検索して読んだものなので全体的に怪しいです。