見出し画像

コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その5

「こんにちはー、お花をお届けに参りましたー」
 すっかり暗くなった住宅街。街灯の明かりがポツポツと点灯し始めている。ミクは花束を抱えて、小笠原議員の娘の家の前に立っていた。
「こんにちはー、いらっしゃいませんかー?」
 呼び鈴を押しもう一度確認する。家の中に人がいるのは間違いない。灯りもついているし、物音もする。なかなか出てこないのは、何かを警戒しているのかそれとも出るに出られない事情があるのか。
「こりゃ、やっぱなんかあったんだわ…」
 そう思った矢先、玄関のドアがガチャリと開いた。出てきたのは男性であった。
「あ、ごくろうさまです」
 その声は低く、暗いものであった。
「あ、こちらお花のお届け物です。すいませんが受け取りにサインをお願いします」
 そう言いながら家の中の様子をさりげなくさぐるミク。この時間なのにシーンと静まりかえっている。だが奥にはまだ誰かいるような気配。
「はい、どうぞ」
「ありがとうござます」
 男性は花束を奪うように受け取ると、すぐに玄関の扉を閉め鍵をかけた。まるで何かにおびえているようだ。
「やっぱ羽賀さんの思っている通りだわ」
 ミクはすぐに羽賀に連絡を入れた。
「そうか、家の中は静かだったか。こっちも情報が入った。どうやら小笠原議員のお孫さん、誘拐された可能性が高い。犯人はおそらく右翼団体。そして小笠原議員に圧力をかけているに違いない。だからボクの前から慌てて姿を消したんだろう」
「なるほど、それだとつじつまは合うわね。それで旦那さんの顔が暗かったのか」
「旦那さんがいたのか」
「えぇ、もういたわよ。確か旦那さんは県職員だったはず」
 ここで羽賀が何かをひらめいた。
「ミク、旦那さんが勤めている部署はわかるか?」
 ちょっと待って、情報はモバイルパソコンに入れているから。今すぐに確認するわ。えっと…あ、あったあった。県の教育委員会だわ」
「さっきあの子から聴いた情報だと、小笠原議員は右翼団体から脅されているらしい。そしてその黒幕はどうやら県の教育長ということだ。これは竹井警部から聴いた情報だから間違いない。となると…」
「ってことは、部下の子どもを上司がさらったってことになるわけ!?」
「そうなるな。こりゃもう一つ裏がありそうだ。ミク、教育長と右翼団体についてもう少し調べられないか?」
「わかった、今すぐやってみる」
 ミクは電話を切ると、早速モバイルパソコンを駆使して情報収集に入った。羽賀はミクからの情報を竹井警部に伝える。
「誘拐かよ。でも確定情報じゃねけから警察は動かせねぇぞ。当の被害者から連絡がくれば別だけどよ」
「だったらボクが証拠をつかめばいいんですよね。県外へ向かったライトバンの行方に心当たりはありませんか?」
「そうさなぁ、ちょっと待ってろ」
 竹井警部は一度取調室を出る。羽賀はこれからどう行動しようか思案を始めた。
「県外か。となると自転車は無理。警察も動いてはくれない。さて、誰に協力してもらうか…やっぱあいつしかいないか」
 羽賀は携帯電話を取り出し、ある人物へと電話をかけた。
「なんだ、羽賀かよ。どうした?」
「唐沢、今頼めるのはお前しかいない。協力してくれないか?」
 電話をしたのは元四星商事の同僚で今はコンサルタントをしている唐沢。唐沢はことある毎に羽賀に仕事の協力依頼や相談を持ちかけている。今も羽賀は唐沢からの案件を一つ抱えている。
「協力ってなんだよ? お前からお願い事なんてめずらしいな」
「事情は会ってから話す。車であるところまで連れて行って欲しいんだが」
「車でって、お前が言うくらいだから自転車では行けねぇ遠いところだな。まぁそんくらいならかまわんけどよ」
 ちょうどそのタイミングで竹井警部が飛び込んできた。
「羽賀、わかったぞ。右翼幹部の別荘が」
 その声が唐沢の耳にも入ったようだ。
「おい、まさか今から連れて行って欲しいってところは…」
「唐沢、そのまさかなんだけど、頼むよ」
「えぇぇっ!」

「あそこがそうだ」
 ジンは車の中から山奥にある灯りのついた家を指さしてそう言った。
「なるほど、ここだと人里離れているし、何をやっても目立たないな。おまけに携帯電話の電波も入らない。緊急で助けを呼ぼうにも不便なところだ」
 コジローは携帯電話をぱちりと開いて電波を確認。
「だからこそ隠れ家としてはふさわしいって事か。連絡はおそらく固定電話だけだろうしな。さぁて、これからどうする?」
「そうだな、中の様子が知りたい。誰が何人いるのか、それがわかれば次の手が打てるのだが」
「とりあえずもう少し近づいてみるか。ここからは徒歩になるぞ」
 ジンとコジローは歩いて別荘に近づく。
「車は右翼の街宣車のライトバンが一台。そして乗用車か。あれは右翼が乗るような車じゃねぇな。おそらく小笠原議員じゃねぇかな」
 ジンは小声でコジローにそう伝える。コジローはこっくりとうなずく。
「ライトバンが一台となると、敵の数は多くても五人だろう。あの車は後ろにいろんなものを積んでいるから、人が乗れるのは最大でもその人数だ。どうする、乗り込むか?」
 ジンは自分の見せ場だと言わんばかりに腕を振り回している。ジンからすれば大人五人くらいを相手にするのはわけないのだろう。が、今回は人質がいる。小笠原議員の孫を盾にされるとやっかいなことになる。
「こちらも人手が欲しいな」
 そのときであった。二人の後方から車の音が。
「ちっ、仲間が増えやがったか」
 ジンとコジローは素早く身を隠した。しかしその車は近づいてくる気配がない。どうやらジンが車を停めているところに駐車したようだ。
「こんなところに、一体誰がきやがったんだ?」
「さぁな。しばらく様子を見るしかあるまい」
 離れたところから別荘と新たな車の両方をにらむジンとコジロー。一体誰がこんなところにやってきたのだ?

「で、羽賀ぁ。これからどうすんだよ? 子どもが誘拐された証拠をつかむって言ってもよ。その別荘に行って、そちらに小笠原議員のお孫さんはいますかーなんて訊くわけにもいかねぇだろう?」
「とにかくここからは慎重に別荘に近づいてみよう。唐沢、ありがとな。ここからはボク一人で行くから」
 羽賀は少し遠くに見える別荘の灯りをにらみながらそう言った。
「ったく、面倒なことに巻き込まれちまったなぁ、んとに。しゃぁねぇ、オレも乗りかかった船だ。 お前にとことんつきあってやるよ。でもよ、どうやって竹井警部に連絡を取るつもりだ? ここだとどうやら携帯の電波も入らねぇみたいだし」
「うぅん、それは後で考えよう。とにかく今は行くしかないな」
「でもよ、隣に停めてる車、気にならねぇか? 別荘にいる右翼の仲間なら別荘の駐車場に停めるだろうし。こんなへんぴなところにカップルが来るわけねぇし。まぁ来たとしても、車の中でやることに一生懸命になるだけだろうが。でも車の中は誰もいねぇしな」
 唐沢の言うとおり、隣に停めている車の中には誰もいない。それもそのはず、その中にいた二人は今、唐沢の車を遠くから見つめているのだから。
「ちょっと待ってて」
 羽賀はそう言うと車を降りて、隣の車のボンネットをさわった。
「熱い。ということはこの車はここに来てそれほど経っていないな。持ち主は近くにいるってことか」

「ん、あの男は…そうか、ここまでたどり着いたか」
 コジローはボンネットを触る羽賀の姿を見てそうつぶやいた。
「なんだコジロー、あいつ知り合いか?」
「ジン、どうやらこっちの望み通りになったみたいだ。これで頭数はそろったぞ」
「おい、どういうことだ? わかるように説明してくれよ」
 ジンがそう言うのもかまわず、コジローは車が停めてある方へと走っていった。ジンもあわててコジローの後を追いかける。
 そしてコジローと羽賀は初めて対面することとなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?