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コーチ物語 クライアント21「夢を語る男」その4

 いよいよ支援会がスタート。ヒロキさんの誘導で自己紹介。そしてそれぞれの夢を語り合う。みんないい表情をしている。けれど私から見ればその夢はまだまだちっぽけだ。この夢を更に大きなものに膨らませ、そして自分だけではなく社会に貢献できるようなものにしていかないと。聞いている人の感動と共感は得られない。
 ヒロキさんにそのことを伝えてみる。
「大丈夫ですよ。これから徐々に大きなものに広げていけるようにプログラムを考えていますから」
 さすがヒロキさん、コーチングをやっているだけあって頼もしい。ここは全面的にヒロキさんにまかせるとしよう。
 それよりも、私がやらなければいけないこと。それはいろいろな方面からの情報収集。みんなの夢をサポートするために、どのようなことをやらなければいけないのか。各地で行われているドリプラの実行委員長に連絡をして、どんなことをやってきたのかを調査しないといけない。
 こんな感じで頭のなかがドリプラに染まっている時に、ちょっと困ったことが起きてしまった。
「社長、取引先の工場からこんな通達がきています!」
 あわてて部屋に飛び込んできたのは専務。片手にはファックス用紙を持っている。一体何があったのだ?
「落ち着いて。どうしたんだ?」
 専務はファックスを私に手渡す。そこに書かれてある文章に目を通す。
「えっ、ど、どういうことだ?」
 そこにはいきなり取引を停止するという旨の通達が。この工場は今までいろいろな生産機械を発注してくれていた。我社としては大手の取引先だ。この工場からの取引が停止されると、かなりの痛手になる。
「何かここで不都合なことをやらかしたのか?」
 思わず専務に聞いてみた。
「いえ、そんなことは。先日納入した機械も順調に動いているということで喜んでいただいていますし」
「じゃぁ、一体どうして?」
 ファックスにはその詳細は書かれていない。まずは事実を確認しないと。専務にその確認を指示する。私は同時に現場に出て、作業員に何か心あたりがないかを聞いて回ることにした。すると、意外な事実が発覚した。
「あぁ、あの工場ですね。なんか業績がいまいちだって、先日機械を納入した時に現場の人が愚痴をこぼしてたっすよ」
 なんと、そんなことが起きていたとは。ひょっとしたら取引停止というのはうちの機械が高いからなのか? なんにしてももっと事実を確認しないと。まずは専務からの報告を待つことにした。
「社長、わかりましたよ」
 しばらくして専務が青い顔をして部屋に飛び込んできた。
「ど、どうだったんだ?」
「あの工場、どうやら業績不振で本社から業務の縮小計画を出されていたようです。さらに、そのために本社からの指導員が入ったらしくて。今問答無用に無駄なコストを削減するということで、取引先の縮小と見直しが行われているとのことです」
 知らなかった。いつの間にそんなことになっていたのか。確かに、今業界は業績不振の波に襲われている。けれど、私たちはお客様に喜ばれる、質の高い機械を開発、製造していくことを信条としている。
 そのため、確かに製造コストは高くなってしまう。が、故障率は低いし、メンテナンス体勢もしっかりしている。そのため、長い目で見たトータルコストは安くなっていると評価をいただいていたのだが。
「やはり本社の方には購入時のコストだけで比較されてしまうようですね。社長、どうしましょうか?」
「そうだな、まずは先方の工場長と、本社の方に会いに行こう」
 早速アポを取ってもらい、私はその工場へと赴くことになった。着いて早々、私が目にしたのは数名の人だかり。どうやら私たちと同じような感じで通達をもらった企業が押しかけてきていたようだ。
「皆さん、落ち着いてください。説明会の準備を行いますので今しばらくお待ち下さい」
 いつも愛想の良い工場長が悲痛な顔でそうみんなに伝えている。けれど中には野次を飛ばす人もいる。工場長は右往左往してその対応に負われている。肝心の本社の人間とやらは姿を見せていない。
「社長、どうしましょうか?」
「そうだな、説明会のスケジュールを聞いて一度退散しよう。ここであわてても仕方ない」
 そのつもりで私は工場長のところに言ってみた。すると工場長、私の顔を見るなり頭を下げて謝り始めたではないか。
「島原さん、すいません。私は反対したのですが……どうしても本社側が強行的な取引先のリストラを敢行してしまって。本当にすいません」
 今回工場長は本社と私たち取引先との板挟みにあっているようだ。しかし、その方法がベストとはとても思えない。目の前のことに意識を取られて長い目で見た時のデメリットに目を向けていない。けれど、それをいくら言っても、本社の決定に逆らえないのが工場長の立場なのだろう。
 説明会は明日の午後一時から開催されるとのこと。おかげで私の頭の中からドリプラはどこかへ消えてしまった。
 そして説明会。今回取引停止の通告をもらった会社がずらりと揃っている。そこでようやく本社の人間が登場した。ちょっと冷たい目線で私たちを見る。あまり好きになれないタイプだな。
「では我が社の現状からお話します」
 そこでつきつけられた数字。今の時代、大手の電機メーカーですら大きな赤字を出す時代。その関連であるこの会社も大きな痛手を被っている。今回、取引先だけではなく大幅な人員リストラも行うとこのと。生き残りをかけた措置として、関連取引会社をなるべく絞って、そこに大量発注することで購入コストを削減するという措置をとっている。
 そのため、昔から取引のある我々のような地元の中小企業は強制的に排除されることになったらしい。
「でも、いきなりこの通達はないでしょう」
 参加者の一人が、我々に送られてきたものとおなじファックスを手にそう叫んだ。心の中は同じだ。
「私たちも存続して行かないといけないのです。そのための企業努力だと思ってください」
 本社の人間は冷酷にそう返事。その言葉に対して野次も飛ぶ。が、それには全く動じていない。それどころか、こんな言葉も。
「あなた達こそ、自分の足元を見なおさないといけないのでは? この中には社長業をほったらかして、自分の立てたイベント企画にご執心の方もいらっしゃるようですが」
 あえて名前は出していないが、私のことを指しているのは間違いない。地元の経営者の中でも、私の活動はいろいろと言われているからな。けれど、多くは好意的な言葉であるのだが。この本社の人のお気には召さなかったようだ。

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