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コーチ物語 クライアント22「悪魔の囁き」その5

「それぞれの左上にK,P,Tと書きます」
 羽賀さんは左上のマスにK、そのしたのマスにP、そして右側の一番広いマスにTと書いた。
「KはKeep、保つという意味ですが、ここにはやってみてよかったことやできたことを書いていきます。PはProblem、ここは問題点やできなかったことが入ります」
 なるほど、とうなずきながら羽賀さんの話を聴く。三村くんも斉木も羽賀さんの言葉に耳を傾けている。
「そして最後、このTはTry。ここにはKとPの欄に書いたことを元に、次にやるべきことが入ります。良かったことを更に良くするためには、できなかったことを改善するためには、といった観点で意見を出し合います」
「なるほど、そうやって整理すればわかりやすいですね。社長、これは早速取り入れましょう」
 三村くんの目つきがかわった。さすが、次を任せられる人材だけある。
「さらにこれをやるための時間配分というのもあります。原則として面積比と同じ、1:1:2の時間配分でやるといいです。まぁ経験的には5分:5分:10分くらいで意見を出しあうといいですよ」
「あ、それで二十分もあれば終わるって言っていたんですね」
「はい、それと注意点があります。Kの意見を出し合うときにはKに集中してください。PやTに先走らないように。PをやるときもTに先走らないように。ただし、Pをやっている時にKを思いついたら書き足して結構です。これはTの時も同じです」
「なるほど、先走りNG、後戻りOKって感じですね」
「斉木さん、いいこと言いますね。まさにその通りです」
 めずらしく斉木がうまい言葉を発してくれた。それだけこのKPTというやり方に関心を持ってくれているのだろう。
「ではさっそくやってみましょう。今回は皆さんの意見を私がこの紙に書いていきますが、付箋紙を使って各自が書いたものを貼っていくやり方でもいいですよ」
 早速羽賀さんの誘導で、昨日の仕事に対しての反省会を始めることに。まずはK、良かったことやうまくいったことから出しあう事に。けれどいざ言えとなるとなかなか言葉が思いつかない。そんなとき、また意外にも斉木がこんな意見を最初に発してくれた。
「はい、今回は三村くんがうまくリーダーシップを取ってくれて仕事を進めたんじゃないかと思います」
「三村さんがリーダーシップを取って仕事を進めた、ですね」
 羽賀さんは斉木の言葉を復唱して紙に書き落とした。これをきっかけにいろいろと良かった点を出し合えるようになった。私が出したのは、納期に間に合わせることができた、失敗はしたが挽回はできた、仕事の出来は上々だった、の三つ。その他にも三村くんが三つ、なんと斉木は五つも出してくれた。
「では時間ですので、次はP、上手くいかなかった点を出してください」
 これについては反省がたくさんある。私が早速手を上げて発表しようとした時、これを遮るように三村くんが先に発言を始めてしまった。
「はい、規格の確認を怠った、です。これで迷惑をかけてしましたから。本当にすいませんでした」
 深々と頭を下げる三村くん。だが羽賀さんは意外にもそれを軽く受け流すように復唱して次の意見を求めた。これはどうしてだろう。そう思いつつも私は次の意見の発言を行った。
「はい、三村くんに全てを任せすぎて確認を怠った、です。この件は私も確認不足でした。いや、ちゃんとした教育をやっていなかったせいですね」
「なるほど、まずは確認を怠った、そして教育をちゃんとやっていなかった。その二点でよろしいですか?」
「え、えぇ」
 またもや羽賀さんは私の発言を軽く受け流すように復唱。そして次の意見を求めた。このときわかった。私の発言そのものを深く追求されると、私は自己嫌悪に陥るところだったろう。だが、羽賀さんが一度私の言葉を受け止め、それを書き落とし、次に進んでくれたことですぐに別のことに意識を向けられる。つまり自己嫌悪に陥ることなく前向きに物事を捉えられるのだ。
 そうか、ここで自分の行ったことを深く追求されると、私自身が責められた気持ちになる。問題は人ではない、仕組みができていなかったことにあるのだから。だったら次のTのところでその改善点を意見すればいいだけなのだから。
 このとき気づいた。私の中の悪魔の言葉「だけどなぁ」。これ私自身が責められたくなくて言い訳をしていた言葉だったのだ。悪魔の正体はだれでもない、私自身じゃないか。言い逃れをしたくて出していた言葉だったんだ。
「社長、他になにか意見ないっすか?」
 斉木のその言葉でふと我に返った。そうだった、今はKPTをやっているんだった。
「じゃぁ、もう一つ、お昼に食べた弁当はちょっと量が少なかった。おかげで夕方お腹空いたからなぁ」
 場は笑いに包まれた。けれど、こういうちょっとしたこともきちんと出しあっておかないと、あとから社員の不満に変わったりするからな。
 そうして気がつくと、あっという間の二十分が過ぎていた。目の前のA3用紙には意見がびっしり書かれている。特に最後のT。ここでお互いに今後気をつけなければならない項目がたくさん出ている。
「あとはこのTを元に、次に同じようなことがあったときに何に気をつけなければいけないかを考えて計画すること。これが大事です。また、各自が気をつけること、みんなで共通して気をつけることなどにも振り分けられますね。これをぜひ分類して活用してみてください」
 羽賀さんにいいツールを教えてもらった。このとき頭のなかにひらめいた。PTAの役員会や行事が終わった後の反省会。ここにこのKPTが使えるじゃないか。今までは反省会と称した飲み会しかやっていなかった。だから去年の行事の反省がきちんとできておらず、計画をたてる段階で喧々諤々していたのだ。
 このKPTを真面目に二十分くらいやってから飲み会をしても問題ないんじゃないか。早速それを取り入れてみよう。ということは……
「よし、決めた!」
「えっ、社長、何をですか?」
 私が突然そう叫んだものだから、みんなびっくり。私は今の思いを忘れないうちに口にすることにした。
「実はな、来年度の小学校のPTA会長、その打診がきていたんだ。けれどこれをやると仕事もちょっと落ち着かなくなるから迷っていたんだが。でも決めた。このKPTをうまく活用すれば、PTA会長の仕事もうまく回りそうな気がする。さらにこの会社も三村くんと斉木に仕事を任せて行けそうな気がするんだよ。だから決めた。PTA会長を引き受けてみる!」
 一瞬の間を空けて、羽賀さんが拍手。それに続いて三村くんと斉木も私に拍手をくれた。
 このとき、私の中の悪魔が姿を消していたことにあとで気づいた。「だけどなぁ」という気持ち、それがどこかに吹き飛んでいたのだ。
「いやぁ、羽賀さん、今回は良い指導をありがとうございます。でも、こういう指導って本当はお金がかかるんじゃないですか?」
「あはは、これってボクの悪い癖なんですよね。つい余計なおせっかいをしちゃって。だからミクに怒られるんだよなぁ」
「その話、この前もしましたよね。よし、じゃぁこうしましょう。羽賀さんのところで看板とか必要だったら言ってください。今回の指導料としてサービスして作らせてもらいますよ」

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