見出し画像

コーチ物語 クライアント27「見えない糸、見えない意図」その4

 第一回目のレクチャーが終わって、今日もみずきと夕食。今回は給料日前なのもあって、安めの定食屋さんに行った。
「みずき、ミクってなんか厳しい性格してるよね。ひょっとしてSなのかな?」
「あはは、真澄がまじめに講義を聞かないからでしょ」
「だって、なんだか思っていたのと違うんだもん」
「真澄はどんなふうにコーチングを教えてくれると思っていたの?」
「どんなふうにって……」
 みずきから言われて、それすら頭のなかに描いていなかったことに気づいた。そもそもコーチングってなんなのか、よくわからないままミクからレクチャーを受けているからなぁ。
「だからまず、コーチングってなんなのかを知っておかないとダメなのよ。退屈に思えても、こういう理論的なことはしっかりと分かっておかなきゃダメじゃない」
 みずきに返す言葉がない。確かにその通りなんだけど。でも私って今まで感性で生きてきたようなところがあるからなぁ。ああいった答えの決まっているようなテストって苦手なのよね。特に暗記モノとかはダメ。
「で、来週テストされるんでしょ」
「うん」
「じゃぁ、早速コーチングの本でも買って勉強しなきゃ」
「うん、そうする」
 そうする、としか返事できなかった。とにかく頑張って人の心が読めるようにならなきゃ。
 帰り道、遅くまで開いている本屋に行って、みずきとわかりやすそうなコーチングの本をみつけて買ってみた。マンガとか絵がたくさん載ってるから、私向きかも。
 この日から読書三昧の日が続いた。買ってきた本はわかりやすいんだけど、私の頭の構造からするとすぐにどこかに飛んでいってしまう。みずきに問題を出してもらうけれど、なんとなくは覚えていてもちゃんとした答えが出てこない。
「んとに、真澄はやる気あるの?」
「やる気はあるのよ。ちゃんと本も読んでるし。なんとなくは覚えているんだけど、ちゃんとした語句が出てこなくてさぁ」
「テストは明日だよ。ホントに、こんな友達持つと苦労するわ」
「そんなこと言わずに、ね、もうちょっとつきあって」
 で、結局その日は夜遅くまで私の部屋でコーチングについての勉強。そのおかげでなんとなくコーチングっていうのがわかってきた。
 明けて翌日、この日は仕事もそこそこにコーチングの本を読み返す時間ばかりになってしまった。といってもちゃんと仕事はこなさないと怒られる。だから、いつもよりテキパキ仕事をこなして、隠れて本を読む時間をつくることに。
 おかげで終わりの時間には課長から
「今日の真澄くんはいつもと違うねぇ。いつもこんな感じで仕事をしてくれたら、私も怒らずに済むんだけどなぁ」
と、ちょっと皮肉めいたことを言われてしまった。このときは愛想笑いしておいたけれど。でも確かにいつもの仕事量をこなしながらも、本を読む時間をつくれたんだから。ってことは今まで仕事にどれだけ時間使ってたのよってことにあらためて気づいてしまった。
 そして就業後、みずきと一緒に羽賀さんの事務所へ。さぁ、いよいよコーチングの理解度テストだ。
「さて、真澄さん。今日は早速コーチングのテストをやるからね」
 年下なのにやたらと厳しいミク先生。一体どんな試験問題が出されるのだろうか?
 渡されたプリントを見る。そして問題を読む。
「えっ!?」
「真澄さん、どうしたかな?」
「理解度テストって、問題はこれだけ?」
「うん、そうだよ。早速やってみてね」
 その問題用紙に書かれていた言葉はたったこれだけ。
『コーチングを自分の言葉で伝えてください』
 もっと穴埋め問題とか選択問題とか出されるんじゃないかと思っていたけれど。でもこの問題、シンプルだけどとても答えるのは難しい。自分の言葉でって、本で読んだことをうまくまとめればいいんだよね。
「えっと……」
 いざ書こうと思うと、なかなか最初の言葉が浮かんでこない。なんとなくニュアンス的には言えるんだけど。うーん、なんて書けばいいの?
「なかなか困っているみたいね。じゃぁちょっとだけお手伝いしてあげる。文章を書こうと思わずに、ひらめいた単語を書き出してみて。あとはそれをうまくつなげて文章にすればいいから」
 ミクに言われた通り、私は頭のなかにひらめいた単語を書き出してみた。聴く、認める、質問、コミュニケーション、やる気……。そしてそれらをいくつか組み合わせて文にしてみる。なんだかパズルゲームみたい。私ってこういうのは好きなのよね。
 で、試行錯誤して完成した言葉がこれ。
『コーチングとは相手の話を聴いたり、認めたり、質問をすることで自分で答えを出してもらうコミュニケーションの技術です。その結果、相手が自分で出した答えに対してやる気を出して行動をサポートすることでもあります』
 解答を提出して、ミクの反応をじっと見る。ミクは私の解答にじっと目を通す。その間の時間がとても長く感じられる。
 ミクが解答用紙から目を離す。するとそこでにっこり微笑む。
「真澄さん、バッチリ! コーチングがなんなのか、しっかりわかったじゃない。すごい!」
 えへへ、褒められるとやっぱりうれしいな。あ、これがコーチングなのか。そのときわかった。ミクは私に対して、コーチングを理解させるためのコーチングをしたってことなんだ。自分の言葉で語るってとても大事なことなんだな。そのことをミクに伝えてみる。
「あはは、わかっちゃった。正直、よほど変な的外れの答えじゃない限り、ここは正解なんだよね。自分で見つけ出した自分の答え。そこに対して自信を持ってもらうこと。ここをわかって欲しかったの」
「うん、ミクのお陰でコーチングってなんなのかわかってきた。それにこのために本を買って勉強もしたからなぁ」
「へぇ、どんな本を買ったの?」
「これこれ」
 私は買ってきた本をミクに見せて、どれだけ勉強したかを語ってみた。語れば語るほど、自分がやってきたことが実はすごいことなんだって感じがしてきて。ますますコーチングを勉強したくなってきた。
「じゃぁ、この本である程度の知識はわかったみたいだから。早速実践をやってみましょう」
「やったー!」
 これから一体、何が行われるかもわからないけれど。でも、これから行われることが私にとって大きなものになる期待が高まってきた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?