見出し画像

コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第五章 過去、そして未来 その4

 その後、僕は大柄な二人の男に連れられて、ロイヤルホテルのスイートルームへ軟禁されることになった。
 外部への連絡はもちろん一切禁止。携帯電話も取られてしまった。果たしていつになったら佐伯孝蔵に会うことができるのだろうか。
 部屋では何もやることはない。テレビを見るくらいか。ボクは普段テレビを見ないから、特に面白いとは思わないのだが。せめてインターネットでも出来ればとお願いをしたが、それは外部への連絡が可能になるということで却下された。
「じゃぁ、本を買ってきてくれないかな。どうせだから小説がいいな。なんか今流行のものってないかな?」
 ボクは割と世間には疎い。なにしろ株と佐伯孝蔵のことしか頭にはなかったからな。
 大柄な男の一人が、ボクのお願いを聞いて本を買ってきてくれることになった。この男、筋肉質でサングラスを掛けていて、テレビで見るSPみたいな感じ。もう一人の残った男はちょっと痩せていてメガネをかけていて、知的な感じがする。
 どちらもボクからの質問に、ハイかイイエで答える程度で無口を通している。そういうふうに訓練されているんだろうな。
 特にやることもないので、一人では豪華すぎるベッドに横たわる。かといって寝るわけではない。この先の展開をシミュレーションしてみるのだ。
 佐伯孝蔵に会うことができたら、まずは何を聞こうか。やはり十五年前の事故のときに、ボクの父に何を命令したのか。さらには父はどんな人物だったのか。そこを聞いてみたい。
 でも、佐伯孝蔵は何をしたくてこんなことを行っているのだろうか。十五年前にしろ今回にしろ、自分の力を国に誇示したいため。たったそれだけのために多くの犠牲者を出すような事故を引き起こすほどの人物なのだろうか。
 大物の心理は、ボクらのような一般庶民にはわからないのかな。だからこそ、ボクは佐伯孝蔵の考え方に近づきたいのだ。大物は常にどんなことを思い、どんなことを考え、そしてどんな判断をくだすのか。そこを知りたい。
 そうしていると、筋肉質の男が帰ってきた。無言でポンと本をベッドに置く。
「ありがとう」
 そう言って本をめくろうとしたとき、その男になんだか違和感を感じた。
「あれ、あいつあんなんだったっけ?」
 ちょっと首をかしげたが、まぁ気にしないでおこう。そうしてボクは本をぱらりとめくった。とそのとき、一枚のメモ用紙がはらりとベッドの上に落ちた。
「なんだ、これ?」
 そのメモ用紙を手に取る。そこには短い言葉でこんな走り書きがしてあった。
「すぐそばでみている」
 すぐそばで見ているって、一体どういうことだ?
 その言葉の意味がわからず、ボクは何気なくスイートルームのキッチンのある部屋へと足を運んだ。少しのどが乾いたからだ。
「あ、飲みますか?」
 入り口に門番のように立っている先ほどの男に声をかけた。あれ、もう一人の男は?
 そう思っていると、珍しく男がボクの言葉にちゃんとした言葉で応えてくれた。
「そうだな、どうせならビールが欲しいところだが。まぁコーラでガマンしておくか」
「あ、あぁ、コーラだね」
 ボクのほうがとまどっていると、その男がボクの方へと足を運んできた。
「メモのとおりだ、安心しろ」
 そういうと、ボクが手にしたコーラの缶をとりあげ、豪快に飲み干してしまった。この行動にはあぜんとしてしまった。
「メモの通りって………あ、あんた、最初の男じゃない。おい、あの男はどうしたんだ?」
 そう、今ドアのところに立っている男は、最初にボクを連れてきた筋肉質の男とは違う。背格好や見た目は似ているが、どことなく雰囲気が違うと思ったんだ。
「あの男は、たぶんどっかでくたばってるよ。ついでにもう一人の男も、風呂場でのびてるけどな」
「あんた、一体何者なんだ?」
「心配するな。羽賀コーチから頼まれた男だ。ジンって呼んでくれ」
「心配するなって………あの二人の男をそんな風にして、本当に大丈夫なのか?」
「なぁに、なるようになるって。それより、お前さん一体何をしでかそうとしているんだ? あの佐伯孝蔵に会おうなんて」
「そんなの、ボクの勝手だろう?」
「そうもいかねぇ。今回一連の事件で三人も犠牲者が出てるんだ。それだけじゃねぇ、この前の飛行機事故だって、そして十五年前の事故もそうだ。オレたちは遊びでこんなことをやってるんじゃねぇ。そんな中でお前さんに勝手に行動されちゃ困るんだよ」
 ジンという男は、ボクをギロッと睨んでそう言った。ボクもさすがにそれ以上反論は出来なかった。
「ともかく、オレは今回おまえさんの護衛を頼まれたんだ。逃げ出すんなら今だぜ。そのほうがオレもめんどくさくなくていいんだけどな」
「逃げ出すなんてとんでもない。あと一歩で佐伯孝蔵に近づけるのに」
「まぁいい。だがよ、おまえさんが十五年前の事故の実行犯の息子だからって、佐伯孝蔵がどれだけ特別扱いしてくれるか、わかんねぇぞ」
「特別扱いなんて考えてないですよ。そんなの、過去の話じゃないですか。ボクがつくりたいのは自分の輝かしい未来なんです。そのためにも、佐伯孝蔵に近づいて彼の考え方を知らないと」
「ふん、まぁお前さんの狙いがどうであれ、無事に家に帰ってもらうのがオレの仕事だからな」
 そういえばさっきからこのジンという男は、仕事としてボクのそばに付いてくれているということだったが。羽賀さんに頼まれたとしても、ボクは羽賀さんに仕事の依頼をしたわけじゃない。ではこのジンという男はどこから報酬をもらうことになるのだろう?
 それに、このジンはボクの情報を結構知っているようだ。まぁ羽賀さんから聞いたのだとは思うが。それにしても詳しすぎる。
 そんな感じで一日目の夜を迎え、そして朝になった。その日、ジンはソファで横になっていたようだが。ボクが起きたときにはジンの姿はなかった。
「あれ、どこに行ったんだ? そういえば風呂場で伸びていた男の姿もないけど」
 そう思ったとき、ジンが戻ってきた。
「どこに行ってたんですか?」
「あぁ、ちょいと粗大ごみを捨てにね」
 ジンはそう言うと、冷蔵庫の中から勝手に飲み物を出し、テーブルに飾ってあるフルーツの中からりんごを取ってかじり始めた。
「のんきなもんだな」
 ボクも、冷蔵庫にある飲み物を出し、テーブルの上に並んでいるフルーツの中からバナナを手に取り口に入れた。
 そのとき、ジンが持っている携帯電話が鳴り響いた。
「おっ、やっとおいでなすった」
 ジンはニヤリと笑い、その携帯に出た。
「はい………はい………はい………わかりました」
 口数少なく、その電話に応答するジン。そして
「いよいよ出番だぜ。あと一時間ほどで迎えにくるんだってよ。さぁて、最後の忠告だ。逃げ出すなら今だぜ。どうする?」
「どうするも何も、この瞬間を待っていたんだから。逃げるわけないだろう」
 ボクは待ってましたとばかりに意欲を見せた。
「しゃぁねぇな。じゃぁつきあえるところまでつきあってやるか」
 ジンはそう言うと、どこかへ電話をかけ始めた。
「さぁて、これからどうなるのかな」
 不安は多い。が、これで佐伯孝蔵に近づけると思うと期待も高まる。なんだかワクワクしてくるな。
「おい」
 ジンはボクに向かってぶっきらぼうにそう言ってきた。
「はい、なんですか?」
「お前さんに仕掛けた発信機と盗聴器、こいつを出しな。念のため電池を交換しておくから」
 ジンにそう言われて、ボクはジャケットに仕込んだ発信機と盗聴器を取ってジンに渡した。
 が、ジンはそれを見て妙な顔をする。
「おい、これ、羽賀さんから仕掛けてもらったものだよな?」
「えぇ、そうですが………」
 ジンはしばらくその装置を観察すると………バキッ。
 なんと、その装置をたたきつぶしてしまった。そして慌ててボクにこう言う。
「おい、今すぐここを抜けだすぞ。オレたちの行動はやつらに筒抜けだ!」
「えっ、どういうことですか?」
「この盗聴器、羽賀さんが仕掛けたものじゃない。どこかですり替えられている。ちっ、今までの会話は奴らにバレバレかっ」
 ボクの顔も一気に青ざめてしまった。そのとき、部屋のドアの外がにわかに騒がしくなった。
「くそっ、遅かったか」
 ジンは何かを覚悟したのか、その時を待つかのようにドアの前で仁王立ちをした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?