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コーチ物語 クライアント21「夢を語る男」その3

「ドリプラ、ですか?」
「ドリプラをやるのに、どうしてもコーチングの力が必要なんだよ。プレゼンターの思いを形にするのに、半年間かけて練りあげていくんだ。それをするのに支援者がプレゼンターを支援するのだけど。ここでコーチングをやって欲しいいんだよ」
 私はヒロキさんに思わず熱心に語ってしまった。
 ヒロキさんも羽賀さんと同じく、プロのコーチとして活動を行なっている。が、まだその活動を始めたばかり。私としてもヒロキさんをサポートしてあげたいとは思っている。
 今回、このドリプラに関わってもらうことで、多くの人にヒロキさんを認知させてあげる事も可能だと思っている。そのためにも、ぜひ彼に力を貸して欲しい。
「わかりました。まずはどういうことから始めるのですか?」
 そう尋ねられて、まだ何から手を付ければいいのか全然イメージできていないことに気づいた。とりあえず思いついたことを口にしてみる。
「まずは日程計画をたてて、実行委員を組織して、プレゼンターを募集して…」
 次から次に私の頭の中でドリプラが出来上がっていく過程が思い描けてきた。これがコーチングの効果なんだよな。喋ればしゃべるほど、頭の中が整理されていく感じがする。
 ヒロキさんは私が喋ったことを紙に書き落としてくれる。こうすることで、自分の言葉だけでなく目でも何をしたいのかが確認できる。
 おかげで私の頭の中は、今年行うドリプラの域を超え、5年後、いや10年後のドリプラの姿まで思い描くことができていた。やる気がさらにみなぎってくる。よし、いけるぞ。
 ヒロキさんがおおまかなスケジュールを書きだしてくれた。まずはそのための会場を押さえなければ。
「とにかく会場を抑えよう。今が一月だから、十月くらいに開催することとして…」
 候補日は決まった。早速この足で会場押さえに走ることに。
 場所はこの市でも一番大きな文化交流センター。千五百人は収容できる。私の頭の中では、この会場が満員になって熱気にあふれている光景でいっぱいだ。
 だがそんな私たちに早速の試練が待ち受けていた。
「その日ですね。えぇっと……十月、十一月ともに土曜日はすでに予約が入っていますね。この時期、地元の中学、高校の吹奏楽の定期演奏会が多いですからね」
 ヒロキさんと顔を見合わせる。ヒロキさん、どうしますか、という意味を目で合図してくるのがわかる。
「じゃぁ、十二月は?」
「うぅん…二十二日なら空いていますが」
 ここは即断即決。迷わない。
「じゃぁ、そこでお願いします」
 ヒロキさんが目を丸くしている。あまりにも私の決定が早かったからだ。これも羽賀さんのコーチングで培った判断力だな。
 私は以前は、自分でも優柔不断だと思っていた。というより、何かを判断するときにいろいろな情報を集めて、その上で最良の判断を下したいと思っていたからだ。
 そのため、一つのことを決めるのにもとにかく時間をかけて熟考していた。が、それが実は逆効果であることを思い知らされた。
 ある仕事を取りに行こうと思った時に、仕事先の相手のことを下調べして、さらに採算がとれるような見積りをきちんと組み立てさせた。最終的な金額を決めるときに、私はいくつものシミュレーションをして時間をかけてこれだというものを作成した。
 しかし、これが相手にとってはどうでもいいことだった。欲しかったのはすぐの見積額。あまりにもうちの返事が遅いものだから、別会社にも見積りを発注させ、そちらの方で決めてしまったという返事をもらった。
 このあとに羽賀さんのコーチングを受け、このエピソードを語った。すると羽賀さんからこんな質問が飛び出した。
「島原さん、その迷っている姿を社員の立場として見た時に、どう感じますか?」
 このとき思い知らされた。社員は社長が迷っていると不安に陥る。本当に大丈夫なのだろうか、と。その結果とれた仕事も、きっと不安を抱えたまま取り組むことになる。
 けれど、思い切った判断をすぐに行えば。その決断に社員はついてくる。行き当たりばったりの判断では困るが、それなりの裏付けと自信があればどんなことでもやっていける。トップたるもの、その姿を見せないといけない。
 それ以降、私は即断即決を心がけるようになった。最初の頃は迷うことも多かったが、その都度羽賀さんに支えられ、今では昔では考えられないほどのスピードで決断を下すようになった。そのおかげで、会社の方もスピーディーに仕事が回りだした。
 今回もこの決断が生きたようだ。
「島原さん、やりましょう。この会場をいっぱいに埋め尽くせるようにがんばりましょう!」
 ヒロキさんは私についてきてくれる。よし、これからがスタートだ。
 役割分担として、ヒロキさんは内部の事務的なことを主に行なってくれることになった。私は外部へのアピールや情報収集。ドリプラの世界大会だけでなく、他の地域のドリプラにも参加して実行委員の方々と知り合いになる。そして情報を得て最良のドリプラを描く。それを形にしていくという具合にスタートした。
 その段階で私は早速羽賀さんに相談を持ちかけた。
「まだ認知が薄いドリプラを、どうやったら多くの人に知ってもらえますかね?」
 これは相談と言いながらも、実は自問自答であることはわかっている。なぜなら、コーチングは自分で答を出すものであるから。案の定、羽賀さんからはこんなふうに切り返された。
「島原さんが今まで知らなかった情報はどうやって得ていましたか?」
 腕を組んでじっと考える。
「そうですね……新聞、インターネット、メール、あとは知り合いからの口コミ情報……私は自分からインターネットで調べるってあまりやりませんから。多くは周りから耳に入ってくる情報ですね」
「なるほど。どちらかというとアナログ的な方法で知ることが多いんですね。じゃぁドリプラに当てはめると?」
「そうですね……やはり人、ですね。でも、その媒体となるべき人をまず集めることから始めないと」
「そういう人たちは思いつきませんか?」
「いなくはないですね。私もいろいろな経営の勉強会に参加したり、業界の会合に参加していますから。そこで話をすれば。でも、私だけの方法じゃなんだかこころもとないですね」
「というと、デジタル的な方法もってことですか?」
「はい、今はインターネットの時代ですから。そこも使えれば」
「それ、出来る人が身近にいるじゃないですか」
 言われて考えた。誰だ? あ、そうか、この人に任せればいいんだ!
 ヒロキさんがIT関連に強いことをすっかり忘れていた。早速ヒロキさんにこの事を話し、SNSを通じて説明会を開くことを告知した。
 さぁて、これからどう展開していくのか。ドキドキである。

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