コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その7
「こんばんはー」
羽賀とコジローはとぼけた表情で扉を開けてのっそりと登場。
「な、なんだてめぇらは?」
「は、羽賀さん」
驚いたのは小笠原議員の方であった。だが驚きはすぐに喜びと期待の表情へと変わっていった。
「てめぇ、正義の味方のつもりか?」
右翼の幹部がサングラスをはずしながらゆっくりと二人に近づいてくる。その眼力で脅しをかけているつもりなのだろう。だが羽賀とコジローはそれに微動だにせず、むしろにこやかな顔をしている。
「悪いが、今あんたの方が不利な状況にあるんだよ。あんた以外の三人はもうつかいものにならないようだしね」
コジローは後ろ手に外を指差してそう言った。さらに羽賀が追い打ちをかけるように幹部の男にこう伝えた。
「それともうじき警察もここに来るよ。誘拐って結構罪が大きいらしいね。果たして何年入ることになるのかなー」
「ち、ちっくしょう……」
幹部の男は冷や汗をかいている。だがここで何かを思い出したのか、急に安堵の表情へと変わった。
「へ、下手な脅しをしても無駄だぜ。こっちにも強い味方がいるんだからな」
「強い味方、ですか。たぶん相志党の議員さんのことかな。政治家の力って強いからねぇ」
「て、てめぇ。なんでそれを……」
コジローの言葉にたじろぐ男。
「あんた、まだまだ度胸がすわってないね。カマかけたらビンゴだよ。まぁちょっと考えればわかることだがね。第二政党の友民党の議員がじゃまになるといったら、当然疑うのは第一政党である相志党でしょう。それにあんたらの直接のスポンサーである県の教育委員長は相志党の川崎幹事長とお友達だからね。そのくらいのことは簡単に推測できるよ」
「そ、そうだったんですか……」
コジローの言葉にまたまた一番驚いたのは小笠原議員であった。
「つまり、次期選挙での議席を奪われたくない相志党は小笠原つぶしにかかったってわけか。さらに教育委員長に泣きつかれた川崎幹事長があんたらを動かしたってことか。あの人はあっち系の人ともおつきあいがあるって聞いてるしね。顔の広い人だ」
羽賀は頬に人差し指を当てて傷をつける仕草をした。羽賀の言うあっち系とは暴力団のことを指している。
「さぁ、このスキャンダルが明るみに出たら、一番困るのは誰かなぁ? もしあんたらのメインスポンサーに迷惑をかけることになったら、一番困るのはあんたじゃないのかな?」
「ちっ、お、脅しをかけようってのかよ……」
男は少しずつ後ずさりをする。それとともに羽賀とコジローは一歩ずつ男に近づく。
「さ、どうしますか?」
羽賀のこの一言で、男はダッシュで二人の間を駆け抜け、玄関の扉を開いて外に逃げ出した。
「まったく、気の弱い男だねぇ」
「そうですね。で、コジローさん、あの男どうします?」
「まぁあの程度の男なら放っておいても害はないでしょう。いずれにしても失敗したんだから、制裁は勝手に降りるでしょうしね。それよりも大丈夫でしたか?」
コジローは小笠原議員へ駆け寄る。羽賀は縛られていた小笠原議員の孫を開放する。
「おばあちゃん!」
今までずっと我慢していたのだろう。縄を解かれるとすぐに小笠原議員に抱きつき、そして大声で泣き出した。
「ありがとうございます。羽賀さん、本当にありがとうございます」
小笠原議員は何度も二人にお礼を述べる。そこにいるのは政治家の小笠原議員ではなく、孫を愛する一人の人間、小笠原真紀子であった。
「いやぁ、今回はこちらのコジローさんがいなければこんなにうまくいきませんでしたよ」
「コジローさん……というと、あなたがあの裏ファシリテーターの……」
「はい。あなたから依頼を受けたから、ここにやって参りました」
「裏ファシリテーターって、じゃぁあなたがそうだったんですか。どうりで政治の裏側にまでお詳しいと思った」
羽賀も裏ファシリテーターの存在は知っていた。が、さすがにその正体までは知らなかったようだ。
「ははは、私は意外にも有名人だったようだな。それよりも小笠原さん、これからが私の本当の仕事になりそうですね。今回のことで相志党の小笠原つぶしはさらに激化すると予想されます。それをどのように解決するか。これが今回の私のミッションととらえてよろしいですね」
「えぇ、お願いします。もう娘夫婦にこれ以上負担をかけたくないのです。けれど私の唱える教育改革の手をゆるめるわけにもいきません。ぜひお願いいたします」
「では私のファシリテーションを行う前に一つだけ条件があります」
コジローは羽賀の方を向いてこう言った。
「羽賀さん、まずはあなたのコーチングで小笠原議員の唱える教育改革について、一番よい提案を導いてくれませんか」
「もちろん、喜んで。そのつもりで今回小笠原さんの依頼を受けるつもりでしたからね」
「小笠原さん、これが条件だ。まずあなたの唱える教育改革、それについて羽賀さんのコーチングでしっかりと見直しをかけてもらいたい。よろしいかな?」
「はい。羽賀さん、よろしくお願いします」
「よし、お腹も空いたことだし。そろそろ帰るとしますか」
羽賀はそう言うと大きく背伸び。これで事態は一件落着。
「で、あいつらはどうなったんだよ?」
「あひふらへすね、あわへへどっかにいひゃいまひたよ」
「羽賀ぁ、食うかしゃべるかどっちかにしてくれよ」
「ひかたないへしょ、おなかへっへるんへすから」
「何言ってんだかわかりゃしねぇ……」
あれからすぐに羽賀は竹井警部の待つ警察署へと足を運んだ。ここまでのいきさつを説明するためだ。で、竹井警部と会うとすぐにカツ丼を要求。早速届いたカツ丼をめいっぱいほおばりながら竹井警部の質問に答えていたのだ。
「あーおいしかった。ごちそうさま」
「で、小笠原議員のお孫さんが無事保護されたのはわかったわ。右翼の連中はどうしたんだ?」
「さぁ、あいつらあわててどっかに行っちゃいましたから。おそらく戻ってるんじゃないですか?」
「さっき問い合わせたらその形跡がねぇっていうんだよなぁ。おまけに街宣車もどこかに消えちまってるし」
「じゃぁ、ほとぼりがさめるまで雲隠れしてるんでしょ。今回の件、実行犯であるあの連中を捕まえたところで何の意味もありませんしね」
「そりゃどうしてだ?」
「クサイものは元から断たなきゃダメってことです。まぁそれについては私とコジローさんでうまくやりますよ」
「コジロー? 誰だ、そいつは」
「ボクの新しいお友達です。あの人のスケールはでっかいですよ。ボクたちの枠では考えられない人たちを相手にしていますからね」
「なんだかよくわからねぇが……それよりカツ丼代、払って行けよ」
「えぇっ、竹井警部のおごりじゃないんですか?」
「おめぇなぁ、取り調べでも公費は使えねぇの。それに公務員の小遣いだって結構きびしいんだからよ」
「その割にはしょっちゅう飲みに行ってるくせに。はっちゃんから聞いてますよ。最近竹井警部の料理に対しての注文が厳しいって」
「あれはだなぁ、客としてのアドバイスだよ」
羽賀にかかれば、強面のブルドッグ顔の竹井警部も形なしである。それだけ竹井警部が羽賀を信頼しているということでもあるのだが。
「小笠原議員も今回のことについては被害届を出さないつもりですって。事件にしてマスコミに下手に叩かれると、思ったような動きが取れなくなっちゃいますからね。あまり騒ぎ立てて欲しくないんですよ」
「事件にならねぇんじゃ、なおさらカツ丼代は出せねぇなぁ」
「けいぶ〜、そんなこと言わないで下さいよぉ〜。ボクもあれだけ活躍したんですからぁ〜」
「ダメダメ。ほれ、カツ丼代680円、早く払いやがれ!」
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