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コーチ物語・クライアントファイル5 オレのやり方 その1

「もうあなたにはついていけません。申し訳ありませんが今日限りで辞めさせて頂きます!」
「おう、おめーのような根性無しはこっちもごめんでぇ。とっとと出て行きやがれ!」
「はい、そうさせて頂きます。短い間でしたがお世話になりましたっ!」
 バシッ、入り口の引き戸を叩くようにしてあいつは出て行きやがった。
ったく、近頃の若けぇやつは根性がねぇや。ちょっと厳しく扱ったくらいで、すぐにキレやがる。ウチはそんな板前はいらねぇんだよ。
 おっと、お客が来たか。んでもまだ開店前だぞ。
「っらっしぇ!」
「なんでぇなんでぇ、さっき若いのがすごい顔で出て行ったけどよ。はっちゃん、また若い板前とやらかしたのかよ。元気がいいのはわかるけどよ、はっちゃんももうそんな歳じゃねーだろ」
「なんだ、ひろしさんかよ。昼間っからぶらぶらしてんじゃねーよ。こちとら仕込みで忙しいんでぇ」
「仕込みも何も、また板さん辞めちまったんじゃまた大変だろ。ったく、いくら小さな小料理屋だっていってもよ、はっちゃん一人じゃ大変だろ。ほれ、何か手伝うことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「なぁに、もうじきバイトのやつが来るからよ。そいつに手伝わせるから問題ねぇよ」
 オレはそういって、今夜の料理の仕込みに入った。
 オレは蜂谷喜助。通称はっちゃんと呼ばれ、「だるま屋」という小さな小料理屋をやっている。といっても、始めたのはほんの二年前。それまではいろんな料理屋で板前として全国を渡り歩いていた。
 二年前に今目の前にいる佐木野ひろしさんと久々の再会。ひろしさんはオレの高校の頃の一年先輩にあたる。高校の頃、オレとひろしさんは柔道部で一緒に汗を流した仲だ。あのころからオレはひろしさんの気っぷの良さに惹かれて、金魚のフンのようにあちこちくっついていってたな。
 そのひろしさんから
「はっちゃんも昔っから頑固だったからねぇ。その頑固なやつが日本料理の板前なんだからよ。ちぃっと気にいらねぇことがあると、すぐにカッカきちまうんだから」
「ひろしさん、そいつはちょっと違うよ。オレは料理にはこだわりがあるんだ。そこを理解できねぇ今の若い奴らはだめだね。ま、板前になりたい若い奴らはごまんといるんだ。また募集すりゃ、そのうちオレのやり方を理解するやつも出てくるよ」
「ってもよ、はっちゃんところは板さんもバイトも入れ替わりが激しいじゃねーかよ。半年と続いた試しがねーじゃねーか」
 ま、確かにひろしさんの言うとおりだ。しかし、ここはオレの店。オレのやりたいようにやって何が悪い。
 と胸を張って言いたいところなのだが…実のところ、二年前の開業当時に比べて売り上げは右肩下がり。開業したときは、本格的な日本料理が手軽な値段で食べられる、庶民派の店としてもてはやされたものだが…。今となってはひろしさんのような常連客だけでなんとか持っている状態。
 なんとかテコ入れしないとまずいんだよな。そんなオレの心を見透かしたのか、ひろしさんがこんな事を言い出した。
「はっちゃんよ、この店も開業して二年だ。オレも開業当時からこの店にはずっと通っている。その常連のオレが見ても、ここ最近のこの店の状況はあまりよろしくねぇんじゃねーか?この間も週末だっていうのに、客はぽちぽちだったろ」
「ひろしさん、心配ありがとよ。でも大丈夫だよ。ここは長年全国各地でいろんな料理を手がけたオレの腕で客をしっかりと取り戻してやっからよ。ま、安心して見てなって」
 オレは何も大見得を切ってこんな発言をしたわけじゃない。一時は東京の高級料亭や超有名温泉旅館の板長までやってのけた腕がある。あのころはどこへ行っても、この腕一本で勝負してきたんだ。その料理がわからねぇような客はこっちからお断りでぇ。
「まぁまぁ、おまえさんがすごいのは認めるよ。でもよ、現実もちょっとは見なきゃよ。でさ、今日はおまえさんにちょっと提案があって来たんだけどよ」
「なんでぇ、どんなことだい?」
「いやな、実は今オレんところに羽賀って男がいるんだ。ほれ、ウチの花屋の二階に事務所があるだろ」
「あぁ、そういえばちょいと前からあそこに誰か入っていたな。で、その羽賀さんがどうしたんだい?」
「その羽賀をおまえさんに紹介したくてね。実はあいつは『コーチング』ってのをやっててね」
「な、なんだ?そのコーチングってのは?」
「ま、わかりやすく言やぁおまえさんの店をうまく軌道に乗せるために、おまえさんをコーチしてくれるってやつだ」
「なんだよ、今さら板前のトレーニングってか。そんなのはいらねぇよ」
「いやいや、板前のトレーニングじゃねぇよ」
 ったく、仕込みの忙しい時間に。いくらひろしさんでもオレに板前の修業をやりなおせって言うんじゃねーだろうな。
 オレは今日のおすすめ料理の煮物の味を見たり、海鮮料理の下ごしらえでせわしく手を動かしながらひろしさんの言葉を話半分で聞いていた。
「ちょっと手を休めて聞きなって。そいつは料理家でもなんでもねーんだよ。この店の経営つーかやり方をコーチしてくれるやつなんだよ」
「なんでぇ、経営コンサルタントかよ。ウチはそんなヤツはいらねぇよ。オレにはオレのやり方があるんだから」
「だから、コンサルタントじゃねぇ。コーチだって言ってんだろ。ま、なんでもいいから一度会ってみろよ。会えばわかるからよ」
「そんな暇も金もねぇよ。ほら、仕込みのじゃまだから。今度は夜飲みに来たときにでも続きは聞いてやらぁ」
 いくらひろしさんが先輩でも、これ以上仕込みのじゃまをされたらこっちも困っちまう。
「おはようございます」
 おぉ、丁度いいところにバイトが来てくれたわ。
「ほら、今から忙しくなるんだから、また来てくんな!」
「ったく、わかったよ。じゃぁ今度夜にでも羽賀を連れてくるから。そんときゃもう一度話しを聞くんだぞ!」
「はいはい」
 オレは言葉だけの生返事をして、ひろしさんを追い返した。ったく、コーチだかコンサルだかしらねーが、オレはオレのやり方でやらせてもらう。
 しかし、この考えがこの後オレの店を窮地に立たせることになるとは。そして、ひろしさんが言っていた羽賀という男の存在が、この窮地を救ってくれることになるとは。このときは夢にも思わなかった。

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