コーチ物語・クライアントファイル6 私の役割 その8
「コンニちは、オジャマします」
陽光工業の会議の翌日、早速カルヴィさんが私の家にやってきた。あのあとすぐに商談をして、おおよその条件を掴んだカルヴィさん。早速行動を開始してくれた。というより、どうやらすでに陽光工業の技術の売り先を見つけていたみたい。
ただし、羽賀さんが言った通り日本の家庭料理を食べたいとのこと。結局私がその役目をおうことになった。ちょっと荷が重いんだけどなー。
「あ、どうぞ。お待ちしていました」
弘樹さんはにこやかにカルヴィさんを迎え入れた。だが私の心臓はバクバクしている。こんなときに肝心のあの人はいないんだから〜。
「羽賀さ〜ん、明日ぜひ同席してくださいよぉ〜」
羽賀さんから私の手料理でもてなすようにと言われたとき、私は羽賀さんにそうお願いした。が、羽賀さんの返事は
「いや、これが明日は面談コーチングと研修の依頼が入っていてね。ちょっと時間が割けそうにないんだ。ヤツにはもう一度よろしくと言っておくから。あとは吉田さん、まかせたよ」
「羽賀さん……私自信ないよぉ。どんな手料理を出せばいいの? カルヴィさんの好物、羽賀さんなら知っているでしょ。教えてよぉ」
私は半分泣きそうになり羽賀さんにお願いした。が、羽賀さんの答えは
「吉田さん、ミケーレは日本の家庭料理が食べたいんだよ」
家庭料理って、だったらなおさら何を出せばいいのか……。
「だったらこう考えてみよう。吉田さん、ダンナさんにつくってあげたもので一番自信作って何?」
「え、私の自信作? そうねぇ、やっぱり弘樹さんの好物の肉じゃがかしら」
私は肉じゃがには自信がある。自信はあるが、それはあくまでも弘樹さんを対象にした場合。一般ウケするのかしら?
「そうかぁ、肉じゃがか。それは確かに日本の家庭料理だね。それにビールなんてあると最高だなぁ」
羽賀さんのその言葉に、私もイメージが浮かんできた。うん、おいしそう。
「あ、やっと笑顔が出てきた」
羽賀さんに言われて私も気づいた。いままで眉間にしわを寄せて考えていたんだけれど、羽賀さんから肉じゃがを引き出されて、思わず微笑んでいる私がいた。
「よし、だったら思い切って肉じゃがで行くか!」
「うん、それでこそ、その勢いこそが吉田さんなんだよな」
羽賀さんのこの言葉は、私の勇気を後押ししてくれた。そして今日、カルヴィさんをこうやって迎えることができた。あとは当たって砕けろ、だ。
「さ、どうぞ。こちらに」
私はカルヴィさんを奥のリビングへ誘導。そこには光陽工業の社長と弘樹さんが待ちかまえていた。
私は早速料理を運ぶ準備。リビングでは社長と弘樹さんがカルヴィさんから状況の説明を聞いているようだ。
「はい、準備ができました。こちらにどうぞ」
私は三人をダイニングへと誘導。カルヴィさんは、社長の話の途中にもかかわらずストップをかけ、待ってましたとばかりにダイニングへ移動した。
「オーゥ、これニクジャガね」
さすが日本通のカルヴィさん。一目で料理の名前を言い当てるとは。ってことは相当いろんなものを食べているのよね。私の肉じゃが、口に合うのかしら?
「まずはビールで乾杯しましょうか?」
社長がそう言うと、私は早速カルヴィさんにお酌を。カルヴィさん、「どうもどうも」だって。ホント、日本人みたい。
「かんぱ〜い!」
そう発声したのはカルヴィさん。ぐっとビールを飲み干し、早速肉じゃがに手をつける。箸使いは慣れたものって感じだわ。
私は肉じゃがをほうばるカルヴィさんを黙ってじっと見つめていた。その視線に気がついたのか、カルヴィさんはにっこり微笑み返し、さらに肉じゃがを頬張る。ときおり思い出したようにビールを口にし、さらにジャガイモを口に。と思ったとき、カルヴィさんが箸にしたジャガイモをしげしげと眺め始めた。
「ンー、えっと、ケイコさん、でしたっけ?」
カルヴィさんからそう言われて、私はドキリとした。何かまずかったかしら?
「はい、な、何か?」
ガルヴィさんは突然、私に言葉をかけた。
「ケイコさん、イッショにビール、のみましょう。みんなでワイワイやるの、ワタシすきなんです」
「そうだな、恵子さんもいっしょにどうだい。確かいけるクチだったろう?」
社長もそう言ってくれた。弘樹さんの方を見ると、黙って首を縦に振ってくれていた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
そう言うと、カルヴィさんはビールをついでくれた。そこから先は、カルヴィさんのイタリアの話しで大盛り上がり。ビジネスの話しは一切出てこない。だからというわけではないが、私も一緒になって盛り上がることができた。
「ケイコさん、トコロでひとつしつもん、イイですか?」
「はい、なんでしょうか?」
私もすっかりできあがって、さっきまでの緊張なんかどこかへ飛んでいっていた。
「このニクジャガ、ジャガイモがほくほくしてしっかりカドがたっているのとドロッととろけているのとふたつありますね。これ、どうやってつくっているのですか?」
すごいっ。私のこの工夫に気づくなんて、カルヴィさんなかなかの通だわ。
「あ、それね。私、昔料理教室に通ってジャガイモのカドをたたせる作り方を習ったの。これ、みりんを使うのよね。でも弘樹さんの家庭はドロットした肉じゃがなの。私もドロットした方が好きなんだけど、見た目はカドが立っているほうがいいでしょ。だから、最初はジャガイモをしっかりと煮込んでドロットさせた上に、みりんで煮込んだジャガイモを後から追加しているの。これ、私のオリジナルなのよ」
カルヴィさん、私のこの工夫に感心したみたい。肉じゃがのお代わりを要求。確かこれで三杯目よね?
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