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コーチ物語 クライアント21「夢を語る男」その5

 結局我々中小企業は、大手の言いなりになるしかないのか。そんな理不尽な思いが頭のなかを駆け巡った。
 何よりも私の心のなかに突き刺さったのは、自分の立てたイベント企画に執心しているという言葉。私は決して社長業を放棄しているわけではない。むしろ、こういうイベントに関わっているからこそ、社長としての責務を果たさないといけないという責任感に負われている。
 しかし、周りの見方は違うのか。社長が遊んでいるように見えているのだろうか?
 確かに、私が会社にいなくても会社は回るような仕組みをつくっている。社長という仕事はむしろそうでなくてはいけないと思っている。私が思いを作り、社員がそれを形づくる。経営者のやるべきことは、プレイヤーではない。如何にして舵を取っていくか。そのスキルを身につけさせてもらったのが、こういったイベントに関わりながら実行委員をやることだったのだ。だからこそ、次世代を担う人たちにこういった体験をしてもらいたくて、いろいろな企画を打ち立てているのだ。
 私は悔しくて、この思いを羽賀さんに伝えてみた。
「なるほど、そういうことがあったのですね」
「はい、なんだか自分の思いが伝わっていないのがわかって、とても悔しいです」
「島原さん、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「今の島原さんの思い、つまりどういう理由でイベントの企画を立てたり、今回のようなドリプラの企画を立てたりしているか。これが周りの人に理解してもらえると、島原さんの中でどんな世界が広がるのですか?」
 どんな世界? そう言われて考えこんでしまった。地域にこういった社会貢献事業に関わる人達を増やす。これがひとつの狙いではある。その中から地域に根づいた次のリーダーが生まれてくる。そのための育成事業の一環として今の活動を行なっている。
 が、どんな世界といわれるとうまく言葉に出来ない。果たして私はどんな社会を作りたくて、この事業に参画しているのだろうか?
「私は……私は地域に根づいた次のリーダーをつくりたくて」
「そういったリーダーがたくさん育っていくと、どうなるんですか?」
「街が活性化します」
「どうして? どのように活性化するのですか?」
「どうしてって……活発な人たちが増えるから。いろいろなイベント事でリーダーシップをとる人間が増え、街が賑やかになるから」
「賑やかになると、どうなるのですか?」
「どうなるって……元気のいい街だなって周りから評価され……」
「それで?」
「多くの人がこの街を訪れ、より活性化に繋がって……」
「それから?」
「それから……そう、たくさんの地元産業が潤うようになってきます。特に私たちのような中小企業はそれが死活問題ですから。やはり街を元気にしないと。それが私の思いです」
 このことは何も今思いついたことではない。前々から取り組んでみたいと思っていた課題の一つだ。そのためにも、みんなが元気になれる情報をここに寄せてみたい。だからこそ、私たちのような人間が頑張らないといけないのだ。
「そのことを取引先の方はご存知なのでしょうか?」
「いえ、知らないと思います。だからこそあんな言い方をしたんじゃないかな」
「だったら、島原さんが今やるべき事ってなんでしょうか?」
「今やるべきこと……」
 羽賀さんにそう言われて考えてしまった。取引先の親会社に噛み付いても意味は無い。むしろ、私たちの思いをうまく知ってもらうこと。その方が大事なことだ。だったら何をする? 答えは出た。
「はい、わかりました。今私がやるべきことが」
「では早速、それに取り組んでみましょうか」
 羽賀さんのその言葉が私の背中を押してくれた。
 私がやるべきこと。羽賀さんに気付かされるまでは取引先の親会社に直談判をしにいこうと思っていた。けれどそんなことをしても意味は無い。相手の感情を逆なでするだけだ。
 それよりももっと取り組むべきことがあるじゃないか。そう、夢を語ること。その素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらうこと。それが私たちの未来をつくりだすこと。
 綺麗事に聞こえるかもしれない。けれど、そこから新しい価値を創造することのほうが今の私たちには大事なことなのだから。これが、この取組みがわかってくれれば。きっと新しい道が開けるに違いない。私はそう確信している。
 私は早速、あの会社の工場長のところへ足を運んだ。
「先日はすいませんでした。どうしても本社の意向には逆らえなくて。私は断固反対したのですが」
「いえいえ、それがビジネスの世界ですから。とはいっても、私たちもこのまま指をくわえて見ているわけにはいきません。中には御社からの仕事を中心に食っているところもありますから」
「はい、そのことで胸が痛い思いをしています」
「そこで一つご提案なのですが……」
 私は今計画していることを工場長に伝えてみた。
「えっ、私が、ですか?」
「はい、工場長ならば間違いありません。私は今まで工場長を見てきましたから。人育てに関しては信頼出来る方だと思っています。ぜひその力を貸して欲しいのです」
「でも……それと今回のことがうまく結びつくでしょうか?」
「それはやってみないとわかりません。ぜひとも力を貸してください」
 工場長、しばらく悩んでいたが、なんとか首を縦に振ってくれた。よし、これでいけるぞ。
 私が工場長に頼んだこと。それはドリプラの運営スタッフとして、またプレゼンターたちのメンターとして参加して欲しいということだ。この工場長、人あたりがいいのだが、的確に指摘するところはする。だからこそ、部下がしっかりとついてきてくれている。その力をドリプラで活かして欲しいのだ。
 それがどうして今回の件の解決につながるのか。これは羽賀さんのコーチングでヒントをもらった。地域に根づいたリーダーが育っていけば、地域の活性化につながる。その結果、産業が潤うことにつながっていく。そこから新たな産業の需要が生まれれば。大きな発展につながっていくではないか。
 それだけではない。このドリプラが成功し、多くの人の感動と共感を集めることが出来れば。人の心は動かされる。よし、やろうという気持ちになれる。
 親会社がそのことに気づいてくれれば。私たちの取り組みが趣味でやっているのではないということに気づいてくれるはずだ。そこに引きこむためにも、この会社の関係者をなんとか引き込んでおきたい。そう思ったのだ。
 ドリプラの成功が、この地域の活性化につながり、さらに産業を潤すことにもなる。絵に描いた餅かもしれないが、なにもやらないよりやってみることのほうが大事なのだから。だからこそ、私は前に進む。この思いを形にし、成果を出していくために。

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