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コーチ物語・クライアントファイル5 オレのやり方 その3

「って感じでいいんだよな、羽賀ぁ」
ブルドッグ顔の男は、仕切のふすまの向こう側にそう声をかけた。仕切の向こう側から拍手がして、ふすまががらっと開け放たれた。
「いやいや、竹井警部、名演技! ありがとうございました。それに刑事さんたちもご協力、感謝しますよ」
 なな、一体何なんだ、これは?
「ったくよぉ。飲み代出してやるからちょっと演技を手伝ってくれって言われたときはなんなんだと思ったけどよ。でもこういうのも結構楽しいな。わぁっはっはっ!」
 竹井警部と呼ばれたブルドッグ顔の男がそうやって豪快に笑い出す。すると周りにいた人達も、いままで厳つい顔でこちらをにらんでいたのが、一転してとても和やかな顔つきに変わった。
「バイトくん、突然脅かしてごめんね。ちょっと怖かっただろう。でもね、この経験がいつか君にもどういう事なのかわかるときが来るさ。きっと君もいい上司になれるよ」
 羽賀と呼ばれた、背の高い男はウチのバイトにそう声をかけていた。しかし、まだ理由がわからない。一体これはどういう事なのか?
 そのとき、店の扉ががらっと開いた。そしてそこに立っていたのは、あのひろしさんであった。
「はっちゃん、脅かしてすまねぇな。でもよ、このくらいの荒療治をしねぇと頑固なおめぇのことだから、きっとオレの話をきちんと聞いてくれねぇと思ってな。羽賀、それに刑事さんたち、ご協力ありがとうございます」
「ひ、ひろしさんが仕組んだことかい。冗談にしちゃ、ちっとひどいんじゃねぇかよ!」
 オレはひろしさんにつっかかった。いくら何でもこれはひどすぎる。
 しかし、口を開いたのはひろしさんではなく、その奥に座っていた女の子の方であった。
「あ〜ら、ひどいのはどっちかしら。竹井警部の言うとおり、私にはこの料理は二流、いやそれ以下にしか見えないわ。このお店、高級料理店の味が大衆価格で味わえるっていうのがウリじゃなかったっけ? それが格好だけ高級っぽくて、よく見たらアラだらけ。味もよっぽどお父さんがつくったカレーの方がましだったわよ。よくもこんな料理を平気で出していたわね」
「舞衣、オレのカレーと比較するんじゃねーよ!」
 なんと、このセリフを言い放したのはひろしさんの娘なのか…。そういや死んだひろしさんの奥さんも、言いにくいことをスパスパッと歯切れ良く言い切るような人だったな。
「まぁまぁ、舞衣さんも落ち着いて」
 羽賀という男が舞衣さんを落ち着かせている。そして羽賀という男がさらに言葉を続けた。
「でも、舞衣さんの言うとおりだとボクも思いました。一見すると、とってもきれいな料理なのに、よく見ると焼きムラや盛りつけの荒さが目立ちました。それに味にもムラが。同じ料理なのに、濃いところと薄いところが混在しています。これが客足を遠のかせていた原因ではないかと」
「な、何を。素人がぬかすんじゃねぇ!」
 オレは思わず反論してしまった。が、その言葉に対してブルドッグ顔の男、もとい竹井警部がオレの料理を差し出して、こう言った。
「つべこべ言わずに、黙って自分の料理を食ってみろ!」
 その声のすごみに、オレは黙って自分の料理を口にした。
「え、えぇっ、そ、そんな。そんなはずじゃ…」
 オレは一瞬自分の舌を疑った。が、もう一口、さらに一口食べてみるとそれが真実であることを認めざるを得なかった。
「蜂谷さん、これが事実なんですよ。ひろしさんはいち早くそこに気づいて、蜂谷さんをなんとかできないかってボクに相談があったんです。それに、従業員が次々と辞めていってしまう。本当は腕の立つ職人なのに、あまりにも自分に満足しきってしまい、味も人づかいもだんだんと悪い方向へ行ってしまっている。これをどうにかならないかって。必死にボクに訴えてきたんです。だから、ちょっと大芝居をうってみました。この点についてはごめんなさいね」
 羽賀という男がオレにそう語ってくれた。
 そ、そうか。オレの料理って、オレの店ってこんなに悪い方向へ向かっていたのか。
 愕然と肩を落とすオレ。しかし、そんなオレに一筋の光をさしてくれる言葉が。
「でもさ、この料理っておもしろいじゃない。これ、普通の居酒屋じゃ出してくれないわよ」
 隣の座敷にもう一人座っていた女の子。さっきの舞衣さんよりも若そうだ。
「あら、ミク。まだ二十歳にもなっていないのに居酒屋なんて出入りしてるの?」
「まぁまぁ、舞衣さんそう堅いこと言わないの。でもさ、私こう見えても結構グルメな方なのよ。味については舞衣さんや羽賀さんが言ったとおりだけど、こういった料理が手軽に味わえるなんてなかなかないわよね。今までにない味なのは確かだわ」
 ミクと呼ばれた女の子は、そういってオレの料理を一つ、また一つと平らげていった。
「ミクの言ったとおり、もともと持っている技量や独創性、さらには基本的なものは他のお店ではなかなか見ることはできませんよ。これは蜂谷さんの強みではないでしょうか」
 羽賀さんはそういって、オレのつくった料理を一口パクリ。そしてさらに言葉を続けた。
「これだけきちんとしたものがつくれる人だ。一度自分自身と向かい合ってみることで、何が足りないのかはすぐに出てきますよ」
「そうよ、その通りよ。はっちゃん、悪いことは言わねぇ。ここは一つこの羽賀に任させてみなって。こいつのコーチングなら、はっちゃんのいいところをさらに伸ばすことができるからよ。おれが保証するよ」
「そのひろしさんの保証があてにならねぇからなぁ」
 オレは冗談交じりに笑いながらそう言った。
「何おぉ、オレの言葉は三年間の保証書付きでぇ。よぉし、じゃぁちょいと賭けてみねぇか。おまえさんが羽賀のコーチングを受けて、この店が繁盛すればオレの勝ちだ。そんときゃオレに毎晩ビール一杯おごってくれよな。羽賀のコーチングを受けて繁盛しなけりゃ、羽賀のコーチング代はオレが持ってやらぁ。これならおめぇは損はしねぇだろ。どうでぇ、のってみるか?」
「よぉし、ひろしさんがそこまで言うんだったら、羽賀さんのコーチングとやらをうけてやろうじゃねぇか。ここにいる皆さんが証人だ。ごまかしはきかねぇからな」
「おうよ、望むところよ。ってことで、羽賀よ、後はよろしく頼んだぞ!」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。ってことはボクが必死になって蜂谷さんをコーチングしてこのお店を意地でも繁盛させなきゃいけないじゃないですか」
「なんだよ、自信がねぇのか?」
 ひろしさんは羽賀さんをじっとにらんでいる。
「いや、自信がないわけじゃないですけど…ったく、弱ったなぁ」
「じゃぁ決まりだ、早速はっちゃんのコーチング、頼むよ!」
何がなんだかよくわからないまま、オレは羽賀さんのコーチングとやらを受けることになってしまった。
ところで、コーチングってなんなんだ?

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