コーチ物語・クライアントファイル5 オレのやり方 その7
「こんにちは、蜂谷さん」
「おう、軽部さんか。待ってたぜ」
「今回はお電話頂き、ありがとうございます。まさか蜂谷さんの方からご連絡をいただくとは思わなかったもので。本当にありがとうございます」
「いいってことよ。こっちもよ、あれからいろいろと考えたんだけどな。やっぱこの話…」
「この話…?」
「この話、いいわ! 最高だね。こんな条件でやらせてもらうなんて、オレもツイテル証拠だよな。うわっはっは!」
先週、この軽部が持ってきた『テイスト・ジョイ・タウン』への出店話。今日はこれに回答するためにこの軽部を呼んだわけだ。オレの豪快な笑い声と返事に、目の前の軽部は半分驚いているようだ。
「あ、ありがとうございます。しかし、羽賀さんとお知り合いの蜂谷さんからOKの返事がもらえるとは思わなかったな…」
「ん、なんでぇ。なんか言ったか?」
「いえいえ。で、早速なのですが、契約となるともう少し詳しいお話をさせて頂こうかと思うのですが、時間はよろしいですか?」
「おう、もちろんでぇ」
オレは腕組みして、シャキッとした姿勢で事にのぞんだ。このとき、オレが店の奥に一瞬目をやったことに、軽部は気づきもしなかったようだ。
「ではですね、スケジュールの説明をさせていただきます。すでに資料でごらんになったとは思いますが、このテイスト・ジョイ・タウンは六ヶ月後からスタートとなります」
「だよな。だからオレもこの店を半年後にはたたまなきゃいけねぇからな」
「いえ、実はここでもう一つ条件が。このテイスト・ジョイ・タウンは高級料理と高級雰囲気を比較的安価で楽しんで頂くことが目的です。そのため、従業員訓練が必要となります」
「ほぉ、それで?」
「はい、そこで従業員についてもこちらの方で人選し、二ヶ月前から訓練を始めます。そのマニュアルづくりに関しては、今回出店して頂く各店の責任者の方と一緒につくり、さらには訓練にも講師として参加して頂く予定となっております」
「なるほどねぇ。さすがは四星商事さんだ。やることが徹底しているねぇ」
オレはそのやり方に思わず感心してしまった。
「ありがとうございます。さらには、今回蜂谷さんは抱えている料理人がいませんよね。とはいっても、出店に際しては料理人が一人というわけにはいきません。ですから、日本料理に関しての料理人もこちらでご用意させて頂きます」
「ほぉ、そいつはありがてぇ。でもよ、腕はたしかなんだろうな。素人を育てている暇なんざこっちにはねぇからな」
「はい、それはおまかせください」
「ってことは、オレの味もすぐに覚えてもらえるわけだ」
「えぇ、もちろんです。そのくらいの人選はやりますからね」
オレはにやりと笑い、次の質問を投げかけた。
「なるほど。ところでよ、メニューのことなんだが…」
「はい、なんでしょう?」
「メニューについてはそっちで考えるって事だったよな。これ、どういう意味があるのかもう一度説明してくれねぇか?」
「あ、メニューですね。これはテイスト・ジョイ・タウンの品質レベルを一定以上に保つための策なんです。確かに料理人としては、メニューについてもご自分で創作したいと思われるところでしょう。しかし、このテイスト・ジョイ・タウンはここだけに納めず、全国へ展開しようと思っております。そのため、全国の品質を一定水準以上に保つためには、味のマニュアルかもある程度必要なもので」
「でもよ、それじゃファミレスと変わらねぇじゃねえかよ」
「いえいえ、提供するのはあくまでも一流の味です。ファミレスと一緒にして頂いては困ります」
「だから、画一化したメニューにして、味のコピーをしやすくする。そういうわけか?」
「まぁ、ニュアンス的にはそうなりますね…」
軽部のやつ、少し緊張しているのかハンカチで額にじわりとかいた汗をぬぐい始めた。
「ところでこのテイスト・ジョイ・タウンは全国にどのくらい広げる予定なんだ?」
「え、予定ですか?う〜ん、まぁ蜂谷さんだから話してもいいかな。まだ公にはなっていませんが、まずは全国主要都市の七カ所。さらには二十カ所以上を今考えているんですよ」
「するってぇと、オレの味がほぼ全国に広がるってワケだ。すごいね、こりゃ」
オレのこの言葉に、軽部は笑顔を取り戻した。逆にオレは腹の中でさらにニヤリ。
「じゃぁよ、全国にオレの味が広がったときに、オレの知名度も当然アップするんだよな」
「え、ち、知名度ですか?」
「そうよ。だってよ、あの日本料理の蜂谷様がつくった料理が手軽に食べられるって評判が立つんだろ?」
「え、え…それは…」
「なんだよ、違うってぇのか?」
オレはわざと大声で軽部に言い寄った。軽部のやつはたじろいで、再び額の汗をハンカチでぬぐっている。
「ほら、前に料理人がテレビではやったじゃねぇかよ。あのくらいとはいわねぇけどよ、全国に俺の名前が広がるのは間違いねぇんだろ?」
軽部は言葉が詰まっている。
そうだろう。なにしろ、はなっから切り捨てるつもりでオレに言い寄ったんだから。ここについてイエスとはうかつに言えねぇはずだ。オレの言葉はさらに続く。
「なんだよ。違うってぇのか?ってことは、オレの味をコピーするだけの目的で、オレに近づいた。そうなんだな」
軽部の冷や汗はさらに増しているようだ。うつむいたまま何も言わずにじっとしている。そしてしばらくの沈黙。
この沈黙を破ったのは軽部の方だった。
「そ、それについては…名前を広げることについてはお約束できません」
軽部は声を振り絞って、オレにこう言ってきた。オレはそれに追い打ちをかけるように、意地悪っぽくこう質問した。
「ってことは、どういうことだい?」
さらに沈黙が続く。
「あ…そ…それは…」
そして、軽部が口を開こうとした瞬間、
「蜂谷さん、そろそろこのくらいでいいでしょう。軽部くんも困っているようだし」
そう言いながら、一人の男が奥から出てきた。そう、我らが羽賀コーチである。
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