コーチ物語 クライアント20「日本の危機」 第五章 過去、そして未来 その1
今朝、テレビをつけて初めて知った。
「大磯さん、殺されたのか………」
ボクはベッドから起きてタバコに火をつけようとしたときにそれをみて、動きが止まってしまった。
テレビのテロップには、会社員が何者かに射殺されたとの報道がなされており、現場からレポーターが早口で状況を説明していた。
ショックだった。
何がショックかって。大磯さんが殺されたことではない。佐伯孝蔵に近づくための道筋が閉ざされてしまったこと。それがショックだった。せっかくここまでつかんで、あと一歩というところだったのに。
誰が大磯さんを殺ったのか。実行犯は知らないが命令をしたのはもうわかっている。もちろん、佐伯孝蔵に違いない。
「さて、どうしたものか………」
ボクは頭を悩ませつつ、ある人物のことを思い出した。
「羽賀純一郎。こいつに会いに行くか。なにか知っているかもしれないしな」
そう思って、名刺の住所を検索して位置を確認。
「あれ、ここは………舞衣ちゃんのお店じゃないか」
舞衣ちゃんとは、ボクのひとつ上の幼なじみ。花屋をやっていて、お母さんを亡くしてお父さんと二人暮しだったんだよな。
ボクは二十歳の時までは母親と二人暮しをしていた。あのタイムカプセルで父親の手記を見つけてから、ボクの人生は変わった。
今ではデイトレーダーとして株の取引をして資金を貯めながら、あの十五年前の事故の真実を追うようになった。と同時に、家からも一本立ちをして今は中心街に近いマンションを購入して一人で暮らしている。母親は実家で妹と一緒に暮らしている。
「久々に家に顔を出してみるか」
ふとそう思い、ジャケットを羽織って家を出た。
大通りでタクシーを拾い、行き先を告げる。最初は実家にしようかと思ったが、やはりその前に羽賀さんのところに言ったほうが良さそうだ。
ボクは舞衣ちゃんの店、フラワーショップフルールを指示してタクシーの後ろにゆったりと腰を落とした。
「お客さん、なんか物騒な事件が起きましたよね」
タクシーの運転手、大磯さんのことを言っているんだな。ここは適当に合わせるだけにしておこう。
「えぇ、なんか怖いですね」
「いえね、あの亡くなった方、私前にお客さんで乗せたことがあるんですよ。なぜか知らないけど記憶してましてね。ちょっとびっくりでしたよ」
「へぇ、そんなこともあるんですね」
それから運転手は好きなようにしゃべりはじめる。こっちが質問したわけでもないのに、やたらと話をしだして。果ては勝手に犯人までつくり上げる始末だ。ボクはその言葉に適当に相づちをうつだけ。
「はい、着きましたよ。これから花でも買ってデートですか?」
「ははっ、そんな相手がいればいいけどね。ありがとう」
そう言ってお札を出す。運転手がお釣りをだそうとしたときに、ジェスチャーでそれを断りタクシーを降りた。気前のいいお客さんと見られたい願望があったからな。
「さて、ここの二階だけど、その前に………」
ボクはゆっくりとフラワーショップフルールの中へと入っていった。
「いらっしゃいませ………あ、雄大くん!」
そこにいたのは舞衣ちゃん。ボクにすぐに気づいてくれた。
「こんにちは。久しぶりです」
「雄大くん、今日はどうしたの? 会うのって私のお母さんのお葬式依頼だよね。今何してるの?」
舞衣ちゃんはボクの姿を見て懐かしく思ったのか、目を丸くしていろいろと質問を投げかけてくる。
「今は株のトレーダーってのをやっているよ。今日はこの上にいる羽賀さんって人に会いに来たんだけど」
「あ、羽賀さんのお客さんね。でも今日はちょっと大変かもしれない」
「大変って?」
「雄大くん、今朝のニュース見た?」
「ひょっとして、この近くで人が殺されたっていうの?」
「そう、それ。実はその亡くなった方が羽賀さんのクライアントさんだったのよ。その関係で警察からお呼びがかかっているみたいで」
「そっか、それは大変だなぁ」
なるほど、そういうこともあるのか。
「でもまだいるんじゃないかな。それに、たぶん警察の方から事情を聞きに来ると思うから。一緒に行ってみようか。吉田さん、ちょっとお店お願いします」
奥のほうから、はぁいという女性の声。もう一人店員を雇っているんだな。
それから舞衣ちゃんは頼みもしないのに羽賀さんのいる二階の事務所まで案内をしてくれた。その足取りはなんだか嬉しそうにも見えたな。
「羽賀さん、お客さんが来たよ」
「あ、舞衣さん、どうぞ」
ドアを開けると、長身でメガネをかけた男性が姿を現した。長身、といっても痩せているわけではない。むしろスポーツマンといった体格でがっちりとしている。が、余計な筋肉はつけていないという感じだ。
「こちらお客さん。私の幼なじみで一つ年下の蒼樹雄大くん」
「あ、初めまして。羽賀といいます」
「どうも、蒼樹雄大といいます」
ここで羽賀さんの目をじっと見る。優しい眼差しの中にも、何かを秘めているという感じがする。
ボクはあの十五年前の事故を追うようになって以来、いろんな人と遭遇してきた。中には政財界の大物もいる。そういった大物に負けないようにするには、まずは相手の目をじっとみてその人の性格や考えを見抜くようになってきた。
今回も羽賀さんの目を見てそれを見抜こうとしたのだが。だが羽賀さんは今まであった人とは違う何かを持っている。そこまでしかわからなかった。
「お茶、入れるね」
舞衣ちゃんは慣れた感じで小さなキッチンスペースへと移動した。
「さ、こちらにどうぞ。今日はちょっとバタつくかもしれませんが」
「えぇ、さきほど舞衣ちゃんから聞きました。今朝報道されていた事件の被害者がクライアントさんだったとか」
「舞衣さん、ダメだよ、そんな事しゃべっちゃ!」
「あー、ごめんなさいっ」
「すいません、本来は守秘義務っていうのがあるから、クライアントさんのことについてはしゃべってはいけないんですけど。大磯さんはここに何度も足を運んでいるし、舞衣さんはこうやって時々お茶を入れてくれるからその存在を知っているもので」
「あ、そういうことだったんですね」
でも、おかげで話が切り出しやすくなった。今更こちらの意図を羽賀さんの隠しても意味が無いし。正直に話したほうがやりやすいからな。
「で、今日はどのようなご用件で?」
ボクは舞衣ちゃんをちらりと見た。さすがに舞衣ちゃんの前では話したくない内容だな。
それをすぐに悟ったのか、羽賀さんは話題を切り替えた。
「蒼樹さんは舞衣さんの幼なじみだそうで」
「えぇ、学年はひとつ下なんですけどね。中学の頃までは舞衣さんのお母さんにいろいろとお世話になりましたし。高校になってからは舞衣ちゃんとは学校が違ったから、だんだん疎遠になりましたけど。でも家は近所でしたから。顔は見ていましたよ」
「なるほどぉ」
「なぁに私の話をしているの? はい、お茶入りました。あとはお仕事の話でしょ。私はお店に戻るから」
「舞衣さん、ありがとう」
そう言って舞衣ちゃんが事務所を出ていったのを確認してから、羽賀さんは急に真顔になって私の方を向いた。
「さて、もう一度お聞きしましょう。今回はどのようなご用件で?」
「えぇ、実はさっきちょっと触れた大磯さんのことも関係するのですが。私、実は十五年前の航空機事故、そして先日の同じような事故を個人的に追っています。羽賀さんが先日の事故に巻き込まれそうになっていたことも知っています」
羽賀さんの顔がいっそう険しくなった。
「さらに、この事故の真実までボクは知っています」
「真実、というと?」
「えぇ、佐伯孝蔵。彼の仕業であることを」
ここで羽賀さんはスクっと立ち上がった。そしてブラインドの隙間から窓の外を見る。
「蒼樹さん、あなたまさか尾行はされていないでしょうね?」
「そんな、私は大磯さんのように命を狙われるようなことは………」
「ならば、あのタクシーは?」
ボクは羽賀さんに指示されたところに目をやる。すると、そこにはボクが乗ってきたタクシーが路地に駐車されていた。
「あれは………ボクが乗ってきたタクシーだ」
このとき、冷や汗がどっと出たのを感じることができた。
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