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コーチ物語・クライアントファイル6 私の役割 その4

「四星オプティカルの購入量を見込んで、製造ラインの増設や材料の早期手配を始めた。このとき、陽光工業のメインバンクであるはまな銀行は、意外にもすんなり融資を認めてくれた。そうではないですか?」
 羽賀さんのその言葉に反応したのは、またもやダンナの弘樹さん。
「えぇ、すべておっしゃるとおりです。でもどうしてそんなことが……」
 羽賀さんは弘樹さんの問いには答えず、話を進めた。
「さらに、今の状況を言い当てましょう。メインバンクからの融資を断られた陽光工業は、資金の調達を迫られている。なにしろ融資を見込んで材料や設備を買いそろえたんですからね。このままでは手形で不渡りを出してしまう。そうなると倒産だ」
「確かに、このままだと倒産してしまう。だからこそ、資金調達先を探し回っていたんだ」
 羽賀さんの言葉に今度は社長が反応した。弘樹さんたちはこの金策でここ数日頭を悩ませていたんだな。さらに羽賀さんの言葉は続く。
「そんなとき、売り込み先の四星オプティカルからある打診があった。親会社である四星商事系列の四星ファイナンスから融資をもらってみては、とね。早速四星ファイナンスと連絡をつけ、交渉してみると融資はすんなりOK。ただし、ある条件付きでね」
「な、なぜそこまでわかるのかね……」
 社長のこの言葉を聞いて、羽賀さんはさらに何かを確信したようだ。そして羽賀さんが言葉を続けた。
「その条件とは、この特許技術を格安の条件で四星オプティカルへ売ること。もしくは、陽光工業の持ち株を四星ファイナンスへ担保として預けること。または陽光工業の持ち株を四星ファイナンスが買い取る。そのいずれかではないですか?」
「いずれか、ではなくどれかを選択するように言われたよ」
 今度は専務がそう答えた。専務は陽光工業の社長の息子で、弘樹さんと同じ年だと聞いている。まだ若さが残る人だ。
「その選択、どれをとってもこの陽光工業には苦渋の選択だ。へたをすると、この会社が四星にのっとられるわけだからね」
 羽賀さんはホワイトボードに今まで語ったことを図式化して説明を繰り返した。会議室には危機感という雰囲気が漂ってきた。
「どうしてそこまで的確に言い当てられるんですか?」
 専務の言葉に対して羽賀さんはこう答えた。
「その質問については後でお答えします。それよりも大事なのはこの先だ。では私がこの先を予言します」
 羽賀さんの言葉に、一同はごくりと生唾を飲み込んだ。
「特許技術は会社の命。特にこの技術はうまくいけば一財産できるくらいの価値がある。だからこそ、四星は目をつけたんです。おそらく陽光産業としては、四星ファイナンスに株を担保として預けることになるでしょう。その後、四星オプティカルはいろいろと難癖をつけて商品の支払いを拒むか引き延ばすはずです。そうなると、さらに資金が悪化。ここで再び四星ファイナンスが株の買い取りを打診します。おそらくこの時点では陽光工業もかなり追い込まれていますので、株を売ることになるでしょう。実はこのとき、裏では四星ファイナンスか四星グループがこの会社の株を集めているはずです。つまり……」
「か、株の過半数を握られる……」
「社長のおっしゃるとおり。つまりこの陽光工業が乗っ取られるわけです」
「で、でも陽光工業がなくなるわけじゃないですよね? それに、こんな小さな会社を乗っ取って、何のメリットが?」
 専務が心配そうな顔で羽賀さんにそう尋ねてきた。
「メリットはずばり特許技術。四星のねらいは最初からこれだけです。といっても、その技術だけを買っても設備にお金がかかる。どうせお金をかけるのならば、すでにその技術を持っている会社ごと買った方が早いし安く済む、というわけです」
 この羽賀さんの言葉に、一同は唖然とした。まさかそこまでやるのか、そんな顔をしているのが素人の私にもよくわかる。
「で、でも社員の生活は保障されるんですよね、そうですよね?」
 社長は社員を一番に思っている人だ。だからこそ、真っ先に社員の心配をしてくれた。それに対して羽賀さんの答えはこうだった。
「三年前に四星オプティカルに吸収合併されたミノル光学。覚えていますか?」
 この問いに対して答えたのは社長だった。
「えぇ、突然の合併騒ぎだったのでよく覚えていますよ。それが何か?」
「あの後、元ミノル光学の社員が今どのくらい四星オプティカルに残っているかご存じですか?」
「え、そこまではちょっと……」
「わずか三割です。残りの社員は四星関連の子会社へ出向になったり、なんだかんだと言われて会社を辞めたり。このときも四星が欲しかったのはミノル光学の技術であり、その技術を得てしまえば元社員は邪魔者扱いですよ」
「そ、そんな……ということは、今回も同じ道を……」
 社長は愕然としてしまった。このままではミノル光学と同じように扱われてしまうのか、と。
「でも、羽賀さんはどうしてそんなことまで知っているんですか? そしてどうしてそんなことまで予測できるんですか? いくら元四星商事のセールスだからと言っても、そこまで深くは知るはずがないですよ」
 そう言ったのは専務だった。そして羽賀さんは出席している一人ひとりの目を見て、ゆっくりとこう答えた。
「ミノル光学の乗っ取り計画。あれを立てたのはボクです。そして今回のこの陽光工業の件。これはあのときの計画をそっくりそのままマネしたに過ぎません」
 羽賀さんのこの言葉に、一同はショックを隠せなかった。
「は、羽賀さんが企業の乗っ取り計画を……」
 私は今の羽賀さんからは想像できない言葉に、耳を疑った。
「あ、あんたは血も涙もないのか!」
 陽光工業の社長は羽賀さんにそう言い寄った。それを見た弘樹さんはあわてて社長を止めに入った。
「社長、落ち着いて。羽賀さんは三年前のミノル光学の時に計画を立てただけで、今の私たちには何の関係もありません。それに羽賀さんはもう四星商事の社員じゃないんですよ」
 社長は弘樹さんの言葉にようやく落ち着きを取り戻したようだ。羽賀さんは深々とお詫びの意味を込めて頭を下げ、言葉を続けた。

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