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コーチ物語・クライアントファイル5 オレのやり方 その2

「いらっしゃいっ!」
 夜になり、いつものように店を開店。が、今日は少し様子が変だ。平日にもかかわらず、六時前から客が入り始めている。いつもなら八時を過ぎないとなかなか客が入らないのに。
 しかも、その客というのが…あまり難癖はつけたくないが、あまり相手にしたくないタイプ。ちょっと厳つい顔をした、いかにもあっち系の人が六名。しかし、あまり地元では見ない顔だな。
 まぁいい、ちゃんとした客なんだから丁重に扱わないとな。
「いらっしゃいっ!」
 お、今度はまともそうな客だ。若い女性二人に背の高い男性一人か。男性もよく見るとちょっと男前じゃねーか。いいねぇ、モテる男は。
 ウチの店は六人掛けのテーブル席が二つにカウンター席が八人分。それほど大きくないので、この二組が来ただけでも結構いっぱいに感じる。
 しっかし、あっち系のお客さんはどうにかなんねぇのかな。ウチは高級日本料理を大衆価格でってことでやってんだ。そんじょそこらの居酒屋とはちがうんでぇ。そんなに騒ぐんじゃねーよ。
「おい、オヤジ。もっとビール持ってこい、ビールだ!」
「オレは焼酎、焼酎をグラスで持ってこい!」
「はいはい、ただいま。おい、早くあっちのお客にビールと焼酎を持っていけ!」
 オレはバイトにそう指示すると、さっき来た男女三人組の料理に取りかかった。ったく、あの若い板前が突然辞めやがるから、仕事がてんてこ舞いでたまんねーや。早く次のヤツを見付ねーとな。
 そんなことを考えながら料理をこしらえていたとき、事件は起こった。
「おいこらぁ、これ間違ってんぞ! おめぇどこに耳つけてんだよ!」
「は、はい、すいません」
 さっきビールと焼酎を持っていったバイトがなにかやらかしたらしい。オレは手がけていた焼き物から目が離せなかったので、しばらくそのままにしていたのだが、今度はそのどばっちりがこっちにも降ってきた。
「おやじ、おめぇんとこはどういう教育をしてるんだよ! オレが頼んだのは焼酎のロックだろうが。それなのにこいつが持ってきたのは焼酎の水割りじゃねーか! オレは薄めた焼酎なんてのまねーんだよ。なに聞いてやがんでぇ!」
 おいおい、とばっちりもいいところだよ。ったく、あのバカ。グラスで焼酎を持っていく前にはロックか水割りかお湯割りか必ず確認しろっていたじゃねーか。
「はいはい、ただいま取り替えますので。ちょいとお待ちになって下さい」
 オレは焼き物から目が離せなかったので、下を向いて客にそう伝えた。
が、それがいけなかったようだ。
「おい、おめーオレにケンカうってんのか? それが人に謝る態度か? 人に謝るときには、ちゃんと人の目をみろって教わらなかったのか!」
 ちっ、酔っ払ってろれつがちゃんと回ってねーじゃねーか。ったくめんどくさい客だな。
「あいすいません、今ちょっと料理から手が離せなかったもので。今すぐ、取り替えにうかがいますので」
 オレはようやく焼き物を皿に盛りつけ、急いで小うるさい客へと足を運ばせた。もちろん、代わりの焼酎ロックを手にしてである。
「申し訳ありません。飲み物のご注文の時にはちゃんと確認するように言いつけてあるんですがねぇ。こらっ、おまえもしっかりあやまらねーか」
 オレはバイトの頭を押さえつけ、頭を下げるように強制した。バイトのヤツは不満そうな顔つきだったが、渋々頭を下げていた。だが、この客の怒りはさらにエスカレート。
「こぉら、バイトの責任はこの店の主人のおまえの責任だろうが! 責任は取ってもらうぞ」
 おいおい、一体何を言い出すんだ…。
 しかし、このグループで騒いでいる男以外の他の五人も、一斉にオレの方をにらんでいる。おい、やっぱりこいつら、あっち系の本職かよ…。特に奥で腕組んで座っている、ブルドッグ顔のやつなんか、相当すごみがあるぞ…。
「な、何をすればいいんで…」
 オレはおそるおそる声を出してそう言葉を発した。まさか指をつめろ、なんてこと言い出すんじゃねーだろうな?そのとき、奥で腕を組んでいたブルドッグ顔の男が、口を開いた。
「おい、おめぇ。自分を何様だと思っているんだ? さっきから見てりゃ、バイトを手足のようにこき使いやがって。そしてその挙げ句が『しっかりあやまらねーか』だと? いくらおめぇんとこのバイトとはいえ、人を見下すのもいい加減にしやがれっ!」
 オレはビクッとして、その場にすくんでしまった。このブルドック顔、やっぱカタギの人間じゃねぇ…。
 ブルドッグ顔の男の言葉はさらに続く。
「だからおめぇんとこの店はいつまでたってもこうなんだよ。いっつも人が辞めちまうんじゃねーのか? それに、料理の味も二流だ。おめぇがどこで修行したかしらねーけど、こんなの食わされたんじゃ客も二度とよりつかねぇや」
 お、オレの料理が二流だと? 高級料理店の板長まで任されたことのあるオレの料理をバカにするのか?
 そう反論したくなったが、相手はカタギじゃねぇ。ここは素直になるしかねぇな。オレはこぶしを握りしめて、じっとその男の言葉を聞いていた。
「ところでよ、今回の落とし前はきちんとつけてもらうぜ。バイトの責任は店主であるおめぇの責任だからな」
 きたっ、一体何をやらされるんだ…。
「そうさなぁ、今回の責任をきちんと取るために、おめぇには修行をしてもらおうかな。そう、店の経営のためのよ」
 へっ? このブルドッグ顔の男の言っている意味が、今ひとつ理解できない。ど、どういう意味だ? あっけにとられているオレの顔を見て、男はさらに言葉を続けた。
「おめぇは今まで、自分の店は自分の好きなようにしていいって思っていただろ。それが今の結果を招くんだよ。わかってんのか? おめぇは今まで、料理をやってりゃよかったただの料理人だ。しかしな、今のおめぇは小さくても立派な経営者だろうが。その経営者が人の使い方一つしらねぇで、よくも店をやってこれたもんだ。だから腕は立つのに、料理が二流なんだよ。その心が味にしっかり出てらぁ」
 うっ、痛いところをつかれた。しかし、修行とは…?
 このとき、昼に来たひろしさんの言葉を思い出した。確か同じようなことを言っていたような。誰かを連れてくるっていったよな。えっと、名前はなんだっけ…?
 あのときひろしさんの言葉を素直に聞いておけばよかったな。そんな思いが頭の中をグルグル駆けめぐっていたとき、ブルドッグ顔の男の口から信じられない言葉が飛び出した。

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