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コーチ物語 クライアントファイル 11 コーチvsファシリテーター その3

「土師さんですか、コジローです。少しお話ししたいことがあるのですが、時間はとれますか? えぇ、わかりました。では三十分後にまた」
 コジローが電話をした先。それは第二政党である友民党の党首、土師のとろであった。
 土師は今まで何度かコジローに政治問題解決のために依頼をしている。土師のコジローに対しての信頼は高く、今回のようにお互いに突発的に話をすることも多々ある。
「さて、次はどう動くか……」
 ここで頭に浮かんだのはあのコーチ、羽賀のことである。
「彼も小笠原真紀子から何かの依頼を受けた、いやあのあわてぶりは受けようと思ったところだったんだろう。この情報を知れば、彼なりに動いてくれるとは思うが。しかし彼を味方につけていいものか」
 コジローはベンチに座り目をつぶってしばらく考えていた。こういうときコジローは直感を頼りにする。いや、こういうときだけではない。コジローの行動すべては直感に頼っているといっても過言ではない。
 ファシリテーターという仕事はどちらかといえば論理的思考を必要とする。が、それだけでは突発的なことに対応できない。裏ファシリテーターの仕事は常に予想できない突発的な出来事ばかり。だからこそコジローの直感が冴えるのである。
 そのコジローが出した答えはこうだった。
「コーチの羽賀、彼は味方にはなり得ないな。私とは住む世界が違う。だが利用はできそうだ」
 そしてふたたび公衆電話へ。
「マスター、真希ちゃんはいるか? あ、真希ちゃんか。頼みたいことがある。今から言うことをしっかりと聞いてくれ」
 コジローは喫茶エターナルのアルバイト、真希にあることを依頼した。
「わかったわ。じゃぁすぐに行動を開始するわね」
 そして真希はコジローから受けた頼まれごとをスタートさせた。

「はい、コーチングの羽賀純一事務所です。はい、コーチングのご依頼ですか。今羽賀はちょっと出かけておりますので、代わりに承っておきますが。え、直接お会いしたい。わかりました。折り返し電話させますのでご連絡先をお願いいたします」
 羽賀が小笠原真紀子を捜し回っているとき、ミクがコーチング依頼の電話を受けた。依頼主は女子大生の真希。進路のことでコーチングを受けたいということだ。
「さぁて、羽賀さんは今どこにいるのかしら?」
 ミクは羽賀へ電話をかける。が、なかなか出ない。
「ったくぅ、走り回っているから電話に気づかないのかな?」
 コールが15回を超えようとしたとき、ようやく羽賀が電話に出た。
「はぁ、はぁ。あ、ミクか。どうした?」
「羽賀さん、こんなときになんなんだけど、コーチングの依頼の電話があったのよ。相手は女子大生。なんでも進路のことでコーチングを受けたいって。で、できたら早く会いたいから連絡が欲しいってことなの。どうする?」
「そうだなぁ、小笠原議員の件は気になるけど。でも目の前のクライアントも大事にしないとな。で、どうすればいいんだい?」
「連絡先を聞いているから直接電話してくれる? 番号は……」
 ミクから依頼主の連絡先を聞いた羽賀。すぐにそこへ電話をかける。
「……わかりました。喫茶エターナルですね。えぇ、場所はなんとかわかります。では六時に。はい、では後ほど」
 電話を切った羽賀。時計を見ると時間は五時過ぎ。もうこんなになっていたのか。
「それにしても小笠原議員はどこに行ったんだ……」
 そして羽賀は自転車にまたがり、指定された喫茶エターナルへと向かった。
 一方エターナルでは打ち合わせが行われていた。
「私はあくまでもコーチングの打ち合わせにきたお客さんだからね。マスター、なれなれしく真希ちゃんなんて呼ばないでしょ」
「わかってるよ。それよりもコジローから頼まれた件は大丈夫か?」
「私だってコジローさんのアシスタントの一人よ。このくらいできて当たり前。ほら、マスターもちゃんと喫茶店の主人らしくね」
「おいおい、オレはれっきとした喫茶店の主人だって」
 そうしているところに羽賀が登場。予定時刻よりも五分ほど早い。
「いらっしゃいませ」
「あ、すいません。待ち合わせをしているんですけど……」
「あちらの方ですね。どうぞ」
 マスターが柄にもなく喫茶店の主人らしいことをしているので、真希は思わず吹き出しそうになった。
「初めまして、コーチの羽賀と申します」
「沢渡真希といいます。今女子大生で就職を考えなきゃいけないんですけど、いろいろと思うところがありまして。それで知り合いからコーチングを受けるといいって聞いたものですから」
「お知り合いから、ですか。ボクの知っている人かな?」
「あ、いえ。インターネットで探したら地元に羽賀さんっていうコーチがいるってわかったものですから。それで早速なんですけど話を聞いてもらえますか?」
 それから真希は就職についての話を始めた。ふつうの会社に就職を希望しているが、今アルバイトに入っているお店の手伝いも気になる。しかもその店には自分がやりたいと思う仕事の人たちが集まってくる。親は就職をしろというし、将来のことを考えたらその方がいいと思うけれど、どうしたらいいのかわからないという相談だ。
「なるほど。一つ質問してもいいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「やりたいことってどんなことなんですか?」
「実は教育について興味がありまして。あ、ほら。今県議会議員の小笠原真紀子さんが教育改革についていろんなことを訴えているじゃないですか。あれで私の心にも火がついてしまって」
「小笠原真紀子、か」
 一瞬羽賀の顔つきが変わったことを真希は見逃さなかった。
「小笠原議員、ご存じですか?」
「えぇ、結構有名ですからね」
「その小笠原議員、今脅されているかもしれないって噂はご存じですか?」
「えっ、本当ですか? それは知らないですね」
 真希はそのことについて話し出した。右翼団体から攻撃を受けていることは多くの人が知っているが、それ以外にも直接脅しが入っているらしい。しかも被害を受けているのは小笠原議員の一人娘。現在県職員の旦那さんと二人の子供と暮らす主婦をしているそうだが、半分は小笠原議員の秘書のようなことをやっているとか。その娘へいやがらせなどが起きているということだ。
 実はコジローがつかんだ小笠原議員の情報とはこのことだった。それをさりげなく羽賀にリークすることで、羽賀に一肌脱いでもらおうというのだ。
「なるほど。ひょっとして……」
「え、どうかしましたか?」
 羽賀のその言葉に真希はちょっとわざとらしい反応。
「あ、いえ、こっちのことです。ところで沢渡さんの就職のことですが。このコーチングは週一回くらいやった方がいいとおもうんですよね」
「だったらこのお店でやってもらえますか? 私、ここだったら落ち着くんですよね」
「えぇ、いいですよ。ではまた来週のこの時間にお会いしましょう」
 コーチングの商談成立。といっても、真希のコーチングはあくまでもお芝居。果たしてうまくいくのだろうか?
 エターナルを出た羽賀。早速小笠原議員の件で行動開始。自転車を小笠原議員の自宅へと飛ばすことにした。
 一方、コジローはあれから友民党の党首である土師に再び連絡を取った。
「土師さん、コジローです」
「おぉ、コジロー君か。今回はどうしたんだ。少しあわてているようだが」
「県議の小笠原真紀子さん、ご存じですよね」
「あぁ。もう君の耳には入っているとは思うが。次の総選挙で国会に出馬要請を出している。彼女もそのつもりでいる」
「その小笠原議員の娘さんが何者かに嫌がらせを受けている件はご存じですか?」
「やはりその件か……実はそのことで小笠原くんからも相談を受けていたところだ。そして私がコジロー君へ相談することをもちかけたのだよ」
「やはり土師さんでしたか。まぁそんなことだろうと思っていましたよ。でも、私の仕事はファシリテーターです。用心棒や探偵とは違いますよ」
「いや、これは明らかに君の仕事だよ」
「と申しますと?」
 土師の話はこうだ。小笠原議員の娘さんへ嫌がらせをしているのは、とある政治団体。しかしその依頼を行ったのは、なんと市の教育委員会。小笠原議員は教育改革について激しく持論を振りまいている。が、その持論をよくよく聞けば、現在の教育委員会のやりかたを真っ向から否定し、さらに天下り先までもをつぶしかねないという内容である。
 表向きだけを聞けば世論は小笠原議員の言うことに首を縦に振るだろう。が、実のところはそうではない。今の行政のありかたについてすべてを否定しかねない。
 そうなると行政としても危機感を感じずにはいられない。自分の身が危なくなるのだから。だからこそ小笠原議員つぶしを裏で画策しているのだ。
「なるほど、それで私の出番ですか」
「そうだ。友民党としては小笠原議員は国会で確実に人気がでる逸材だとにらんでいる。しかし行政側に敵視されるのも困りものだ。だからこそコジロー君、君にお互いが納得できる策を考えて欲しい」
「わかりました。ところで小笠原議員は私以外にもコーチングのコーチを雇っていたようですが。そのことについて心当たりはありますか?」
「いや、その話は聞いていないな。しかし考えられなくもないだろう。自分自身の今後の進路について、いや政治を行う上での信念について。それが娘さんの件で揺らいでいるのは間違いない。その点についてコーチングを受けることは考えられるな」
 土師の言葉に納得したコジロー。いずれにせよ小笠原議員の行方を捜さねば。

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