見出し画像

コーチ物語・クライアントファイル5 オレのやり方 その8

「だ、だましたな!」
 軽部のやろう、羽賀さんの顔を見るなりこう言いやがった。しかし、羽賀さんはその言葉にも冷静に答えた。
「あらあら、だまそうとしたのはどちらかな? ま、それが四星商事流の営業方法だってことは、ボクが一番知っているからね。それが嫌で、四星を飛び出したボクがね」
「こ…こんなことして、四星商事を甘く見ないで下さい!」
 羽賀さんは軽部のこの言葉にも冷静に対応。
「甘く見ないで…ということはどうするのかな?」
「ど、どうするって…それはあなたがよく知っている事じゃないですか」
「軽部さんとやら、その話はぜひ具体的に聞きたいな」
 そうセリフを吐きながらもう一人奥からある人物が出てきた。一見するといかついブルドッグのような顔つき。眼光はするどく、目の奥からは何かを引きずり出されそうなものを感じる。そう、竹井警部の登場だ。
「今のセリフを聞いてな、オレが勝手に思ったことだが。軽部さんとやら、どうだい、一つ聞いてみるか?」
 竹井警部は軽部に向かってそう言い放した。そして「聞いてみるかい?」と尋ねたにもかかわらず、その続きを勝手にしゃべり出した。
「ここで蜂谷がノーと言えば、四星商事の仕入れルートを使ってこの店にはろくな食材が集まらなくなる。しかも、どこからともなく店の悪いうわさが流れてくる。味が落ちただとか、ろくなものを使っていない、とか。しかし、食材がろくなもんじゃねぇからそれは残念ながら真実になっちまう。そうやってこの店をじわりじわりと締め付けちまう。そして追いつめられた蜂谷の店は…」
 冷や汗をかきながら竹井警部の話を聴く軽部。そして…
「そ、それはあくまでも憶測ですよね」
 震えながらも、なんとか笑顔で対応しようとする軽部。だが、誰が見てもその言葉と態度から無理矢理この場を取り繕おうとしているのがわかった。
「で、軽部くん。四星商事を甘く見ると、この先どうなるのかな?」
 意地悪っぽく言葉を発する羽賀さん。それに続いて竹井警部が、さらにはオレが軽部をじっと見つめる。
「し…失礼します!」
 軽部はあわてて書類をカバンにしまい込み、駆け足でオレの店を飛び出していった。
「わぁっはっはっ!おとといきやがれ!」
 オレは大笑い。してやったりだ。
「でもよ、こんなんでよかったのか?羽賀よ。この蜂谷の店はこれで守れたのか?」
 竹井警部は心配そうに羽賀に尋ねた。
「大丈夫ですよ。軽部くんもバカじゃない。自分の失敗を会社に正直に話すなんて事はしないでしょう。それに飛び出していったのは軽部くんの出した答えですからね。おそらく蜂谷さんの店に関しては、すべてなかったことにするでしょうね」
「自分で出した答え、これがコーチングってやつだったよな」
 竹井警部はわかったような口ぶりでそうつぶやいた。
「ところで蜂谷さん…」
 羽賀さんが突然オレに言葉をかける。おもわずドキッとしてしまった。
「は、はいっ」
 オレは授業中に居眠りしていたところを先生に指名されたときのように、声が裏返ってしゃきっとして返事をしてしまった。
「蜂谷さん、今回のことで、蜂谷さんが頭に描いた理想のお店というのがあったんじゃないでしょうか?それ、ぜひ私に聞かせてくれませんか?」
「理想の店…そうだなぁ…そうそう、店の雰囲気がよ、なんちゅーか水墨画の世界なんだよ。今のこの店みたいにごちゃごちゃしてなくて、色がシックに統一されているんだけど、見る人によって自分の色が付けられるっていうか。なんか抽象的でうまく伝えられねぇなぁ」
「なるほど、水墨画かぁ…他にはどんなイメージが湧きました?」
「おう、料理もよ、ちゃんとした器にのって、上品に一品一品出てくるんだよ。オレは板場からしゃきっと指示してな。そうさな、オレの他に二人くらい料理人がいてよ。オレの味を引き継ぎながらそいつらが考えたメニューを試させてみるんだ。そうしていつも新しい味を求めながら、お客さんに喜んでもらえる。そうありたいねぇ」
 オレは語りながら自分の世界に浸っていた。
「だったらよ、それを実現させようじゃねぇかよ」
そう言葉を発したのは竹井警部であった。竹井警部はさらに言葉を続けた。
「そんな店だったら、オレも行ってみたくなるよなぁ。大衆居酒屋ばっかじゃ、オレも飽きちまうしよ。いつ行っても落ち着くんだけど、いつも違う味が楽しめる。そんなのがいいなぁ」
 竹井警部も腕組みしながら、自分の世界に浸っているようだ。
「だったら、まず蜂谷さん自身の何を完成させましょうか?」
 羽賀さんはオレにそう質問してきた。
「オレの何を完成させる?」
「そう、完成です。まだ蜂谷さんの中で何か不足している。私にはそう思えたし、そう聞こえたんですよ」
「完成か…」
 オレは店をぐるっと見回し、一つの言葉が浮かんだ。
「統一感…そう、統一感かな。いや、一貫性といったほうがいいか。さっき言った水墨画の世界なんてのは全く感じねーな。そう、いい意味でのオレ流が全くでてねぇよな。どちらかというと、悪い意味でのオレ流、オレのやり方がこの店にはあふれているわ。オレの中の一貫性がまったくねぇから、この店にはありとあらゆる要素がゴチャゴチャ置かれているんだわ。だから落ち着きがねぇんだ…」
 オレは独り言のようにひらめいた言葉を口にしていき、何がオレに足りないのかを自覚していくことができた。
「蜂谷さん、だったら蜂谷さんの理想とするオレのやり方、オレ流をぜひボクに見せて下さいよ。水墨画の世界の、シックに統一されたお店。ボクもそこでクイッと日本酒を飲んでみたいなぁ」
 羽賀さんはオレにそうリクエスト。オレもその声に応える。
「おっし、まかせとけよ。こうなりゃオレのやり方、オレの道をとことん極めてやるぜ!」
「だったらよ、何から手をつけるんだ?」
 そう質問してきたのは竹井警部。
「警部、そのセリフはコーチであるボクの決めぜりふですよぉ。ボクの仕事、とらないで下さいよぉ〜」
羽賀さんは竹井警部をこつきながらそう言った。
言葉では困ったようなセリフだが、その顔は笑いがあふれていた。
オレもその笑顔につられて、思いっきり笑う。
笑いながら、オレの世界をつくるための第一歩に必要なことを考え始めていた。
ここからが本当の『オレのやり方』のスタートだな。
さて、どんな店をつくろうか。ワクワクしてきたぞ!

「なるほどな、あの蜂谷というやつを巻き込むのは失敗したか。まぁよい、代わりはいくらでもいるからな。軽部、今回はご苦労だったな」
「はいっ、す、すいません…畑田専務のご期待に添えなくて…」
 四星商事ビルの専務室。あの軽部がこの部屋の主である畑田専務に報告をしている。畑田専務はそのセリフとは逆に、異常に厳しい顔つきをしていた。その顔つきは、軽部の次のセリフを聞いてさらに険しくなった。
「羽賀さんが…羽賀さんがじゃまをしなければ…」
「なにっ、羽賀だとっ。あの裏切り者が! 軽部、その話をもっと詳しく聴かせろっ」
 四星商事と羽賀コーチ。一体何があったのか。さらには畑田専務と羽賀コーチの間にも一体何が…?

<クライアントファイル5 完>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?