見出し画像

コーチ物語 クライアント21「夢を語る男」その8

 そうやって支援会も進行していき、仕事の方も内山さんの言葉で取引が回復しそうな兆しを見せてきた。これはうちの会社だけではない。地域貢献という形で新しい仕事の取組み方を、一緒になって考えていこうという動きになってきたのだ。
 実はあとから聞いた話なのだが。その裏には羽賀さんが絡んでいたようなのだ。
 この会社の会議に、羽賀さんの仲間であるファシリテーターの堀さんが入っていたとか。その会議のサポートに羽賀さんも関わっていて。今後の事業のあり方について会議をしたところ、方向性がやんわりと「地域貢献」という方向に向いたとか。そこで、地元企業ともう一度協力体制を見直す、という結論に結びついたらしい。
 その一端として、私がやろうと立ち上げたドリプラがあがったようなのだ。その提案をしてくれたのが羽賀さんだという。ありがたいことだ。
 こうしてドリプラも順調に準備が進んでいく。ヒロキさんの話だと、一名脱落者は出たものの、支援者として活動してくれるということ。私もドリプラに関しての様々な情報をみんなに与えつつ、イベントの形をイメージしていくことになった。
 そしていよいよ、明日がドリプラ本番という日。つまり前日である。この日は予選会を開催することになっている。
 予選会とは今回のプレゼンター八人を五人に絞り込む作業となる。一度は八人全員を本戦に参加させたら、という声もあったのだが。私もいっそのことそうしようかと考えた。
 だが、ここは最初の計画通り、厳しくいくことにした。みんないいものを作ってきている。しかし、ここで関門を設けないとさらにいいものには仕上がらない。なぁなぁで夢を語ってもらっては困るのだ。
 予選会、ここでも緊張感が走る。ヒロキさんは会場を和ませながら進行してくれている。だがこの審査は私とヒロキさんの二人でやることになっている。
 この審査のやり方もかなりもめた。正直、私もヒロキさんも審査はしたくなかった。今までずっと見ていて、その裏の努力も知っているから。だから誰も落としたくない。だから最初は、見に来た人に選んでもらうかと思っていた。
 そのことを羽賀さんにも相談してみた。ここでこんなことを言われた。
「島原さんがプレゼンターだとしたら。どんな審査内容だと落とされても納得出来ますか?」
 これは考えてしまった。自分がプレゼンターだったら。見ず知らずの第三者が、その場の勢いや雰囲気で選んでしまったら。なんだか納得出来ないだろうな。だったら、誰の審査だったら納得できるのか?
 それは、今まで自分たちのことを見てくれていた人。ドリプラの趣旨もしっかりと分かって、それに対して意見を言える人。
 そのことを羽賀さんに伝えたら、こんな言葉が。
「だったら、誰が審査するといいんでしょうね?」
 この時点で答えは決まっていた。このドリプラを最初から企画し、ここまで運営し、さらにその趣旨を深く理解している人。私とヒロキさんしかいない。
「わかりました。覚悟をして審査させていただきます」
 これが私の出した結論だ。ヒロキさんにもそのことを伝えると、最初は拒まれたがやはり納得せざるを得なかったようだ。
 そして今、八人のプレゼンが終了。私とヒロキさんは別室で協議をすることに。だがここで意見が別れた。やはり見る角度が違うのだ。予定では十分ほどで終わるはずだったのだが。予想を大幅に上回り、三十分もかかってしまった。
 そして結果発表。ここはヒロキさんにお任せした。ヒロキさん、結果を読むのは辛いとのこと。だから、スライドに合格者の名前を書いて、それを一気に表示するという形式をとった。
「では発表します」
 ドラムロール。そしてタイミングを合わせて……ドンッ!
「うそーっ!」
「やったー」
 喜ぶものもいる。逆に肩を落として落胆するものも。
「このような結果になりました。では実行委員長の島原さんから審査に対してコメントをお願いします」
 ヒロキさんからそう振られて、私はマイクの前に立つ。このとき、色々な思いがこみ上げてきた。
 その途端、私は急に涙が出てきた。ドリプラをやろうと思って羽賀さんに相談し、そしてヒロキさんに声をかけて。いよいよ始めようと思った時に、取引先の工場から取引停止の話になり。そんな中でも支援会をスタートさせ、みんなの思いのお陰で取引の方も回復のめどが立ち。さらにはプレゼンターの思いが乗せられたプレゼンテーションを見て感動し。そして今がある。
 声にならない。なんて言っていいのかわからない。
「ご、ごめんなさい」
 私がこんなに泣くなんて。自分でも信じられなかった。けれど、これが真実。この思いが、人を動かすのだな。あらためてそう思えた。
 深呼吸をして、ようやく口を開くことができた。
「皆さんのお陰で、ようやくここまでこれました。今回、八人中五人にしぼらせて頂きました。これはとても苦しかったです。みんな通してあげたかった。けれど、ここはしっかりと審査をしなければいけない。そう思って、断腸の思いで五人を選ばせて頂きました」
 また言葉に詰まる。すると、落とされた三人から拍手が。それにつられて、会場のみんなも拍手をしてくれた。
「ありがとうございます。このドリプラ、明日がいよいよ本番です。けれど、明日がゴールじゃありません。明日が本当のスタートです。そのスタートをみんなで切れるように、がんばっていきましょう!」
 再び大きな拍手。こうして予選会は終了となった。
 終わってから会場をあらためて見ると、羽賀さんがいつの間にか後ろに立って見てくれていた。しかも、取引先の内山さんと一緒に。
「羽賀さん、内山さん、今日はお越しいただきありがとうございます」
「島原さん、明日がいよいよ本番ですね。私ももちろん見に行かせて頂きますよ」
 あらためて羽賀さんと握手。さらに内山さんの言葉が。
「島原さん、いいものを見せてもらいましたよ。明日はさらに感動させてくれるんだろうなと思うと、今からワクワクしますよ。こういった地域のリーダーたちを育てていく。私たちもこういった活動に積極的にならないといけませんね。そんなことを気づかせてくれましたよ」
「あ、ありがとうございます」
 内山さんと固い握手を交わした。ここで私の腹は決まった。よし、自分の夢をもう一度形にしてみるか。
 私の夢、それは地域の若い人たちや子どもを早い段階からリーダー育成すること。かつてあった、吉田松陰の松下村塾のような、そんなものをこの地につくりたい。その活動の発表の場として、このドリプラをつかってみたい。そんな夢があるのだ。
 夢を思い描く、そして実現に向けて動き出す。これをこれからもサポートしていく。これが私のライフワークとなるだろう。今後も一層、この活動に磨きをかけて行くぞ。そう固く誓うことができた瞬間だった。

<クライアント21 完>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?