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コーチ物語 クライアントファイル15「弟子入り志願」その8

「ボクがどうなれば……」
 そうだ、ボクが一人前としてオヤジから認められればいいんだ。でも、コーチングで一人前だなんて、まだまだ遠い道のりだ。しかし別のことなら人よりも自慢できることがある。それは……
「羽賀さん、今はコーチングでは一人前どころか半人前にも満たない状況です。でも、プログラムの腕ならば間違いなく自信を持って一人前、いや他の人には負けないものを持っていると思っています。これを見せればオヤジも安心するんじゃないかと思うんです」
「なるほど、いい考えだね。今自分が出来ること、それをお父さんに見せればいいんだね」
「はい。でも、それだとコーチングを諦めたことになっちゃうんじゃないですかねぇ……」
 今度はそっちの不安が出てきた。プログラムの道で地元に帰って就職できたとしても、コーチングを心半ばに諦めたと思われては逆効果だ。
「ちっちっちっ、佐藤くん、また落とし穴にはまってるねぇ」
 唐沢さんが人差し指を立てて横に振りながらボクにそう言う。
「落とし穴、ですか?」
「あぁ、自分で自分の道に制限をかけてるんだよ。どうしてプログラムの道に進んだら、コーチングを諦めたことになるんだ?」
「だって、そうじゃないですか。プログラマーとコーチなんて両立できないですよ」
「ホントかな?」
 唐沢さんにそう突っ込まれて、ボクは考え込んでしまった。どう考えても両立できない。あ、でもそれって自分がそう思っているだけなのか? ひょっとしたらこの二つを融合する道ってあるのか?
 でもボクの頭の中では、その二つを融合させることは難しかった。おかげで頭を抱えてウンウン唸るだけだった。
「もっと周りを見回してごらん。一見すると違うような二つのことをうまく融合させている人、いないかな?」
 違う二つのことを融合している人。誰だろう? 周りを見回せって言ったよな。ここにいるの羽賀さん、唐沢さん、堀さん。けれどこの人達はその道のプロフェッショナルだ。あといるとすれば、先程までいてくれた舞衣さん。けれどこの人も基本的にはお花屋さんだし。あとは……
「ミク……?」
 つぶやいて気づいた。彼女は専門学校生。コンピュータグラフィックを学んでいる。またコンピュータについてはハードもソフトもとても詳しく、ホームページの作成なんかもサクサクこなす。
 その一方、羽賀さんのアシスタントとしてコーチングを学んでいる。今ではボクの師匠みたいなものだ。さらに、羽賀さんとの会話の中ではミクが羽賀さんをコーチングしているような場面もある。これは羽賀さんが出しているメルマガの作成やホームページの修正の場面。羽賀さんの表現したいことをインタビュー式で聞き出し、それを形にする。
 そうか、コーチングってコーチとして名乗らなくても活用できるんだ。
 そこに気づいた瞬間、膨大な情報が湧き出てくるように頭の奥から吹き出してきた。まるで火山の爆発のようだ。
「羽賀さん、わかりました。ミクを見習えばいんですね。ボクはプログラマーはプログラマー、コーチはコーチとして分けて考えていたんです。でもこれってうまく融合できるじゃないですか。そうだ、思い出しましたよ。ボクは客先と打ち合わせをしていたとき、相手が表現したいことを仕様書としてしか受け取っていなかった。だから客先から突然変更とかが入ると不満で仕方なかったんです。でも、それはボクが客先の要望を形でしか受け取っていなかったから聞き逃していただけのことなんですね」
 頭で考えるよりも先に、口の方から言葉が飛び出してくる。それからボクは昔のことを振り返りながら、もっとこうすればよかった、コーチングでこれを改善できるじゃないか、といったことが次から次に飛び出してきた。
 それは先程頭の中で爆発した火山の噴火の一つ一つを解析しながら話しているんだ、ということにも気づいた。
 そして最後に出した結論はこれだった。
「どうせならオヤジのやっている農業、これのシステムをつくってプログラムするといいかもしれない。まずは農家にヒアリングをして、コーチングで要望を聞き出す。そして不満点を改善できるようなものをつくる。うん、これだったらボクに出来そうな気がします」
「佐藤くん、なかなかいいアイデアじゃないですか。どうだい、そのアイデアを思い切って形にしてみるというのは」
「はい。これだったら今のボクのレベルのコーチングでもなんとかなりそうですし。もちろん、もっともっとコーチングの腕は磨きますよ。よし、そのために農業とプログラムとコーチング、この三つのものを融合してみよう」
 ボクの心はすごく燃えていた。うん、これならいける。今ボクが持っているパソコンでも対応出来そうだし。資金もそれほどいらない。さっきまで迷っていたことが嘘のように消え去り、それ以上の期待感が湧いてきた。
「じゃぁ善は急げだ。まずどんな準備が必要か、それを洗い出してみよう」
 ここから羽賀さん、唐沢さん、堀さんの三人がボクに協力をしてくれて、さまざまなことが決まっていった。
 ちなみに後からミクに聞いて知ったことだが、この三人を二時間ほどコンサルタントとして使うと、今のボクにはとうてい払えないほどのお金を支払わなければならないらしい。そんな贅沢を無料でやってくれただなんて。この人達はなんて人がいいんだろう。ホント、感謝だな。
 その話から三日後、ボクは故郷の広島の地に立っていた。まずは状況視察。そのあと本格的に移住を考えている。
 ボクが帰ってきたことに対して、オヤジは最初は喜ばなかった。それどころかあわや追い返されそうにもなった。
 が、ボクが今考えている事業プランについて話をすると、すこしずつ耳を傾け始めた。そして最後はこう言ってくれた。
「わかった。だったらもっとお前が話を聴きやすいように、明日このあたりの人間を集めてやろう」
 なんとオヤジの方から協力をしてくれると言うのだ。これには大喜びした。そしてすぐに羽賀さんに報告。羽賀さんも電話の向こうでとても喜んでくれていた。
「よし、じゃぁ明日のためのコツを伝えるね」
 なんと、羽賀さんはミーティングをうまく行うコツをボクにプレゼントしてくれたんだ。実はこれも堀さんの受け売りだそうだが。
 教えてもらったことを早速実践して、オヤジの知り合いからいろいろと今の困りごとを聞き出すことができた。そこで知った情報に対して、その場でボクがパソコンを使ったネットワークシステムを提案してみた。するとウケがすごくいい。おかげでわずかではあるが出資者まで出るという具合。
 何もかもがうまくまわりはじめた。本当にこれでいいんだろうか。そんな気さえする。
 ボクは一度家に戻り、本格的に事業を始める段取りをつけることにした。当然羽賀さんのもとへ訪れ、その報告と今後のアドバイスをもらうことに。
「そうか、いい感じで進んでいるじゃないか。佐藤くんはすごいなぁ」
「いえ、これも羽賀さんたちにいろいろとアドバイスをいただいたおかげです。本当にありがとうございます」
 ボクは心から感謝の言葉を述べた。
「うん、その気持が大事なんだよ。これはある人から聞いたことなんだけど。人生を成功させるためには三つの要素が必要なんだって」
「三つの要素、ですか?」
「うん、どんなことかわかるかな? 思いつくまま言葉にしてみて」
 まるでなぞかけ問答だな。人生を成功させる三つの要素、か。ボクは頭にひらめいたことをいくつか口にしてみた。お金、人脈、目標、目的、計画、夢、などなど。
 羽賀さんはボクが口にしたことをホワイトボードに書き記していく。だがここで気づいた。羽賀さんはボクが出した言葉を分類しながら書き記しているのだ。しかし、なぜか右側が開いている。
「他に思いつくことはないかな?」
 十個ほど出してみたが、それ以上思いつかない。ここで羽賀さんは赤色のペンでグループ分けされた項目に大きくタイトルを付けた。
「こちらの目標とか夢、目標といった項目。これらは大きく目標系といわれているもの。これは行動を起こすモチベーションになるものだ」
 なるほど、これは大事な要素だな。
「そして真ん中に書いたもの。これらは戦略系と言われているもの。計画とか人脈とかお金とか。こういったものだね。目標や夢があっても、それを実行に起こすための計画や戦略が必要。こういったものをビジネススキルともいうんだよ」
 そうか。やる気があっても方法を知らないとダメだからな。
「そうなると、もうひとつの要素はなんでしょうか?」
 まだ空欄になってみる右側。ここが気になる。どうやらボクの口からその答えは出てこなかったようだ。
「もうひとつの要素。それがさっき佐藤くんがボクに言ってくれた言葉なんだよ」
「ボクが羽賀さんに言った言葉?」
 それが何なのか、まだわからない。首をひねっていると、羽賀さんがボードにその答えを書いてくれた。
「『感謝』、これが大事なんだ」
 そうか、感謝か。これはまさしく今のボクの気持ちそのものだ。
「ボクたちは決して一人では成功はできない。多くの人に支えられて今がある。それを忘れないためにも、そしてまた多くの人の力を借りるためにも、この『感謝』というのがとても大事なんだ。けれど多くの人はこの要素を忘れがちになる。佐藤くん、今後君が成功するためには、この感謝を忘れないで欲しい」
 羽賀さんの言葉は胸にジーンときた。気がつくと涙も出ている。
「はいっ、決して忘れません。羽賀さん、本当にありがとうございます」
 ボクは深々と羽賀さんにお礼を言った。
「佐藤くん、短い間だったけれどボクの弟子として大きく成長してくれたことにボクから感謝の言葉を伝えさせてくれないか。本当にありがとう。そしてこれからもボクの弟子として、大きく成長してくれることを心から願っているよ」
 羽賀さんに弟子入りして本当に良かった。そしてこれからも人として精進していくことを心から誓う。
 こうしてボクは新しい人生を歩むことになった。この先どんなことが起きるかわからない。けれど羽賀さんを始め多くの人に支えられ生きていく。さらに今度はボクが多くの人を支える番になるんだ。
 このことを胸に、ボクはあらたなる一歩を踏み出した。

<クライアント15 完>

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