見出し画像

コーチ物語・クライアントファイル7 愛する人へ その2

「その紳士って、ちょっとガタイのいいどこかの会社の重役って感じじゃなかったか?」
「私は直接見てないのよ。でも運転手付きの車に乗っていたらしいから、多分どこかの会社のエライ人じゃないかって言っていたけど」
「じゃぁ間違いねぇな。そういやこの前命日だったからな……」
「命日?」
 ミクはオレの顔をのぞき込みながらそう言ってきた。
「あぁ、この話はちょいと複雑なんだが……」
 オレはちょっとじらしを入れてみた。口説きたい女の子の興味を引くときのテクニックだ。
「ねぇ、もったいぶらないで早く教えてよっ」
 ミクが少しイライラしている。オレはあわてずに、ゆっくりとした態度を取りこう言った。
「まぁあわてるなよ。ところで、なんかお腹がすいたなぁ……」
 こう言うと、素直に茶菓子でも出してくれるのがセオリー、なのだが……
「別にいいわよ。羽賀さんの過去を知ったところで羽賀さんは羽賀さんだから」
 そう冷たく言い放ったのは、舞衣さんの方だった。おいおい、オレのシナリオにはそんなのはなかったぞ。
「ちょちょ、ちょっと待って。羽賀の事をもう少し知りたいとは思わないのかよ?」
「そうよ舞衣さん。私はもっと羽賀さんのことを知りたいわ」
 ミクは大いに反応。だが舞衣さんの答えは
「だって、知っていても知らなくても羽賀さんは羽賀さんでしょ。私は今の羽賀さんがいいんだから。まぁ、唐沢さんが話したいのであれば別ですけど」
 な、なんちゅー反応。オレはあっけにとられてしまった。さらに舞衣さんの追い打ちの言葉が続く。
「で、唐沢さん。話すの、話さないの?」
「わかった、わかったよ。羽賀の事話すよ。ったく、舞衣さんはオレよりも上手だなぁ」
 後でわかったことだが、舞衣さんのこのテクニックは羽賀から習ったものらしい。もったいぶっている相手にいかにしてしゃべらせるか、というものだそうだ。オレが手玉に取られるとは、舞衣さんもなかなかやるじゃないか。
「じゃあ話すぞ。ただし、ちょっとショッキングな事もあるから心して聞いてくれよ。この話をするには、まずは羽賀が四星商事でトップセールスマンだった頃のことから話さないといけないから、ちょっと長くなるぞ」
 二人は首を縦に振った。
「あ、ちょと待って」
 舞衣さん、奥に一旦引っ込んで、次にはてにお菓子を持っていた。
「さっきは意地悪してごめんなさい。これ、食べながらでいいから」
「ありがとよ。じゃぁ早速話をはじめるぞ。あれは七年前のことだったな……」
 
「よし、今日からあこがれの営業部だ。幹部候補生として徹底的に経営理論から営業スキル、果ては行動心理学まで勉強させられたからな」
 当時、オレは大学を出て四星商事に入社してから二年間、幹部候補生としての教育を受けてきた。その同期の中にいたのが羽賀である。
 ヤツは幹部候補生の中でもダントツの成績で、誰もがあこがれ、そして誰もがライバル視していた人間だった。その羽賀がオレと同じ営業部へ配属になったのだ。
「よぉ、唐沢。これからもずっと一緒だな。よろしく頼むよ」
 あのころの羽賀は、とてもスマートですでにエリート営業マンの風格を持っていた。顔もキリッと締まって、どこかのモデルを匂わせるものを持っていた。聞けば、ヤツはT大学の大学院を優秀な成績で卒業したとか。オレもW大学の大学院卒だが、オレの場合は遊びも多かったので単位ぎりぎりだったな。
 そんな羽賀には負けたくなくて、二年間は必死でやってきたつもりだ。だが、あいつにはどうしても追いつけなくて、最後は逆に羽賀にくっついて、あいつをうまく利用した方が利口だということに気づいた。
「で、羽賀よぉ。おまえはどんな営業を目指しているんだ?」
 当時のオレは、羽賀の考え方をいち早く理解しようとして羽賀のことをいろいろと知ろうとしていた時期だった。
「あぁ、オレが目指しているのは畑田部長だよ。あの部長の功績はすごいものがあるからな。オレも早くいろいろと企画を立てて、自分の実力で多くの数字をはじき出したいと思っているよ」
 今は専務の畑田、当時はまだ担当役員であり、営業部長を任されていた。しかし、その畑田部長も常務昇格は目の前と言われていた。
 その言葉通り、ヤツは一年もしないウチにどんどんと功績を残していた。
ヤツの立てた営業企画、これはすべて用意周到な手段を用い、相手がそう動かざるを得ないようじゃ状況をつくる。そして契約書に判を押させてしまう。
 一部にはちょっと強引だとか、だましているとかいう批判も聞かれたが、その実績には上司であっても反論することはできなかった。
 そんな上り調子の羽賀と、そのおこぼれで成績を保っているオレの前に突然現れたのが、畑田部長の娘の由美であった。そして、由美の出現が羽賀の人生を大きく変化させることになった。
「皆さんこんにちは。はじめまして。今日からこの営業部にお世話になります畑田由美と申します」
 初めて見る由美の容貌は、この営業部の全ての男性の目を釘付けにした。
その清楚なイメージ、そしてスタイル。さらには洋服のセンスまでが完璧といっていいくらいだった。
 もちろん、羽賀も男である。由美に気を惹かれないわけがない、と思っていたのだが……。
「唐沢、畑田部長の娘さんだからといって使えない人はいらないからな。今はオレの仕事のじゃまにならないことを願っているよ」
とドライな発言。いくら仕事の鬼だからといって、その発言はないだろう。
 由美は、最初は営業部のバックアップとして、主に見積書作成やワープロ、営業資料の作成といった仕事を請け負っていた。が、由美がその才能を営業部全体に知らしめたのは、あの羽賀のバックアップの仕事からだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?