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コーチ物語 クライアント21「夢を語る男」その2

 羽賀さんと会う日。場所は駅前のお店。ここは昼間は喫茶と食事の店なのだが、夜は洒落たバーに様変わりする。女性に人気の場所だ。
「羽賀さん、おまたせしました」
「島原さん、しばらくぶりです」
 店はすでにお客さんでいっぱいになりつつある。私と羽賀さんはカウンターに位置する。
「島原さん、いらっしゃいませ」
 ここのマスターは私の知り合いで、以前は何度か一緒にボランティア活動を行なっていた。今ではお店が忙しくなり、マスターはなかなか出てこなくなってしまったが。
「で、相談ってなんですか?」
 メガネの奥に見える微笑み。この微笑みが羽賀さんの持ち味であり、独特なコーチングを期待させてくれるものでもある。
 私は早速、東京で行われたドリプラの世界大会のパンフレットを取り出し、羽賀さんに見せた。
「ドリプラ、ですね」
「ご存知でしたか」
「えぇ、まだ実際には見たことがないのですが。これって夢を語るっていうやつですよね」
「はい、ただ夢を語るだけじゃないんです。それが叶った世界を疑似体験できるストーリー、さらにはどうしてそれが自分でなければいけないのか、その人生観とリンクさせた物語を語るんです」
 私の語りはだんだんと熱くなってくる。それが自分でもよくわかる。羽賀さんを相手に、ドリプラの素晴らしさを語れば語るほど、自分の中にあるものが溢れでてくる。そんな思いがする。
「そこで羽賀さんにお願いがあるんです」
 いよいよ本題を切り出す。
「このドリプラにはメンターが必要です。メンターはプレゼンターのプレゼン作成をサポートする役目。なのでコーチングを必要とするのです」
「なんとなくわかります。何人もいるプレゼンターの支援をする人たちがいるわけですね」
「はい。しかもメンターは一人じゃダメです。できればたくさんいたほうがいい。けれど、コーチングを専門でやっている人はそんなにいません。なので、まずはこの地でコーチングをある程度できる人をピックアップして、できればそのメンターを育てる役目と全体を指導する役目、それを羽賀さんにお願いできないかと思いまして」
 このとき、羽賀さんの顔から珍しく笑顔が消えた。どういうことだろう?
 羽賀さん、しばらく腕組みをして考えている。そしてこんな言葉が。
「そのお返事、もう少し待ってくれませんか?」
「えっ、ど、どうして?」
 羽賀さんなら二つ返事で引き受けてくれると思ったのに。
「私がその役目をやるのはそんなに難しいことじゃないんです。確かに私もそういうイベントにかかわっていたい。そんな気がしています。けれど……」
「けれど?」
「本当に私じゃないといけないのかな?」
「もちろん、羽賀さんの実力を見込んでのお願いなのですが」
「そこなんですよ」
「そこって?」
「私のことを高く評価してくれるのはありがたいことです。けれど、それだといつまで経っても次が育たない。いつまでも私がやるわけにはいかない。そう考えたのです」
 羽賀さんのその気持、よくわかる。実は私も社内の人財育成で同じような思いをしてきたからだ。
 私の会社の仕事は鉄鋼業。現場では溶接を行ったり組立を行ったりしている。その技術の継承というのが今一番の問題である。
 私より年上の、父の時代から会社にいる人達の技術レベルはとても高い。いわゆる職人技というやつ。しかし、その技術がなかなか下に伝わらない。それはどうしてか?
「ったく、下手くそだな。オレに任せろ」
 そういう態度をとる職人が多いからだ。出来る人が難しい仕事を片っ端からやってくれるものだから、下の人はいつまでも簡単な仕事しかさせてもらえない。そうなると技術の差はますます広がる。
 そこを解決しようと、社内で師弟制度というものを始めた。基本的に二人三脚でベテランさんに若い人をつけて指導をする。ベテランは若い人の補佐であり、その技術を伝えていくことを中心としていく。その制度を思いつかせてくれたのも羽賀さんであった。
 そのおかげで、今では社内の技術レベルも全体的に向上している。また、年齢差を超えたコミュニケーションもとりやすくなり、社内の壁が一気になくなってきた感じがする。
 そうか、羽賀さんたちのコーチングの世界でも同じことが言えるのか。でも、誰に羽賀さんの代わりをしてもらうか。思い当たる人は一人いる。というか一人しか思い浮かばない。
「じゃぁ、ヒロキさんにやってもらいますか……」
 私はその人物の名前を口にした。ヒロキさんとは羽賀さんのコーチングの勉強会で知り合ったコーチ。独立してまだ間もないはずだ。私から見ると、まだちょっと心もとない部分もあるが。やる気だけは十分にある。
「私もそれをご提案しようと思いました。ヒロキさんならきっと期待以上の仕事をしてくれますよ。彼はIT関連にも強いから、いろいろと役だってくれると思います」
「でも……でも、羽賀さんは何も関わってはくれないのですか?」
「私はヒロキさんのサポートをさせてもらいます。彼がこの仕事で行き詰まった時には、ちゃんと指導しますよ」
 それを聞いて安心した。羽賀さんはさらに付け加えてこうも言ってくれた。
「島原さんのコーチングサポートもさせてもらいますよ。むしろそちらのほうが重要かと思います」
 確かにそうだ。会社を経営しながらもドリプラのイベントに関わる。しかもこのドリプラは一過性のイベントにしたくない。毎年この地で開催できるように定着化させないと。そのためには私が勢力的に動けるように、羽賀さんのメンタルサポートは欠かせないだろう。
「わかりました。じゃぁこの件をヒロキさんに話してみたいと思います。ありがとうございます」
 羽賀さんに相談してよかった。よし、なんだか一歩、いや何歩も前進した気持になれたぞ。あとは行動を起こすのみ。私は早速ヒロキさんにアポを取るべく携帯電話を取り出した。
 それから二日後、私はヒロキさんを羽賀さんと話をしたお店で会うことになった。店に入ると、ヒロキさんはすでに私の到着を待っていた。
「お待ちしていました。で、ご用件とは?」
 私は上着を脱ぐ事も忘れ、いきなりバッグから資料を取り出す。そこにはドリプラの世界大会のパンフレット。そして開口一番、こう伝えた。
「ドリプラをやりたいんだ。力を貸してくれないか」

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