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コーチ物語・クライアントファイル5 オレのやり方 その6

「で、軽部くんはどうしてここに?」
「それはさすがに企業秘密です。といっても、見たところ羽賀先輩と蜂谷さんとは仲がよろしいようで。きっと蜂谷さんの口から聞くことができますよ」
「ま、おおかた予想はついているけどね。四星が蜂谷さんの腕を見逃さないわけがないからなぁ。駅前に大きいのもできることだし」
 羽賀さんのその言葉に、軽部は一瞬渋い顔をした。羽賀さんは軽部のその顔を見て一言。
「軽部くん、まだまだポーカーフェイスの練習が甘いよ。今のハッタリで全てが図星だということがわかっちゃうじゃない。これじゃ、お客様にすぐに君の、いや四星のたくらみなんてばれちゃうよ」
「し、失礼します!」
 軽部は羽賀さんのその言葉に怒ったのか、最後の一言を残して店を逃げるように飛び出していった。
「軽部くん、ホントにまだまだ青いよ。さて、それよりも蜂谷さん」
「は、はい!」
 オレは羽賀さんから突然名前を呼ばれて、ガラにもなく緊張してしまった。羽賀さんの方を向く。その眼はいつもの通り、柔らかで安心感を与えてくれる。さっきの軽部ってやつの眼とはやはり対照的だ。
「もしボクが今から言うことが当たっていれば、だまってうなずいてください」
 オレは何が始まるのかと思ったが、とにかくこの場は羽賀さんの言うとおりにすることにした。おれは黙って羽賀さんの言葉におおきくうなずいた。
「軽部くんは蜂谷さんに、駅前商業施設『セントラル・アクト』への日本料理店の出店の話しをもってきた」
 オレは大きくうなずく。
「さらに、出店にあたっては、融資の面や資材・食材の面で面倒をみてあげる、そう約束すると言った」
 さらに大きく、オレはうなずいた。
「但し一つだけ条件があるともちだした」
 ここまで的確に言い当てた羽賀さんにびっくり。
「その条件とは、メニューの決定権。これを四星側で行うというもの。いかがですか?」
「いやいや、なんでここまで言い当てることができるんだよ…」
 オレは羽賀さんがそこまで言い当てたことに対して、不思議でならなかった。しかし、羽賀さんの口から出された言葉は、一番納得できる回答でありさらには一番困惑させる回答でもあった。
「なんてことはないですよ。この事業プラン、もともと私が企画したものなんですから…」
 羽賀さんはちょっと伏し目がちにオレを見ながらそう答えた。
「え、羽賀さんが…そ、そうか。羽賀さんは元四星商事のセールスマンってことだったよな。ってぇことは、まだ何か隠してやがるってことか?おい、いってぇ何を隠してやがんでぇ。事によっちゃ、タダじゃおかねぇぞ!」
 オレは先ほど黙ってうなずいていた態度から一変し、問いつめてやろうという気持ちがあふれて言葉が乱暴になってしまった。が、羽賀さんはそれを冷静に受け止める。
「えぇ、私が元四星商事のセールスマンってのは確かです。が、今はただのコーチですよ。それよりも蜂谷さん、あの軽部くんの提案を聞いて、出店についてどの程度前向きに考えているのですか?」
「なんでぇ、あの話か。ま、まぁ悪くはねぇと思っているがな…けどよ、メニューまで口出されたんじゃ料理人としてはちょっとな…」
「メニューに口を出されると、その先はどうなるんですか?」
「その先ねぇ…」
 オレは羽賀さんのその質問で、一度冷静になって考えてみた。
 出店に当たっての条件は悪くねぇ。悪いどころかこちらに有利なものばかりだ。集客だってあの施設だったらうまくいくだろう。が、どうしても何か一つピンとこねぇ。それは何なんだ…。
「メニューに口を出されると…オレ独特の料理がだせねぇ。ってことは、オレのやり方ってのがうまくいかねぇってことになるな。どうも窮屈でいけねぇや」
「それから?」
 オレの答えに羽賀さんはさらに質問を重ねた。
「それから…そうそう、あれだけの施設に出店するんだから、オレ一人じゃ料理は作れねぇ。そうなると何人か料理人を雇う必要があるわな。そう考えると、オレばかりが料理をやっていたら効率が悪くなるから、ある程度決まったメニューってのは店内を回しやすくはなるかな」
「そうなると、蜂谷さんの味というのはどのように広がるんでしょうね?」
「オレの味…? そうさぁな、全くのオリジナルってわけじゃないが、オレに続く料理人が育ちやすくはなるわな」
「そこなんです! 四星のねらいは!」
 羽賀さんが険しい顔をして突然立ち上がり、大きな声で叫んだ。
「四星商事は新しく食の世界へ進出しようとしています。狙うのは全国主要都市での高級料理を中心としたチェーン化。そのためには一流といわれる人間の味をコピーする必要があるのですよ。チェーンですからね、各店に味の格差をもたせないように」
「そりゃそうだろう。でもよ、それと今回のことがどうつながるんでぇ?」
「蜂谷さん、あなの味が四星商事側にコピーされたあと、あなたはどのような待遇を受けると思いますか?」
「待遇…そうさな、総料理長とかいって、いい待遇を受ける…」
「なんて甘いことを、厳しいコスト競争にいる商社が考えるとお思いですか?」
 羽賀さんのその言葉に、オレは一瞬背筋がゾッとした。
「ってことは…そのときにオレは…」
「そう、味が完全にコピーされればオリジナルは不要。その先は今蜂谷さんが頭の中に描いている通りですよ」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれよ! するってぇとオレは味を広げるために利用されるってことか!?」
羽賀さんは無言でうなずいた。
「だったらよ、当然この話はお断りだ!」
「しかしそうもいかないでしょう。あの四星商事のことだ。今度は蜂谷さんが敵に回らないように、あの手この手で妨害にでることは間違いないでしょう」
「だったらどうすりゃいいんだ…」
オレと羽賀さんは向かい合って腕組みをしたまま、うなだれて黙り込んでしまった。一体どうすればいいんだ…。

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