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コーチ物語 クライアントファイル13「オレが法律だ!」その1

 ったく、なんでこんなに事件が多いんだよ。おかげでまともに家に帰りゃしねぇや。おっと、どうやらまたお呼びだ。
「警部、竹井警部、また取り調べをお願いできないですか?」
 ほらきた。最近はなぜかこの役目がオレに回ってくることが多いんだよなぁ。
「このくらいお前らで処理しろよな。オレはオレの事件があるんだから」
 そう言いながら重い腰を上げて取調室へ向かう。そういやいつからこの役目がオレに回ってくるようになったんだっけな。そうそう、あいつとつきあい始めてからだ。ったく、あいつとつるむとろくな事はねぇな。
 取調室へ向かう廊下で、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「それでですね、どうやらちょっとこっちがらみみたいなんですよ。そこで竹井警部に協力してもらいたいと思っているんですけど」
 その声の主は受付の女性になにやら説明をしている。こっちがらみ、と言ったときに頬に人差し指を当ている。どうやらヤクザがらみらしいな。
「羽賀ぁ、オレに用事か?」
「あ、竹井警部。ちょうどいいところに」
「バカ野郎、オレはお前の便利屋じゃねぇっての。オレは今から取り調べがあるんだ。用事なら後にしてくれ」
「竹井警部なら取り調べで相手を落とすのはちょちょいのちょい、でしょ。じゃぁしばらく待たせてもらいますから」
 ひょうひょうとした態度でそう語るこの男。こいつとつきあい始めてから、オレは取り調べで相手を口説き落とす役目が多くなったんだ。
 羽賀純一。コーチングっていう仕事をやっている男。まぁこいつからいろいろとアドバイスをもらっているおかげで、オレも人の心をうまく読めるようになったのは間違いないが。けれどこいつとつるむとろくな事がねぇんだよな。今日みたいにやっかい事を持ち込んでくるし。
 しかし、こいつのおかげでオレの評価が高くなっているのも確かなんだよな。結構難解な事件の容疑者も、取り調べの時にうまく自供に持ち込みやすくなったし。さらにこの羽賀を通じて一般市民の知り合いも多くなって、防犯にも役立っているみてぇだし。目下の悩みは、忙しすぎて家でゆっくりできねぇってことくらいか。
 そんなことを考えながら取調室へ入る。今日の相手はコンビニ強盗の若造。間抜けなヤツで、逃走用の原チャリがパンクして往生しているところでお縄となったやつ。その原チャリも盗んだもので、身元が不明。何一つ口を割ろうとはしない。
 取り調べでウチの若いヤツらが脅したりすかしたりしてみたんだが、妙に頑固なやつで。こんな事件、さっさと片づけて別のヤマに時間をかけたいというのが警察の本音だ。
 で、どうしようもなくてオレにおはちが回ってきたというわけだ。んとに、めんどくせぇなぁ。
「おまえさんか、コンビニで強盗しようとして、あわてて逃げたら逃走用の原チャリがパンクしたってのは」
「うるせぇっ」
 この若造、反抗的な態度だけは一人前だな。まぁオレから見ればかわいいもんだがよ。
「ところでよ、お前はたばこは吸うのか?」
「あぁっ!?」
 ギロリとにらむ目。下から突き上げるような眼光でオレを突き刺す。が、オレはそれをするりとかわす。
「まぁ一本吸えや」
 オレはこの男にたばこを差し出す。するとこの若造はオレをにらみながらも一本のたばこを引き抜いた。そしてヤツにライターの火を差し出す。
 ぷぅ〜っと一服。すると、一瞬だがこの若造は安堵の顔色をうかがわせた。よし、セッティングはこれでOK。
「ところでよ、最近はほんっと不景気だよなぁ」
「あ、あぁ」
 若造はしぶしぶながらもそう返事をする。オレはしてやったりという顔で次の質問をする。
「こんなに不景気だと、働くところもなかなか見つからねぇやつも多いんだろうなぁ」
「あぁ、そうだな」
 ぶっきらぼうながらもオレの質問に短く答える若造。さらにオレは質問を重ねる。
「そうなると金に困っているやつも増えてくるよな」
「まぁそうだな」
「やっぱ生きていく上で、金ってのは必要なものだからよぉ」
「そりゃそうだよ。金がねぇと食っていけねぇからな」
 よしよし、だんだんと食いついてきた。
「お前さんもやっぱ働き口がなくて困ってた口か?」
 ここで若造の言葉が止まった。だがそれは反抗をしての事ではないのはあきらかだ。その証拠に、ヤツは拳をぐっと握りしめて何かを訴えようとしている。
 オレはその訴えを代弁するようにこう語った。
「やっぱこんな社会をつくったヤツらが悪いよなぁ。働きたくても働くところがねぇんだから。でも金はいる。そうなるとどうしてもこんなことやりたくなるよなぁ」
 さぁどうだ。オレは若造をじっとにらんだ。
「刑事さん、あんた顔はいかついけどなかなか話しのわかる人だよなぁ。ホント、今の世の中をつくったやつらに文句が言いてぇよ。オレだってこんなこと、やりたくてやったわけじゃねぇんだ。食うに困ってやったんだからよ」
 よしよし、徐々に話しを始めてくれたな。オレは若造の言葉に耳を傾け、ときどきあいづちを打ちながら大きくうなずいてやる。
「そうかそうか、やっぱりお前も社会の被害者なんだなぁ。ところでお前はどこの出身なんだよ?」
「オレか? オレは長野の田舎から出てきたんだけどよ。最初はこっちにある大手電機企業の工場で派遣で働いてたんだよ。でもよ、去年の秋に大規模な派遣切りにあって。それからバイトで食いつないでいたんだけど、先月そのバイトも首になって…」
 徐々に自分の身の上を話し出す若造。その言葉をもう一人の刑事が調書として記録していく。結果的にこの若造の名前や住所まで聞き出すことができた。
「まぁお前も大変だろうけど。あのコンビニだって売り上げをつくるのに大変なんだからよ。それを横取りするなんてこと、これからは考えるんじゃねぇぞ」
「はい。わかりました」
 こいつ、根は素直なんだよな。
 そしてオレは取り調べを終わって部屋を出た。後のことは若手に任せることにしよう。
 今回も羽賀から教わったテクニックを使ったが、こいつはよく効くんだよなぁ。まずは相手との緊張感を解く。たばこを吸うヤツなら今回の方法が一番やりやすい。他にもいくつかバリエーションを持っている。
 次にイエスで答えられる質問をいくつも投げかける。物事の核心をつくような質問はまだしない。世間一般的な質問をする。これで相手は徐々に口数が多くなる。
 そしていよいよ核心をつく。が、いきなりここも質問はしない。相手の言葉をしっかりと認め、決して否定はしない。また今回のように相手が黙ってしまった場合は、その気持ちを察知して代弁をしてあげる。
 これでもうこちらの手の内に入ったも同然。相手はオレの言う言葉に耳を貸してくれる。何しろ自分の気持ち、なぜ犯罪に走ったのかを理解してくれる人が目の前に現れたんだから。
 そこまでやって本当に聞きたいことを質問する。これで相手は勝手にしゃべり出す。
 この一連のプロセスを羽賀に教えてもらい応用していくことで、オレはかなりの犯人の口を割らせることに成功している。
 昔はかなり暴力的に相手の口を割らせようとしたものだ。自分で言うのもなんだが、この厳つい顔だからなぁ。何も知らなければ、オレを警察だなんて思う人間はいねぇだろう。
「竹井警部、終わりましたか?」
 そんなことを考えていたら、突然声をかけられた。羽賀のヤツだ。
「おう、今回も楽勝よ」
「でしょうね。時間もそんなにかからなかったし。で、お願いなんですけどぉ」
 にこやかな顔でオレに近づく羽賀。おそらくこいつくらいだろう。オレにこんな顔で近づいてくるやつは。あ、もう一人いるわ。この羽賀んとこでアシスタントのアルバイトをしているミク。あいつはオレのことを警察官だなんて全然思ってねぇからな。それどころかたまにオレがパトカーに乗っているのを見て、タクシー代わりに使いやがるし。
 ホント、羽賀とつるんでいるとろくな事はねぇ。
「で、今回は何なんだよ。またヤッチャンがらみか?」
「えぇ、実は……」
 後から思ったことだが。この羽賀の話、無視しておきゃよかった。おかげでこれから面倒なことに巻き込まれるとは。このときは夢にも思わなかったからなぁ……。

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