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コーチ物語 クライアントファイル13「オレが法律だ!」その6

「で、羽賀よぉ、お前どんな魔法を使ったんだよ?」
 署に戻り、川上美穂からは一応事情を聞くということで新見がそれに対応をすることに。オレは羽賀とトシを連れて取調室へと足を運んだ。そして開口一番、この質問を羽賀にぶつけた。
「竹井警部、そんなに慌てなくても。今日くらいはカツ丼おごってくれるんでしょ?」
「ったく、しゃぁねぇな。今日だけだぞ」
「あ、ボクもお腹が空いたのでカツ丼をお願いします」
 オレはトシをギロリとにらんだ。そのくらい自分で払え、というつもりだったのだが。トシは取調室に入ったのがめずらしいらしく、オレの視線を無視してあたりをキョロキョロ見回していた。
「ちっ、いつもカツ丼が出てくるなんてことはねぇんだからな」
 オレは仕方なしに取調室にある内線電話からカツ丼を二つ頼むことにした。ちなみにオレはこう見えても最近は健康に気を遣っている。カツ丼では太ってしまうので盛りそばを注文。
「で、あの沈黙の時にお前は何をしたんだ?」
 オレは再び羽賀にそれを質問した。
「ボクから話すよりもトシくんが見た一部始終を話してもらった方がおもしろいと思うんですよね。トシくん、話してくれるかな?」
 羽賀の答えにトシはニコニコ顔で首を縦に振った。
「いやぁ、ホント羽賀さんにはびっくりしましたよ。なにしろ相手は紅竜会の若手幹部でしょ。いくら先輩といってもさすがにあの空気の中じゃボクもびびったんです」
「お前の話はいいんだ。あの長い沈黙のときに羽賀は何をやったんだ?」
「あ、すいません。つい興奮しちゃって。警部さん、あのとき羽賀さんが新堀先輩に言った言葉を覚えていますか?」
「えっと、なんて言ったんだっけ?」
「羽賀さんは『大人の支配を受けている子どもを救いたいんじゃないですか』って言ったんです。そのとき、新堀先輩はすごく穏やかな表情をしたんですよ。そして言葉を出そうとしたときに、羽賀さんがそれを止めたんです」
「止めた? どうしてだよ」
「あ、これ話しちゃっていいんですか?」
 トシは羽賀の方を向いて確認を取った。どうやらここに秘密がありそうだ。羽賀はにこりと笑ってトシの質問に応えた。どうやらイエスの返事らしい。
「ここで羽賀さん、筆談を始めたんです。そのときの最初が『外に警察がいます。会話は筒抜けなので文字で会話します』だったんですよ。これにはボクもビックリしましたね」
 なぬっ、オレらに聞かれないような会話をしてやがったのか。それで長い沈黙が起きたというわけか。
「おい、羽賀っ、きさまどういうつもりだ!?」
 オレは立ち上がって羽賀を指差してつい怒鳴ってしまった。
「まぁまぁ、話は最後まで聞きましょうよ」
 羽賀の言葉にしぶしぶ座り込むオレ。ったく、気にいらねぇな。
「じゃぁトシくん、話を続けて」
「あ、はい。この羽賀さんの行為にはさすがに新堀先輩も驚いたみたいで。そして新堀先輩も『どうしたいんだ?』と筆談で返したんです」
「ふむ。それで羽賀は何と返したんだ?」
 まだ怒りが半分おさまらないが、その先の展開にも興味はある。
「はい。羽賀さんはこんなことを書きました。『母親の愛情を知らずに育ってしまったあなたの気持ち、それが今の行動なのですね』と。そこで思い出したんです。新堀先輩は子どもの頃母親に捨てられた、不倫で家を出て行ったということを。昔先輩から聞いたことがあったんです」
「おい、羽賀、それは本当か?」
「えぇ、ミクにちょっと調査させたらその事実が出てきました。確か新堀さんが小学校二年生くらいのことです。その親のわがままのために、新堀さんはかなり苦労されたようです。その後父親は心身共に疲労し、うつにもなったようです。しかし子どもだった新堀さんの目から見れば、単に働きたくない父親としか見えていなかったようで」
「だから親の支配を受けている子どもを救いたい、なのか」
「えぇ、おそらく間違いないでしょう。しかし彼は本当の愛情というものを知らない。ただ親から引き離して保護することしか頭になかった。こればかりは経営学では学べないものですからね」
 羽賀の言う通りかも知れねぇ。けれどそんなやつの頭をどうやったら返ることができたんだ?
「それからお前はどう答えたんだ?」
「じゃぁここからはボクがお話ししましょう。新堀さんはそれからこう答えました。『ではお前は私の何を知っているんだ?』と。ボクはこう答えました。『知っているのは美穂さんを救いたい気持ちのこと。そして新堀さんが知らないのは、子を思う親の気持ちということ』。ここでボクは一枚の写真と手紙を差し出しました」
「写真と手紙?」
「はい。新堀さんのお母さんのものです。実は新堀さんのお母さんは不倫で出ていったんじゃないんです。父親のDV。暴力に耐えかねて、身の危険を感じて出て行かざるをえなかったんです。本当は新堀さんも連れて行きたかったようなのですが、直前になってダンナさんにそれを悟られ、泣く泣く一人で出ていったんです」
「おい、そんな事実いつ調べたんだよ? このトシが新堀の事を言い出したのは昨日の話だぜ」
「まぁこれは企業秘密です。ちょっとした情報源がありまして。で、ボクは急いでこの母親に連絡を取って事の次第を話し、写真と手紙を預かってきたんです。それを新堀さんにお見せしました」
 おいおい、オレの知らないところでそんな情報が手に入ってたとは。
「で、その手紙にはなんて書かれていたんだ?」
「さすがにそこまではわかりません。人の手紙を盗み見するなんてことはできませんからね。けれど新堀さんに対して母親の愛情がこもっていたのは間違いないでしょう」
「そして川上美穂ちゃんを開放した。そういういきさつなんですよ」
 トシがそう言い終えたときにちょうどノックの音が。
「警部、注文されていたカツ丼とそばが届きましたよ」
「おぉ、ありがとよ。まぁ食えや」
 オレは二人にカツ丼を差し出した。それにしてもまさかこんな展開になっているとは。羽賀とトシはカツ丼をほおばり始めた。オレもそばをすする。すすりながら羽賀に伝えた。
「羽賀ぁ。今回はうまくいったけどよ、次回からはそうはいかねぇぞ。いつお前に危険が迫るかもしれねぇんだから。こういう情報はちゃんと警察にも伝えておかねぇと公務執行妨害で逮捕されることもあるからな。肝に銘じておけよ」
「はいはい、わかりましたよ」
 ったく、オレの説教も右から左なんだからよ。
「でもホント、どうして羽賀さんは急に筆談を始めたんですか? 竹井警部の言うように、下手をすると身の危険だってあり得るわけでしょ」
 トシの言う通りだ。ちっとは自分の身を案じろ。
「それなんですけどね。どうやったら新堀さんがボクのことを信じてくれるか。そこをすごく考えたんです。いきなりお母さんの写真と手紙を出しても、それを読もうともせずに破り捨てる恐れだってありましたから」
「あ、だからわざと警察が外にいることを知らせたんだ。自分自身は警察側の人間ではなく、あくまでも新堀先輩の味方だってことをアピールしたかったんですね」
「うん、その通り。でもこれは一つの賭けだったけどね。けれどあの人は紅竜会には属していますけど、ちゃんと物事を考えることができる、立派な管理職なんだよ。じゃなきゃコーチングを使いたいなんて言い出さないだろうからね」
 なるほど。羽賀の分析も確かだな。けれどオレ様を出し抜いたのは今ひとつ許せねぇな。
「おい、羽賀。今度からはちゃんとオレの指示を聞いて行動するんだぞ。この場じゃあくまでもオレが法律だ。それに従わねぇと、今度はお前を逮捕するぞ。わかったな!」
 オレは羽賀ににらみを効かせながらそう伝えた。が、羽賀はいつものようにひょうひょうとした表情でオレの言葉を受け流す。んとに、こいつと出会ってからオレの威厳ってのが徐々に失われつつある気がするんだが。とはいえ、羽賀からはいろんなテクニックを教わったからなぁ。でもこれでいいんだろうか。
 そのとき、若い刑事が取調室へと駆け込んできた。
「警部、ヤクの出所がつかめました」
「なにっ、わかった。羽賀、ここからは警察の仕事だ。じゃまするんじゃねぇぞ。よし、じゃぁ早速会議をやるぞ。全員集めろ!」
 オレの号令で一気に緊張感が走る。と思ったのだが。
「あ、警部。ついでですがこの情報もお渡ししておきますね」
 羽賀のヤツ、ポケットから何やらとりだしてオレに手渡した。メモリスティックだ。
「なんだよ、こいつは?」
「まぁ見てみればわかりますよ。おそらく今の麻薬取引の情報に役立つと思いますよ。あ、トシくん、お茶をくれるかな?」
「あ、はい」
 なんだかここだけは場の空気が違うなぁ。ホント、羽賀ってのは不思議なヤツだ。オレは羽賀から受け取ったメモリスティックをポケットに入れ、捜査本部のある会議室へと足を向けた。

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