富山マラソン2021を振り返る

富山マラソン2021に向けサブ3復活に向け約2年間トレーニングを行ってきたが3時間11分13秒と失敗に終わった以下、備忘録に整理したもの

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<自己紹介>

ベスト2:57:09(06九頭竜),Half81:01(06),10k36:36(07),5k17:15(08)
40代 3:22:13(13大田原),Half83:48(20),10k38:24(21),5k18:10(19)

フルの変遷

①3:05:52(04九頭竜32),②2:57:09(06九頭竜34),③2:57:55(08篠山公認35),④3:07:28(08九頭竜36),⑤3:13:20(08防府36),⑥3:22:13(13大田原41),⑦3:33:49(15和倉43),⑧3:24:11(15福知山44)

1 レース編

①レースプランニング

これまでの練習の感じから4分14~15秒であれば息があがることまずなく後半のかなりの段階まで維持できるペースと感じていた。問題は富山では中間点で新湊大橋を経ることで登りが苦手な私は力感なくいこうとすると4分45~5分は見ておく必要(▲30~40秒)がある点であった。もう一点私を戦前悩ましてたのはスタートDブロック(100m後ろ、▲30~40秒)で、前日プログラムを見て3時間20~30分台の県内先輩方と同じとわかった時はイラっときたが持ちタイムがないのだからどうしようもない。

橋とスタートで最大1分ロス、後半の落ち込みを考慮して4分10~12秒/kmで、あとはつらく感じたら30キロ以降どえらいことになるので勇気をもって4分15秒近くまで落とすこととした。レースプランは決まった。

次に考えたことは余裕をもって走ることだ。

本県の長谷俊哉先生(本県高校生初の3分台選手)が1990年に有吉正博教授と発表したレポート(陸上競技マガジン・1990年5月号。P.222~224)で、当時世界トップであったリサ・マーチンが序盤はケイデンス183、中盤190、後半193まで上げてストライドの減少をカバーしスピード維持していたというものであった。日本トップであった荒木久美選手も同じ傾向であったという。

の場合、気合いを入れてT~Mペースを走ると200~203、余裕持って走る動きだと197~196である。よってガーミンで適宜ケイデンスを確認しつつ197を維持して走ることとした4分8~12秒走ろうとするとストライドは122.8~120.8㎝となる。使い古しのVF4%で楽に走っているときのストライドは120cmでありレース用VFNでどうかという部分はあったがこれもレースで自分の感覚を重視してキツイと感じればペースダウンで調整することとした

②レース前半(1~20k/LAP1~25)

Dブロック問題はスタート直前に解放されCブロック真ん中まで上がれ15秒ロスですんだ。スタート直後どうしても大集団でペースを上げれないがこれはアップと割り切っていたのでスタートロスをほとんどなくせたのは精神衛生上良い効果をもたらした。

(コロナ禍ではあったが11月北陸は雨に見舞われる季節でもあり、各ブロック付近にゴミ箱がきちんと用意されておりスタート直前まで100円カッパで暖を確保できた。ブロックで思ったことはCブロックは2時間55分~3時間15分の選手だったようだが明らかに「ホンマか?」って選手が相当数いた。正直スタート直後で遅い選手が前にいるのは無茶苦茶危ない。お互いのためにならない。2、3年前の記録なのでそうなったのだろうが、10kまで広げて考慮頂きたいものだ。私のようにコロナでレースを失いフルもハーフも記録がない選手はどうしもようもなかった。これからしばらく多くのランナーを悩ます問題だろう。)

toyama2021前半

正式記録との12秒のずれはスタートロスで動きがなかったあたりで作動していなかったためと思われるGPSで何度もケイデンスと自分の感覚をすり合わせあし予定通り197前後で早々に安定させた。
後半気温20度超の予報であったため最初の給水からスポーツドリンク(各2回程度)、水を飲み、水を頭と足にかけて(各3回程度)冷却を図った。そのため給水事に数秒の遅れが生じたが確実な給水を優先するとともに、そのペースダウンがよい休憩になり給水後はリフレッシュした感覚で走ることができた。
10~15k(14~18LAP)は庄川沿いで下り基調となるためほぼストライドを122~23㎝で安定したペースで走っている。集団にはいたものの、つらい感じになったら心なし落とす、給水はしっかりとる(ペースが落ちる)のでついている集団は終始変わった。

15K~20kは海岸線、大きい橋を一つまたぐほかはいたって平坦。最大の難関、新湊大橋へ無意識に力を溜めていたのか4分16秒前後に落ちている。20k手前でサブ3PMに追いつかれ、新湊大橋の上りで離される。

③レース中盤(21~30k/LAP26~37)

toyama2022後半

新湊大橋の上りで貯金を使い果たし中間点を1時間29分42秒で通過。橋の下りにムリに上げずPMの集団ににじり寄る走りをする。ここでこのレース最大のミスを犯す。前から落ちてくる一方でどうしても集団に追いつきたい気持ちが先に立ち多少アクセルをふかし下限で行く。富山高専の折り返しで10秒差あともう少しと頑張ったがこれが致命傷をもたらしたようだ。

④レース後半(31~ゴール/LAP38~)

25キロ以降、スピードが落ち下限であることを認識していたので当初の作戦通りストライドでなくピッチを上げる作戦に出る30キロ2時間7分16秒、もう貯金はほとんどなくここから我慢のレースこのために今まで頑張ってきたはずだった
31.5kで右脚(指先)がつる。サプリなどでミネラル補給、1,2キロ痛くならない走りに専念し何とか落ち着くが、今度はトレーニング中何度も痛みが出た右臀部の股関節に激痛が走る。今思うと股関節周りがつっていたのだろう。お尻の筋肉で走るフォームなのにお尻の筋肉が激痛のためジョグと歩きの繰り返し。5分切るスピードだと激痛に、6分前後なら少しずつ維持できる痛みになってきたので何とかジョグペースを維持するように努める
35キロ2:33:43で通過。キロ6分で3時間15分もっと落ちれば3時間20秒。バファリンを飲みつつ痛みとひたすら戦い残り4キロくらいからやっと普通にジョグれる感じに。頑張れば3時間10分切れそうだったので頑張ったが上げきれずゴール
13大田原マラソンの40代ベストと、5kmの自己ベスト更新した2008年にサブエガを目指して参戦し惨敗した防府読売マラソンの3時間12分41秒(36歳時)をかろうじて更新してのゴールとなった。

⑤レース展開面の総括

以下練習編で振り返るが戦略面(レースに至る全トレーニング、試合のための準備等々)の不備を、戦術面で覆すことはできない。要は、
・富山のコースで4分16秒で42.195キロを走り切るための準備ができていなかった。
4分20~24秒で抑えていけば、1週前の練習感覚からもほぼ速めのジョグと同じ力感であったので、おそらく30キロを超えても余裕残していけたろうがこのペースでは3時間4~5分でしかゴールすることができない。
4分14~16秒で抑えたとしても30キロ以降、激痛を伴う股関節やつりは避けられたかもしれないがそれでも4分半超の落ち込みは避けられず結局3時間5分前後のゴールとなっただろう。
今後、サブ3、そして東京準エリートという最終目標達成のため、4分10~12秒で後半粘り込もうとした今回のレースは、何が足りないかを、今回の練習、練習での感覚・力感でこのペースでフルマラソンを走った時何が起きるかを身をもって体感することができた。このことが最大の収穫だ。4分20秒でサブ3を戦前から諦める試合からはこの収穫は得られなかったであろうことは確信できる。

2 練習面とレースから振り返る

①私の場合30~35キロ走で土台をまずしっかり固めるべき

今回の富山に向け所謂30キロ走という練習は一度もしなかった。走り込み期の8~9月が暑く汗かきで暑さに弱い私には体力消耗のデメリットが勝ると考え27キロまで行わず10/9の福井30kで計35k走ったのが最高だ。一方でゴールまでペースを維持できる自信が持てず絶対的自信があった4:13~14でいく勇気が持てず戦術面で足かせを作ってしまった。(11/12追記:例えば私が女性で今週末大阪国際女子マラソンの資格(3時間7分)を取りにいくのであれば何もためらいもなく4分24秒で我慢し30キロ以降に上げるレースをしただろう。そのような目標がない私にはサブ3の次の目標・絶対防衛ラインはボストン・別大の3時間半までなくサブ3でなければサブ3.5も同じであった。)
事実30キロ以降急激なペースダウンに見舞われた。

自分は
やはりキロ5分前後で30~35キロ走を数回こなししっかり筋持久力を作っていかねば走れないタイプだと改めて痛感した。
また、戦前にレース後半、ストライドが縮まってきた時、ピッチを上げてペースを維持する作戦を立てたが、そもそも30キロ走なので同じ走りを全く練習していなかった練習でやっていないことを本番にできるはずもないと今になって考えれば反省しきりである。

ロング走をやるとき自分の身体では、ある時点(時間であったり距離であったりする)で脚が重くなったり、心肺がきつくなったりといった現象が起こる。次に同じ負荷(例キロ5分で30k)をかければ前回25キロできつくなったものが30kもったり、あるいは途中でペースを上げられたりという前進をもたらされる。この繰り返しで30~35キロをレースペース95%で軽々こなせれば35キロはまでは絶対的自信をもってレースに臨むことができる。私は常軌を逸した汗かきで暑さに極端に弱く11月初旬の富山のため8月から走り込みを朝4時半スタートで行ってきたが負担が大きいためなかなか30キロを超える段階まで練習を増やしていけなかった。

予定では10/9の福井30k、その翌週10/15に32~35キロ走を行う予定だった。しかし一連の練習で10/9時点で右股関節に違和感、右大腿四頭筋と右足首がある程度以上の負荷をかけると痛み・しびれが発生する状態だった。10/12に8キロMペース走を行おうとしたが大腿四頭筋の痛みが発生しこなせなかった。相当の疲労が脚などに蓄積していると判断して以降30キロ超走を全回避、ポイント練習の頻度質も落として実質3週間テーパリングしているようなものだった。要は
・余計なことをして故障を招きやるべき練習ができなかった
と自己評価している。

【11/12追記】
2年ほど前はヴェイパーフライに脚が負ける論争が盛んでしたが

トップランナーが好記録を連発するうちに誰でもどうにでもなるような空気が世の中に流れていたと思います。私も知らず知らずに昔の薄底のことを考えたらZOOMXフォームの衝撃吸収能力でどうにでもなるような気になっていたのではないかと思います。
実際靴に負けないようにウェイトやフォーム改善に他の誰よりも取り組んでいた自負があります。しかし、42.195キロ自信をもって走り切る一番基本の走り込みが結果的に足りてなかったのが根本的原因では考え始めています。
他の誰よりも
・ヴェイパーフライは誰が履いても速く走れる
的なことを言っていた某トップランナーを
走るのは靴ではない人だ!
と散々批判していたにも関わらず「人(自分自身)」を鍛え切れてなかったです。
一方でコロナ禍で昨年3月の能登和倉万葉マラソンが中止になったためヴェイパーフライなどの所謂厚底シューズでフルマラソンを走ったのは今回の富山が初めてでした。実業団トップ選手が2時間6分台、7分台、8分台を大量に記録したので自分もできるような気に無意識になっていたのではと思います。よくよく考えたら実業団の選手はそれこそ月間1000キロ近く、私の2倍も3倍も走ってレースに臨んでいるのです。そんな当たり前のことになぜ気づかなかったのでしょうか。
ヴェイパーフライは42.195キロしっかり走り切る身体を作り切れていない人間が手を出すと30キロ以降で牙をむくシューズであると身をもって痛感しました。

②レースペースインターバルは心なし速めに。Tペース・CRインターバルも並行して行う。

次に今回はエリウド・キプチョゲ、レナト・カノーバのトレーニングを参考に、1k×15、(2k+1k)×5などのレースペースインターバル(4:13~15)を多用した。当初コロコロ計測コースでやっていたがGPSだとキロ15~30m長くずれることがわかった。レースを走るとGPSが実際の距離より数m速く反応していたのでGPSを基本に距離設定すべきことがわかった。
レースペースインターバルは4分15秒を基準に行った。レース後振り返ると4分10秒を意識すべきだったかと思ったが、練習日誌を見返すと結局動きがよくなり後半は4分7,8秒で走っているのでこの点はこれで問題なかったものと考えている。

むしろMペースでの4分13~15秒とゆとりあるペースばかりでなく、モリー・セイデルのごとくTペースでの1.6K×4~6などでしっかりマラソンレースペースの余裕度を高めるトレーニングを並行して行うべきと痛感した。CRインターバルを定期的に行うことも有効だろう。(Tペース5~8kは調子が悪いときにはフォームを乱す元となるので避けたい5キロを超える場合はMペースより4分7~10秒で行っていこうと思う。)

今回の富山でレースらしいレースを全く経ることなく本番に突入したが、単独走のTTでフォームを維持して走るには限界がある。ハーフや10kでスピード持久力をしっかり追い込むことも叶うことであれば必要なプロセスだと改めて痛感した。

③疲労抜きの日を作る

10月上旬まで森川賢一監督の指導とおり、疲労抜きの日を速めのジョグで走るようにポイント練習をムリしない設定で行ってきたが、結果的に、見えない疲労が股関節中心にたまり、また9/23のレースペースインターバル(5k20:51+4k17:14+3k12:30+2k8:23+1k3:53+1k3:44)を急に5キロに増やしかつ変化走的にキロ5分(実際6分半かかった) のジョグでつなごうとしため以降、右大腿四頭筋を中心に股関節を起因とした軽い故障に苦しむこととなった。

福井30kの翌週10/15に30~32キロ走ろうと考えていたが、10/12のMペース走で痛みがでたため回避、10/19にハーフTT89:30、10/27ハーフビルドアップ90:12で計24~26キロ走って仕上げる形となった。

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今回のマラソン練習ではジョグを4:40より速くならないようにするものの5分以下には落とさない、LT1(リディアードの最高安定状態)を意識したジョグを基準にトレーニングを組み立てていた
ース走も森川賢一監督式、最近ではtwolapsの横田真人氏の選手が行うMペースより10~20秒遅いペース走を中心に行ってきた。
ジョグをリズムよく、ペース走をゆとりあるペースで行うことでフォーム面では相当の改善が図られたと考えている。一方で4分50秒というペースは決して楽ではなく、疲労が蓄積されていくとかなり筋肉面でムリがかかっている感がしている。逆に5分15秒くらいを意識してあげずにジョグした日(結果的にラスト4分55秒くらいまであがっているが)は身体の緊張もあまりなく翌日のゆとり具合も段違いに高まることを感じている。
今後は週2~3回は5分15秒くらいで疲労抜きを意識したジョグをきちんと取り入れいていくこととしたい。

④悩んでいること(練習靴の問題)

春シーズンはトラックレースのためアディゼロジャパン4、匠戦6、スピードライバルなどの中底薄底シューズで週2トレーニングするようにしていたが、覿面に足底筋膜炎に襲われることとなった

ジョグはペガサス36、ロング走はペガサスターボ1,2、ペース走はZF3、ターボなどで行っていたが9月以降、故障リスクを避けるためペガサス36、ターボ、メルカリ調達VF4%、ワークマンハイバウンスなどのクッション性のよいシューズでのみ練習してきた。途中NBのRebelを買ったが、アディゼロよりは余程ましだがNIKEのクッション性になれると如何にも硬い。

ジョグシューズは今後ワークマンハイバウンスを中心と決めている。遅めのペース走も十分だろう。問題はロング走で今までならペガサスターボ1択(それも1。2は足底が暑くなる。夏はとてもムリ)だった。ワークマンで30キロ走大丈夫なのか。大丈夫でないとVF4とVFNを順次ロング走用に用途廃止していくことになるだろう。

方でVF4はいくら使い古しでもカーボンが脚に負担をかけ足底筋膜炎と表裏一体の感覚がある。あと股関節周りの疲労が最近大きいがテンポネクスト、ZFなどのカーボンが脚に負担をかけていているためとの懸念がある

候補として他にインヴィンシブルがあげられるが値段も高く重い。クッション性の高い靴のおかげで10年前ではできなかった質と量の練習ができている。一方でよいシューズは高い。お値打ちやよいシューズ(ZFFK、ペガサスターボ)ほどすぐ廃盤になる。練習靴の問題は実に悩ましい問題だ。

<参考練習日誌>

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おわりに・・・一休みしたらまた練習だ

41歳の大田原マラソンでサブ3を目指し相当練習を積んで臨んだにも関わらず3時間22分の惨敗自分にはもう一生サブ3はムリだと思い市民アスリートを引退する。5年前から陸上の審判をはじめ中学高校生のレースを見るうちにもう一度トラックを走りたくなり現役復帰(といいつつ走り続けてはいたので気分の問題だが)。

3年前からウェイトトレーニング、厚底シューズをいち早く取り入れ44歳の頃は5分13秒まで落ちぶれていた1500mを一昨年4分48秒、5キロも18分10秒まで戻すスピード面ではもう一度サブスリーが目指せると考えフルマラソンのための練習を2019年12月に開始。30キロ走を5,6回行うなど存分に走り込みができていた20年3月の能登万葉マラソンはコロナ禍で中止。大会が全くない中、モチベーション維持に苦労する。

20年12月に福井陸協の9.98教室で森川賢一監督の講義を聞き、LT1を意識した速めのジョグを練習基盤に置き走行距離を少しずつ増やしていくこの3か月は350キロ平均まで走り込んだが目標には届かなかった

9年前の大田原、5年前の福知山の後、フルマラソンでサブ3は二度とムリだとしか思わなかったしかし今回は違う直近3回とは異なり少なくともゴールまで歩きっぱなしになる場面はなかった。結果はともかく最後まで戦いの姿勢をやめることはなかった。今回のマラソンに向け、ムリをして故障気味になったため本当にやるべき練習をいくつかできなかった。それでもやりうることは全てやった上でレースに臨めた。今回はサブ3ペースを維持できたのは32キロまでだったが、最後まで42.195キロという競技を戦うことができた

13年半ぶりのサブ3を目指しこの2年間頑張ってきたが求める成果を得ることはできなかった。しかし富山マラソン2021に向けて行ってきた練習とレースそのものには満足している。誰にも恥じるべきことは何もない。不思議と悔しさがないレースだ。練習をもう少し改善し来年こそはサブ3に戻りたい。そのために速く練習に戻りたいという意欲に満ち溢れている。

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