夫婦、結婚生活とは互いを支配し合うもの？「ゴーン・ガール」デヴィッド・フィンチャー

ゴーン・ガールを観て何かを感じる人は多いだろう。結婚に対して前向きになれなかったりする人もいるだろうし、諦観を抱く人もいるだろうし、中にはいやいや結婚はいいものだよと感じる人もいると思う。

この映画の面白いところは決して歪な夫婦が描かれた作品というわけではないということ。エイミーに自己愛性があったり、サイコパス性があったりするのは演出上の極端な例と割り切れば、構造としては割とありがちな夫婦の帰結と似ている。

エイミー（妻）とニック（夫）、最初は互いに幸せだった。ここまではどの夫婦も共通するところだ。エイミーとニックの場合、次第に夫が不幸せになり、次に妻が不幸せになり、最終的に互いに不幸せを感じる。
実際の夫婦でも色んなパターンがある。どちらかが先に不幸せになり、互いが不幸せになる。この作品では最終的には妻のハッピーエンドとなるが、そういう夫婦もいるだろう。どちらかが不幸せを感じて、もう一方は幸せを感じている場合だ。

そのパターンでいうと「婚前特急」という映画で印象的なシーンがある。主演二人が作品後半で取っ組み合いの喧嘩をしていたらボロアパートの壁が抜けて、隣の老婆の部屋へ入り込んでしまう。しかし老婆は微笑ましく喧嘩をする二人を眺め、喧嘩をすることは良いことだと諭す。というのも、その老婆は夫に先立たれたとき、夫から、長い結婚生活、感謝どころか、ずっと我慢していたという旨の言葉を聞き、衝撃を受けてしまう。

そんな寝耳に水の言葉を聞いた老婆は自身の結婚生活をどう感じただろうか？
少なくとも老婆自身はその言葉を聞くまでは、不幸せではなく幸せな結婚生活だと感じていたことが窺える。

この老夫婦のように、どちらかが謙虚に我慢をしていれば、他方は幸せな結婚生活を送ることができる。そしてその夫婦像はきっと他者から見ても理想の夫婦に映ることだろう。

もう一つ、夫婦の衝突という意味で印象的な作品がある。「６才のボクが大人になるまで」だ。こちらは妻が幾度となく離婚を繰り返し、我が子を育て上げるストーリーとなっているが、毎度ながら幸せな時期と破滅の時期とが繰り返される。一度目の結婚は、思い通りに子育てをしてくれない夫に対しフラストレーションが溜まり別れてしまう。２度目の結婚は、支配的な妻に嫌気がさした夫が徐々に暴力的となることで関係が破綻する。３度目の結婚もおそらく妻のほうが夫に嫌気がさした形だ。

どちらかといえば、この作品の方が、構造としてはゴーン・ガールに類似しているような気がする。一方が支配的なのだ。支配的というのは物理的に支配などせずとも、相手が思い通りにしてくれないことに不満を抱くことも含まれるだろう。

互いに理想の暮らしがあって、理想のパートナー像がある。それを夢見ているうちは相手の理想になろうと努力もする分、幸せな時期はあるかもしれない。
ただそんな努力を何年も続けることは無謀で、事実、多くの夫婦が衝突したり、互いに不満を溜めたりする。そこで話合ったり、認めたり、許したり、尊重し合うことで等身大の夫婦というものを作りあげる。

しかし、どちらかが相手を支配しようとする気持ちに歯止めがかからない場合、夫婦というのは破綻しやすいのかもしれない。

相手に何か不満なことがある。その不満の理由の主たるものが、相手が思い通りに行動してくれないこと、同じ価値観でいてくれないこと、そういった支配的な態度というのは、必ず相手にかなりのストレスを与えることになる。

支配される方の心理として、衝突をさけたり、妥協という謙虚な態度を取ると悲惨だ。休日の過ごし方も、簡単な質問の受け答えも、生活のサイクルや家事の順番も、相手の望むことをまず優先し、自身の都合や希望は後回しにする。そうしないと関係が険悪になるとわかっているからだ。２人でいる時間にどれほど笑顔があろうと、１人だけの時間の方が愛おしく感じている。周囲には仲のよい夫婦と思われることも多いだろう。そして将来や老後のことを考えると鬱屈な気分になる。

結婚は人生の墓場という言葉があるが、それはある意味、支配される側にとってはまぎれもない真実だ。

しかし、結婚に救いがないのかといえばそうでもない。
所ジョージのように、支配される側？であってもたくましく楽しく人生を謳歌できる人もいる。夫婦というのは価値観が違うから面白い。同じじゃなくていい。価値観を合わせるというのは自分と相手とがほぼ同じになってしまう。その「ほぼ」に歪みが生まれる。違っていい。違うことがいい。価値観が全く違う相手の人生をも楽しみ、人生を２倍楽しむ。だから相手の誘いにはとりあえず乗る。その上で楽しむ。相手が楽しいときに楽しむ。悲しいときは悲しむ、嬉しそうなときは喜ぶ。怒っているときも合わせる。

価値観は違っても、感情は合わせる。夫婦はそれで幸せになる。